第二話 かわいい少女を助けたい

リオンは迷いなく森を進んでいた。

それは道がわかるからではなく、人の気配が察知出来るからだった。森を抜けた先に集落があることがわかる。この身体には優れた感知能力が備わっているようだった。


だが、森の中から響いてくる激しい足音を耳が捉えた。数人が走っている。いや、違う。先頭の一人がちょっと離れていて、後ろから三人が追っている。そんな足音だ。そして前方の一人は走る足がもつれてきている。疲れているのだ。恐らくは追われているのだろう。


この身体、どれだけ耳が良いんだ。


改めて感覚能力の高さを確認し、もし困っているのなら助けようとそちらの方向へ駆け出した。

リオンは気付いていない。それが吸血鬼の王にあるまじき優しい考えだと。


森の中を一切足を取られることなく駆け抜ける。頬を流れる風の勢いは、前世では車にでも乗っていなければ味わえないものだっただろう。それを自分の足だけで浴びることが出来る。しかも全く息切れしない。

リオンは半信半疑だった身体能力に自信を持った。これならなんだって出来るはずだ。




木々を抜けて足音の集団へ近づく。そこにはやはり追われる少女と、追う三人の男達がいた。追っている方は見るからにゴロツキだ。野盗とでも言うのだろうか。ボロボロの布切れを身にまとい、ガラの悪い顔を隠そうともしていない。


リオンは少女の前方に跳び出した。さぁ、救世主の登場だ、と言わんばかりに内心ではテンションが上がっている。

だが目の前の少女を見て、言葉を失った。


赤茶色のポニーテールを揺らし、必死に走る少女。青と白を基調とした素朴な服装はとても似合っている。膝までのスカートだが、足に細かい擦り傷と切り傷が見えて痛々しい。普通、森の中を全力疾走していればそうなるだろう。


少女は勢いを殺せず、リオンの胸元に飛び込む形となった。その衝撃のせいか、少女から漂ってくる甘い香りがリオンの鼻腔を満たす。感覚――この場合嗅覚が鋭いので、わずかな香りだったとしてもリオンには充分、甘美なものとして到達した。


「助けてください!」


リオンの胸元から見上げるようにして少女は泣きそうな顔で懇願する。


前世の記憶が蘇る。いや正確に言えば、思い出すものがないことが蘇る。リオンは前世において女性との接点がほとんどなく、女性との会話も必要最低限しか出来ない男だった。


そんなリオンに前世のどんなアイドルよりも清楚に整った容姿の少女が、上目遣いで、息切れからとはいえ頬を赤らめながら頼み込んでいるのだ。

こんな状況でリオンが余裕を見せることが出来るわけもなく。


「……下がっていてくれ」


とりあえず少女を自分の後ろに隠し、目の前に迫る三人の野盗に相対した。


「なんだ、お前」

「その女は俺達の獲物だぜ?」

「それとも仲間に入れて欲しいか?」


下卑た笑いが響く。リオンは何も言うことが出来ずにいた。それは恐怖からではなく。


こんなにもあからさまな三下ムーブをするゴロツキが存在していたとは……!


ある種の感動、衝撃からだった。

そんなリオンの様子を知る由もなく、野盗の一人が痺れを切らす。


「黙ってねぇでどけや!」


振り下ろされる短剣。それを躱そうとして、背後の少女を思い出す。

マズイ。

そう考えながら野盗との直線上に左腕を掲げていた。刀の存在など思い出すわけもなく、ほとんど反射で行ったこと。

しかし相手は刃物。リオンは鮮血が吹き出す覚悟を決めた。


だが。


ガキィン!という金属音が辺りに響く。


「なっ……!?」


野盗の驚きの声が漏れた。

だがこの場で一番驚いているのはリオンだった。この身体は腕一本で剣を防いだ。それも篭手を付けているわけでもない。ただの生身の腕だ。外套は着ているものの、それによって防がれたわけではない。硬い金属が腕に当たる感触はしっかり感じているからだ。


野盗は防がれた事実に驚いているようで、完全に動きを止めている。


ここがチャンスだ!


そう確信して、リオンは拳を振るった。右拳が野盗の頬にクリーンヒットし、


「がぁあああああああああ!!!?」


森の奥へとゴム毬のように吹き飛んでいった。


死んだかもしれないなとリオンは思ったが、凶刃を振るった相手に掛ける情けなどなかった。こんな世界なんだから仕方ない、と割り切ることにする。生まれて初めての暴力だったが罪悪感なし。思考が既に理央とリオンで混ざり始めていた。


「テメェ!!」


仲間を殴り飛ばしたことに激昂した野盗の一人が、斧を取り出して大上段に構えた。見るからにパワータイプだ。その分、動きは遅く、リオンの目には虫が止まってしまうような速度に見えている。


しかしリオンはここで攻め手を緩めた。腕一本で短剣は防げた。痛みもないし、怪我もない。なら斧はどうだ。

恐らく野盗はこの世界でも最低ランクの敵だろう。ならば目覚めた直後であるこの身体の検証には丁度いい相手だ。


リオンは身体能力を確かめる為に、敢えてその斧を待った。

振り下ろされる一撃。その刃に真っ向から裏拳で合わせて殴る。


「がっ!?」


手の甲で殴られた斧は粉々に砕かれ、刃の雨を地面に降らせる。しかも野盗はその衝撃で斧自体を取り落していた。


リオンは手の痺れを訴える野盗の腹部へ、容赦なくボディブローを放つ。格闘技の心得などない、純粋な筋力による一撃。

野盗は一瞬で意識を失い、嗚咽すら漏らす間もなく地へと横たわった。

大男ですらこのザマだ。本当に人間など問題ではないらしい。クラインが言っていた十分の一も力を出せないという発言すら怪しく思えるほどだ。


「な、何だコイツ!? クソっ!」


最後の一人は賢く、逃げの選択をした。それを現在試運転中のリオンが逃すはずもない。

手頃な小石を拾い上げ、背中を晒すそいつに向かって、オーバースローでぶん投げた。野球経験のない一投。しかし小石は狙った場所へ矢のように真っ直ぐ飛んでいき、


「ぐおっ!!」


野盗の背中にぶち当たった。衝撃でバランスを崩した野盗は顔面から木の幹に突っ込み、ズルズルと地面へと滑り落ちるのだった。


こんなもんか、とリオンは手を叩いて埃を落とす。野盗相手では検証出来ることもたかが知れていた。

充分に自分が求めるスペックは持っている。これなら好き勝手に――。


「あ、あの……ありがとうございました」


リオンが思考の海に沈もうとしていると、少女がおずおずと話しかけてきた。そういえばと彼女の存在を思い出す。途中から自分のスペックの確認に夢中で、少女の存在を忘れてしまっていた。


「この程度なら……朝飯前だ」


なんとなくカッコいいことを言おうとして月並みのセリフしか出なかった。


「あ、あの、お名前を伺っても……」

「リオンだ」

「リオンさん……あ、私はレナっていいます!」


少女はぺこりとお辞儀をした。


「その、リオンさんにお礼をしたいのですが正直お金はあんまりなくて……村に来て頂くことになりますけど、その、お食事でもご馳走したいんです。あ、えっと大したものは出せませんけど!」


少女がわたわたと手を振った。何故かお礼を提案する側の方が狼狽えてしまっている。

それを見てリオンは逆に冷静さを取り戻す。こんな少女、しかも見るからに村娘に緊張する必要はないのだ。


「なら寄らせてもらおう」

「! はい是非! こっちです!」

「ん゛ん゛ッ!!」


安心したのか、レナが見せた満面の笑み。その不意打ちはリオンの心を深く貫いたのだった。

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