第6話

 快晴の日曜日、出かけるために存在するような日だった。


「なんで?」

 と芙海が聞いて

「どうして?」

 と美月が聞き返した


 芙海も美月もお互いに疑問だらけだった。二人で遠出するとき電車を使うのが暗黙の了解だった。


 しかし美月は父の軽自動車の鍵を持っていた。

 芙海も芙海で一輝の服を着ている。


「だって気分転換だから普段と違う事しようと思ってね。芙海だって一輝の服着てるじゃない」


 芙海は一輝の服を着ない。思い出を痛めてしまうから。

 しかし今来ている服は一輝が来ていた服だった。一輝は動きやすい服装を好んでおりジーパンにパーカーとカジュアルな格好だった。美月も同じような服を着ており双子コーデのような状態だった。


「あそこには姉さんの思い出が無いから。だから思い出を着ていくの」

「思い出の跡地ではあるけどね。三人一緒で行った事は無いけど」


 芙海と美月が乗り込む。キーを回し車は走り始める。

「美月が運転してる光景が不思議。初めて見る」

「普段は電車だしね」


「私が運転したいけどさすがに何かあったら芙海にバレるからなぁ」


 美月には芙海と一輝の入れ替わるタイミングがもう解らなくなっていた。

「私、一輝の考えていることが解らない」

「運転したいのが?」

「そっちじゃなくて今日のデート。普通に楽しむだけじゃ駄目なの?」


 今日のデートは一輝の考えていたプランにそって進行する。どちらが出てきても良いように、両方のプランがあり、緊急時にどうするかも練られている。


 それはデートの計画では無くて、まるで何かの作戦指令のようだ。


 一輝はやりたい事はやりたいと素直に伝えていた。どうしてなのかも教えてくれた。

 今の一輝にはそれが無かった。

 美月は一輝ならば何だって打ち明けてくれると思っていた。

 変わってしまったのは何なのか一輝なのかそれとも美月なのか、

 死者の永眠という変わらない真実が覆った今、

 年月によって美月がおかしくなった、一輝を美しく見すぎていたことだって考えられる。


「私にも色々あるからさ。じゃあ芙海とのデート楽しんでね」

 そう言って一輝は消えた。疑問だけを残して。


 車内では会話が無かった。美月も芙海もよく喋る方では無いのでそれ自体は珍しく無かった。


「音楽でもかけようか?」

「・・・少し考え事してるの」

「話聞こうか?」


 芙海は少し悩んだようだが・・・秘密にするような事でも無いのか簡単に口を開いた。


「最近姉さんの夢をよく見ている気がする」

「気がする?」


 美月も一輝が夢に出てくることはあった。しかし頻繁に出てきたり悩んだりするような事柄では無い。


「えぇ、その夢の中では間違い無く私は姉さんと大事な事を話し合ったり、遊んだりしているはずなの、でもシャボン玉が弾けるみたいに夢から覚めてしまって何も思い出せない」


 一輝が芙海の身体に取り憑いているように精神の方にも取り憑いているのだろうか。美月は考えるが、考えるだけ無駄な事も解っている。


 一輝はきっと答えてはくれない。


「言葉で考えるより絵で考えたい」


 それから車内では会話が無かった。

 

 ショッピングモールはおおよそ芙海の嫌いな物でできている。

「カメラ・・・楽しい?」


 芙海が珍しく好きな物の一つがカメラだった。


 美月の予定ではお店をぶらりと見てまわるはずだったのだが、芙海が家電量販店の一眼レフのコーナーから離れそうに無かった。


「スマホをカメラの性能で選んだけど、映り全然違う・・・」


 その違いは美月にも理解出来たが、その為のお金については理解出来なかった。


 なによりそれにレンズ代が別途必要なのが理解出来なかった。


 一輝も芙海がここまでカメラ好きになっていることは想定していなかったので、すでに想定から外れてしまった。当然引き剥がす方法も考えていない。


 一輝ならどうするだろうか。


 パシャっとシャッター音が響いた。美月がスマホのカメラで芙海を撮った。


「芙海は芙海だよ。どこまで行っても。一輝ならカメラでそんな真剣な顔しないもの」

「そうよね。本当に撮りたい物はもうすでに無いのだから」


 芙海はカメラを置いて美月の手を握った。


 行く当ても無くショッピングモールをさまよう美月と芙海。美月も特別何か買いたい物があるわけでは無かった。


 美月は芙海の手を引っ張ってアクセサリーショップに入る。


 芙海は慣れていないのかきょろきょろと店内を見回している。動物の小物が並んでいる中で、美月は鳥の装飾が入った髪留めを手に取った。


「これ似合うんじゃないかな?」


 美月は芙海がいつも身につけている星のヘアピンに触ろうとした。

 美月の手がはじかれ、鳥の髪留めが床に転がった。

 芙海の目つきは敵意に満ちていた。


「ごめんなさい」


 謝ったのは美月だ。どうなるかなんて解っていたはずだった。美月も一輝も。

 その星の飾りの付いたヘアピンが何なのかなんて重々承知していたはずなのに。


***


 芙海は絵画教室が少しだけ嫌いだった。


 絵画をするときは良いけれど、時たま絵画と関係の無いことをさせられる。フィンガーペイントのような変わった手法ならまだ納得していた。しかし陶芸や手芸は絵画では無い。


 今日はアクセサリー作りだった。

 髪留め、カチューシャ、ストラップなどを作ろうということだった。

 いくつかの装飾品や手本などが並んでいたが、芙海の目には一つしか入らなかった。


「本当にそれでいいの?」


 先生が訪ねた。芙海はこくりと頷いた。

 芙海が作ったのは星形の装飾品を付けたヘアピンだ。

 他の生徒達がまだ素材を選んでいるような段階だった。


「星は一つで良いの。先生さようなら」


「くれるの?」


 自室で一輝はヘアピンを不思議そうに見つめた。


「12才の誕生日にはだいぶ早いんだけど・・・」

「あげる」

「・・・ありがとう」


 芙海が頑固なのは知っていたので一輝は素直に受け取る事にした。ヘアピンを小物箱にしま・・・


「つけて」


 ヘアピンは芙海に奪われ強引に一輝の髪に刺さった。


「じゃあ私の何か・・・」

「約束」 

「約束?」

「今日はお姉ちゃんと私の日」

「うん」

「お姉ちゃんは毎日それをつけて、お姉ちゃんだけが私の星」


 一輝は芙海の言いたい事を半分も理解できなかったが、その日と毎日星のヘアピンを付ける事を理解した。


***


 こんなことに意味があるのだろうか?


 美月は鳥の髪留めを購入し自分の髪に着けた。一輝に頼まれた事はこれで終わりだ。一輝だって芙海が星のヘアピンを着けていたらそこに宿る感情を理解しているはずだ。


 美月と芙海はフードコートでクレープを食べている。

 芙海はいつも通りチョコバナナを選んでいた。


 美月は期間限定の物を選んだ。


「美月は姉さんになろうとしている?」

「そうじゃないんだけど・・・」


 実際は芙海が一輝になっているのだが、それを芙海が理解しているはずがない。


「姉さんみたいな事言うこと増えたなって、絵のこととか」


 美月は裸婦画の事を思い出していた。未完成のまま放置されてしまった芙海の最新作。死んでから一度も描くことが無かった芙海の心を動かす一輝の言葉は秘密を開ける鍵のような作用があった。


「今日だって車だしたり、ショッピングモールに連れ出したり、前の美月なら絶対にしなかった。何があった?」

「少しずつ変わってるのかな・・・」


 嘘なのか本当なのか喋っている美月にすら解らなかった。

 一輝に指示されていることもある。しかしそれを拒否する事だってできる。

 車に乗るかどうかを聞いたのは美月の方からだった。


『みーちゃんが運転するの見るより私が運転したい』


 返答は恐ろしかったが、結局車にした。


「芙海が見てない所では車使ってるときもあるよ。免許取ったんだから」

「美月は運転しないと思ってた」

「私もそう思ってた。車だけじゃないけど、あの時から少しずつ動いてきている気がする」


 それは一輝が来たからなのか? 美月には解らなかった。

 それでも一輝が死んだ瞬間から動く事の無いと思っていた心が、

 動き出している。


「芙海が居てくれたからだよ」 


 未だにどちらをより愛しているのか美月は理解していない。

 理解など最初から要らないのかも知れない。愛に形が無いのならば、愛の大きさもきっと無いだろう。ただ愛しているか愛されているか。それがあるだけ。


「うん」


 その相づちは理解なのかそれとも反応であり意味は無かったのか。芙海の意図を読み取る事が美月には出来なかった。


「私が好きなのは美月。だから無理して姉さんみたいな事をしなくてもいい。気持ちだけで良いの」


「それだって私だよ」


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