第3話
美月が一輝と付き合っていたのはたったの二週間だったが、一輝が死んで四年もたった今になってデートが実現するとは思ってもいなかった。
そしてデート先がコンビニになることも。
デート先がコンビニになったのは単純に美月が芙海と一緒に夜食を買いに行ってる途中だったからだ。
いきなりよろめいた芙海を抱き留めると、そこに居たのは一輝だった。
遠回りしながら自ら道に迷うように一輝は歩いて行く。その少し後ろを美月が追いかける。死んでいたことも四年間の合間も昨日の事のように美月と一輝の心理的な距離に違いは無かった。
あるのは四年間の記憶の違い。
「今のスマホどんだけカメラついてるの? それに顔認証とかもうセキュリティにならないし」
そう言いながら芙海のスマホを一輝は弄っていた。
「人格が入れ替わる可能性まで考えていないと思うよ」
「現に入れ替わってるんだから暗証番号使おうよ・・・あれ?私の誕生日で通った」
「芙海ったら」
「・・・写真ばっかり撮ってる。絵の方はどうしたの?」
「一輝が死んでから描かなくなった」
「どうしてさー」
「聞いたけど教えてくれない」
芙海の絵は子供の頃から何度も受賞していた。天才と言って過言でも無いだろう。しかし一輝が死んで以降一切描かなくなった。
『画家なんて儲からない』
芙海はそう言ってはぐらかした。美月はそれが嘘なのが解っていた。しかしそれ以上踏み込む事はしなかった。
一輝が絡んでくる事は間違いなからだ。
四年たった今でも美月も一輝もそこから歩き出せて居なかった。
今までは。
「芙海が儲かるとかで描くと思う?」
「解ってる。解ってるから聞けない」
「裸婦画のモデルになって描いて貰えば?」
「裸婦画!?」
一輝が突飛な事を言うのは珍しくは無かったが、冗談でもなんでもなく本気だ。
「描いてくれるよ絶対に」
「どこからその自信が来るのよ・・・」
「だいたい付き合って何年もたってるんだから、身体の隅から隅まで知られてるんだろ?」
「・・・怒らないの?」
美月は芙海と付き合っている事を一輝に明かしていた。正確に言えば状況証拠からしてバレバレだった。
「なんで?」
「ずっと悪い気がしてた」
「みーちゃん。私死んでるんだよ。死んだ人間より生きてる人間の方が大事だって」
それでも、美月の心は納得出来なかった。
一輝が死んですぐに芙海と付き合い始めたのだから。
「解った。みーちゃんは凄く悪いから私の言う事一つ聞いたら許してあげよう」
「何をすればいいの?」
一輝は美月と向き合う為に踊るように振り返った。
「キスして」
***
成長と共に世界は広がっていく。家族、隣の家、幼稚園。
小学生になった美月はその世界の広がりと共に自分が解らなくなった。一輝はクラスの中心に常に居て成績も運動神経も良かった。後から入ってきた芙海は絵の賞でなんども表彰されていた。
美月には特別な事はなく、世界が不公平であることを知っただけだった。
成績で美月は一輝を越えた。それは特別だからではなく、努力の成果でしかなかった。
一輝や芙海のように特別でありたいが為に。
生徒会長にもなった。学年主席にもなった。それでも一輝の隣に居られる自分なのか自信が無かった。
三年生になったある日の事だった。男子生徒から告白された。おなじ生徒会の書記の男子生徒だった。人柄も良く容姿も良かった。不満な点などなかった。
美月を特別にしてくれる人。
それは美月が求め続けていた物だったはずだった。
「それで断ったの?」
家に帰ると美月は一輝に相談した。相談というよりも報告と言った方が正しいだろう。いつも三人で遊んでいるのでハブられた芙海は目で何かを訴えかけていたが、一輝がそれを静止した。
「付き合ってみればよかったんじゃないの?」
美月は一輝から突き放された気がした。
ならどんな言葉を望んでいたのか。美月はそれすらも理解していなかった。
「でも私は彼のこと好きじゃない」
「ちょっとデートでもしてみればいいと思うけど、それもダメなの」
「失礼な気がする・・・」
その言葉が本心なのか美月自身わからなかった。反射的に出てきた言葉であり、心情はいまだにぐちゃぐちゃのままだった。
「そりゃお財布みたいに扱ったら失礼だろうけど、美月はそんなことしないよ。私が保証する」
「そうじゃない。そうじゃないの」
美月の瞳には涙があふれて今にもこぼれそうになっていた。
そんな美月の手を一輝は握った。
「じゃあ好きな人がいるんだよ」
美月は一輝の手を絡ませた。
「好きな人に対して失礼なんだよ。浮気しているみたいで」
「ありがとう」
美月の好きが生まれた瞬間だった。
***
「だってそれじゃ・・・」
「浮気してるみたい?」
一輝は自らの指で唇にリップを塗るみたいに触っていき、そのままえくぼを作った。
「でも何度もキスしてる身体だよ。何だって知ってる身体でしょ」
美月は知っている。している。知り尽くしている。その表面部分。
心の中は未だにどうなっているか解らない。
「嫌いになった?」
「・・・そうじゃない」
美月の社会的道徳と、それをぶち壊す現実と、一輝への好きと芙海への好きがごちゃごちゃになり、ぐちゃぐちゃになっていく。
「何時まで奇跡が続くか解らないから」
どうして一輝が芙海と入れ替わっているのか。
芙海のもう一つの人格なのか。
一輝の望んだ奇跡なのか。
発狂した美月の夢なのか。
それは解らない。
「キスして消えたりしない」
「キスせずに消えたら後悔する。呪ってやる」
「一輝になら呪われてもいいかな」
美月は瞳を閉じて一輝の顔を手に取り唇を重ねた。一輝は美月をそのまま抱き寄せた。
強引なキスだった。四年間の空白をその一瞬で取り戻そうともがいているキス。
美月の知らない芙海ならしない。
どれぐらいだったろうか。時間としては短かいが、それ以上に今まで感じた事の無い熱情が美月の中で芽生えた。
舌をわざとらしく出しながら一輝は美月を開放した。
「消えなかったでしょ」
そう言いながら一輝はよろめき、芙海に変わっていった。
***
美月に芽生えた感情は心の中で急速に成長していく。今までなんとも思っていなかった一輝の一挙手一投足が美月の心を震わせる。
高校一年の美月はつねに葛藤の中にあった。
女の子同士である、幼なじみである、親友である。
心を偽ろうとしても結局は一輝の言動がそれを壊していった。
想いが溢れた瞬間。
一輝の死ぬ二週間前、五月の終わり穏やかな陽気だった。放課後の教室には美月と一輝だけが残って雑談していた
「そういえばさ、告白された」
一輝にとっては本当に雑談の一つでしかなかったのだろう。
美月はそれになんと答えればいいか解らなかったが、沈黙も答えの一つである。
「好きな人がいるでおい返したよ」
「好きな人いるの?」
「いるよ」
美月は一輝の好きな人が誰なのか考えようとしたけれど思いつかなかった。もし自分が一輝の好みと違っていたら、女性とは付き合えないと言われたら、その可能性を考えて恋愛の話題から逃げ回っていた。
「私もいる・・・・・・」
もう限界だった。想いを募らせて一輝とふれ合っている時間が、愛おしければ愛おしいほど痛くなっていく。
「・・・一輝が好き。一輝の事を愛してる」
一輝の好きな人の事を素直に好きになれそうも無い自分が、美月は嫌になってしまった。
もう戻れないと解ってはいても言うしか無かった。報われない想いで壊れてしまう前に。
「じゃあ同じだね。私もみーちゃんが好き。みーちゃんと同じ意味で好きだよ」
美月は一瞬理解できなかった。
「好きな人の話は?」
「だからそれがみーちゃんだって、私はみーちゃんが好きなの」
「・・・私、一輝に好かれるような事してないよ?」
「・・・なんで告白したの?」
「・・・・・・振られるなら今しかないかなって」
「変なみーちゃん。でも良かった。怖かったんだ。みーちゃんに想いを伝えたら今までの全てが壊れてしまいそうで」
「私そんなことしない」
美月は一輝の手を握る手がべったりと汗ばんでいた。
「私は一輝の決めたことなら絶対に応援する。だって恋人じゃなくても幼なじみで親友だもん」
一輝はくすくす笑い出した
「なんでこんなことで悩んでたんだろ。さっさと告白すれば良かっただけじゃん」
「そうだね。私もずっと悩んでた。今凄く嬉しい」
その日の下校はこれからどうやって友達ではなく、恋人として付き合っていくかの話で盛り上がった。
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