第2話
***
美月は嫌だった。引っ越しが嫌だった。大好きなおばあちゃんと離れて暮らすのが嫌だった。新しい家なんてどうでもよかった。
そんな4歳の美月はいろいろと駄駄をこねたり泣いたりしたが、引っ越しは変わらない。
引っ越し当日、引っ越し作業を手伝うこと無く、美月は一人で自室(になる部屋)にこもっていた。
「お隣さんに挨拶しに行くわよ」
美月の母は美月の手をつないだ。
「やだ」
「やだじゃないの」
つないだ手は離されてそのままだっこさせられた。美月は暴れなかった。
よくわからない場所にいるよりはお母さんと一緒の方がいい。美月はそう考えた。
隣の家に訪れると美月の母と知らない女性が話し込んでいた。美月は母親の足にしがみついていた。
大きな音と共に階段を女の子が駆け下りてきた。美月と同じぐらいの大きさで肩まで伸ばした髪をたなびかせていた。
「ねぇ名前は」
突然現れた少女に美月は対応できなかった。美月は母親の後ろに隠れてしまう。
「私、二宮一輝 よんさい!」
「見沢美月・・・よんさい」
「じゃあみーちゃんだね。一緒に遊ぼう」
「怖く・・・無いの?」
「何で怖いの?」
一輝は返事のかわりに美月の手を握って自分の部屋に招いた。
それが最初だった。
***
美月が大学から家に帰ると芙海がベッドで横になってた。スマホで何かを見ているようだった。
「ただいま」
「お帰りみーちゃん」
美月をみーちゃんと呼ぶのは一人しか居ない。
「一輝?芙海?」
それでも確認してしまう。その奇跡が自らの狂気の果てで無い事を信じたくて。
「一輝の方。見た目で解らない?」
「解らない方法で聞く?」
芙海が当時の一輝と同じように髪の毛を伸ばしているので、一見しただけでは解らない。
「芙海?って聞かれたら強い方って答えるからそれで判断して」
「強い方?」
「地獄から帰ってきた強い方」
スマホから目線を外し一輝は美月を見つめる。その眼差しは一輝のうつろで儚げな物とは違った。強い意志を持ち目標まで諦めない力強さがあった。
ならその地獄とは何だろうか。何の未練が一輝をこの世に連れ戻したのか。
「死んでも地獄なんて無いよ。私からすればいきなり四年後にタイムスリップ。にしても四年で変わったのはスマホだけか」
「ねぇどうやって死んだか覚えてる?」
「・・・無いなぁ家に帰る途中なのは覚えてるけど」
「歩道橋の階段から転んで死んだの」
「・・・なさけない死に方。でも良い。今の私は芙海だ。一輝と知ってるのはみーちゃんだけ」
一輝は美月の瞳に自分が映るのほど近づいた。
「私のこと秘密にして」
どうして、と美月は口に出さないので精一杯だった。
「いつ消えるかわからないし、不安にさせるだけだよ」
何で芙海にとりついているのか、なぜ今なのか、それはきっと一輝にも解らないことなのだろう。
瞬きしている合間に一輝が芙海に戻っていてもおかしくない。
「ごめん。眠い」
美月は一輝を抱きしめた。
「美月?」
芙海に変わっていた。
***
出会ってすぐに美月と一輝は仲良くなった。美月の家で遊ぶこともあれば一輝の家で遊ぶこともあるし近所の公園に行くこともあった。お互いの家にお泊まりすることもよくあった。
美月がブランコでのんびり座ってる隣で、一輝はブランコで立ちこぎをして勢いをつけてそのまま飛び降りた。
「今度お姉ちゃんになるんだ」
一輝は笑顔で言った。
美月は両親に弟か妹が欲しいかと聞かれたことがある。解らないと美月は答えた。引っ越しが美月を一輝と引き合わせてくれた。それは結果的に良かった。でも引っ越しの前に散々嫌がっていたことを美月は忘れていない。
弟か妹がどちらができるかわからないのに、姉になることが良いことかどうか解らない。
「不安じゃないの?」
楽しそうな一輝が美月には理解できなかった。きっと妹か弟が欲しいか一輝は聞かれなかったのだろう。でもどうしてそんな笑顔ができるのか。
「でもそれより楽しみ。ねぇおままごとしよう」
お母さんと赤ちゃんだったり、姉と妹だったり、美月はお人形扱いさせられてるような気分だった。私より赤ちゃんの方が大事だと思うようになってしまった。
「おままごと以外」
それが美月の口癖のようになってしまった。
***
美月は芙海をぎゅっと抱きしめた。それで話したくてしょうがない衝動を抑え込んでいた。『今一輝と話していたんだよ』
「美月どうしたの?」
芙海は美月の頭を撫でる。
「美月って姉さんになろうとしてるみたいだったから」
それが美月が生きる理由の一つだった。一輝が守ろうとした芙海を守りたかった。
「かっこよくないところも全部知ってるんだから無理しなくてもいいのに」
「忘れなさいよ。一輝が暴れたから知っただけでしょ。貴方の好きな写真も無いんだから」
「そんな美月が好き。かっこよくない美月が好き」
「・・・なんか複雑なんだけど」
恋人に好きな所を言われるのがまず美月にとっては恥ずかしいのに、その好きなところがかっこよくない所である。
せめて優しいとか嘘でもいいから言って欲しかった。そう思う美月だった。
「私は姉さんみたいになりたいって思った事無いの」
「そうなの?」
一輝の付けていた髪飾りや、髪型を芙海はしている。
「髪型はね。美月の為だよ。それに」
長い髪を邪魔だと言わんばかりに手で振りほどいた。
「だって姉さんだから」
「ごめん解らない」
「姉さんって宗教が私の中にあってその中では姉さんは神様なんだ。神様を崇めても、神様になりたいなんておこがましいじゃない。でも美月はそんな神様になろうとしてくれる。私のために、でも成れなくて、成れないと解っていて、それでも立ち向かってくれるから、勇者かな美月は」
「勇者か」
若干芙海の言いたい事が美月には解らなかったが、姉さん代わりになってくれようとしてうれしいと解釈することにした。深く考えると芙海特有の芸術的な感性にやられてしまう。
***
美月が初めて芙海を見た時、文句の一つでも言ってやろうかと思っていたけれど、そのか弱い赤子の姿と自慢げな一輝の前では何も言えなかった。
一輝が芙海の姉になる準備をしていたように、芙海も一輝の妹になる準備でもしていたように一輝によくなついた。詳しいことは美月は知らない。一輝にはお姉さんとしての務めをしているだけだよと、簡単にはぐらかされててしまった。もっとも一輝は本気でそう思っているのかもしれない。
一輝とよくいる美月とは当然仲がよくなる。と言うわけでも無かった。
「ただいま」
自宅に帰ったの一輝のかけ声にどたどたと駆け寄ってくる音が聞こえてくる。芙海だ。
芙海は不満げな顔を一切隠そうとはしなかった。
「おじゃまします」
美月も一緒に居るからだ。
「お姉ちゃんに何の用?」
「遊びに?」
「何で?」
小学生の一輝と美月。幼稚園児の芙海では体格的にも知識的にも遊べる物が限られていた。トランプでババ抜きばかりしていてもしょうがない。
「一緒に絵を描こう」
一輝の鶴の一声で今日の遊びが決まった。美月の知る限り、芙海が最初に絵を描いた瞬間だった。
美月も一輝も芙海を描くものだからそれはもう無茶苦茶な物だった。最終的にはいろいろな線が交差してどれがどれなのか解らなくなっていた。少なくとも芙海はうさ耳も猫耳もネズミの耳も生えてはいない。
芙海が何かを書き足すたびに一輝が褒める物だから芙海はどんどんと描き込んでいって、美月も負けじとばかりに書き込み、一輝はそれらを賞賛しながらも勝手に要素を増やしていった。
それが美月の知る最初の芙海の絵だった。
***
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