死んだ元カノ(幼なじみ)が今カノ(その妹)に憑依しています

落果 聖(しの)

第1話


 墓参りが二宮芙海と見沢美月のデートコースの定番だった。

 二宮芙海の誕生日である今日もデートコースは墓参りだった。あるいは、だからこそ、墓参りなのかも知れない。


 二宮家の墓は彼女達が毎週のように磨いている為に特別掃除が必要な事も無い。花も造花を飾っており、線香を焚くような事もしなかった。


「私、姉さんに似てるかな」


 芙海は墓石によりかかりながら美月に尋ねた。


「大丈夫そっくりだよ」


 美月はいつもと同じように返事をする。白雪姫に出てくる鏡のようだ。

 芙海の姉である一輝が事故で亡くなった時から一輝の幼なじみの美月と一輝の妹である芙海は変わらなくなっていった。


 それでも時は残酷に回り続ける。亡くなってから三年、芙海は一輝と同じ17才になっていた。芙海は亡くなった姉と同じようにするために髪を伸ばし続け、そして美月の思い出の中にいる一輝と同じようになっていた。


「写真撮って」


 芙海は美月にスマホを手渡す。


「今が一番姉さんに近いから」


 一輝の年齢は変わらないが、芙海はこれからも歳をとり続ける。思い出の中永遠に輝き続けてしまう。


 ならば自分すらも思い出にしてしまいたいのだろう。


 美月は言われるがままに写真を撮った。美月自身はあまり写真を撮ることは無かった。と言うよりも芙海が片っ端から写真を撮るので美月が取る必要が無かった。


「自撮りじゃないんだね」

「美月の見た私を残したいの」


 墓の横に並んで立ち口元を少しだけ曲げて芙海は笑顔を作る。

 一輝だったら作り笑いにピースでもするだろうと美月は想像する。

 似せているからこそ細部の違いが際立ってしまう。


 美月も芙海も一輝はもういない事実を理解しているはずなのに、その理解を拒み求め続けていた。


 芙海は自分に、美月は芙海に一輝を求めていた。 


 これからの芙海はもう一輝に似る事は無くなっていくのだろう。美月は写真を撮ってスマホを返しながら思う。


 思い出を美化して行くことはできる。現実として存在する二人は老化は避けられない。17才で立ち止まる事ができない。


「今この瞬間に死ねたらさ、姉さんになれるかな」

「無茶苦茶言わないの」


 一輝は歩道橋の階段から足を滑らせて死んだ。もし加害者がいれば美月は恨むことが出来ただろう。そうすれば一輝にしがみついている今は無かったかも知れない。


 しかし恨むべき相手も憎むべき相手も居ない。


 日常の喪失 。


 幼なじみから恋人として変わり始めていた一瞬は永遠に葬られた。

 喪失して気づいたのは一輝はすでに美月の一部分であるということだった。




「どうしたの?」


 美月が自宅に帰宅すると美月の母は心配そうに声をかけた。


「芙海と遊んできた帰りだけど」


 美月の母は頭をかいた。美月の想定通りの動きだった。遊びに行くと言って一時間もたたずに帰ってきたのだから。 


「誕生日で遊びに行くんだから、一輝ちゃんのお墓参り以外にもあるでしょう?」

「無いよ」


 美月の母は財布から三万円を取り出し美月に握らせた。


「遊園地とか遊んできなさい」

「悪いよ」

「お願いだから今を生きて。貴方も芙海ちゃんも死んでないのよ。一輝ちゃんの分も生きなきゃ駄目なの!」


 そして美月は強制的に外に放り出された。


 芙海の部屋でカシャっとシャッター音が響いた。美月が三万円を握ってぼうっとしてるのが面白かったらしい。


 芙海は美月の隣の家に住んでいる。美月が勝手に入っても特に何も言われないほど頻繁に出入りしている。少なくとも昔はそうだった。


「泣かれた」


 どうやら芙海の方でも美月と同じような会話があったらしい。


「でも三万円って」

「行きたい場所に行くのにそんなお金いらないわよね」


 美月も芙海もロープさえあればいける。現世からの片道切符だ。

 握ってぐしゃぐしゃになったお札を芙海は撮った。


「こんなになっても三万円は三万円だから偉いよね」


 美月は芙海の言ってる意味が理解できなかった。


「人間だったら複雑骨折の重体できっと生かされているだけの人生なんだろうね」

「もし・・・」


 美月の続ける言葉を先読みするように芙海は口を挟む。


「それがお姉さんなら私は毎日病院に行く。嘘、病院に住む」


 通うと言うのならば今現在もそんなに変わっていない。


「三万円分の花束でも買う?」

「枯れちゃうじゃん。そんなの嫌」


 芙海はベッドに倒れ込む。美月はその隣に座った。芙海はスマホで今まで撮った写真を見ているようだった。

 美月はこれからどうすべきかを考えた。家に居づらいが、芙海の家にずっといてもさほど変わらない。


 もしも一輝だったらと考える美月のクセは治らない。

 考えはしても一輝が何をするか。時間の経過が一輝の思考を美月から欠落させていく。

 一輝なら、一輝だったら・・・

 そう考えていたら美月は自らの愚かさに気付いた。

 芙海の誕生日なのに芙海の事を全く考えて居ない自分に。


「水族館行こう」


 美月と芙海、当然一輝にとっても水族館に行くのは少しコンビニに行ったりファストフード店に行くような手軽な物だった。小学校よりも近くにあり、年間パスポートも安かったので両親達が遊ばせていたからだ。その為水族館で遊ぶのが今でも習慣として残ってしまっている。


 何回見たのか覚えていない魚たち。

 一輝との思い出もあるが、それでも、変わっていく物もある。


「カピバラって水族館なんだね」


 美月は柵の向こうにいるカピバラへ興味なさそうに話した。

 芙海はそんな美月を写真に撮っていた。

 何も考えて居なさそうな顔でカピバラは座っている。

 

一輝の知らない新顔だ。それは水族館から一輝の記憶が消えていくと言う事だ。

 前は何の生命体がいるスペースだったか。

 美月は思い出そうとしたが思い出せなかった。


「イルカが見たい」


 芙海がイルカと行った時それはイルカのショーでは無い。展示のイルカをずっと眺めている。石像のように微動だにしない。芙海本人がアートのようにイルカをずっと眺めている。


 館内ではイルカショーが始まるアナウンスが流れている。

 美月はイルカのショーの方が好きだったが、芙海がイルカそのものを眺めたいのならば、それで良いと思えた。




 二人がお互いの部屋に泊まるのは昔からよくあったので両親たちが気にするようなことは無い。

 ドアが閉まったのを確認すると美月は芙海をベッドに押し倒して唇を重ねた。愛し合う行為は愛が無くてもできる。美月にとっては愛し合うというよりも今その瞬間を忘れるための行為であった。それはきっと芙海も同じだろうと美月は感じていた。お互いに欠けてしまったが為につながっている。

 二人の愛は一輝によってつながっている。

 本当にそれが愛なのか美月にはわからなかった。


 美月が先に目を覚ます。お互いに生まれたばかりの姿をしている。上半身を起こすと、それにつられて毛布が動き芙海の上半身があらわになる。

 芙海がゆっくりと目を覚ます。


「ごめん起こしちゃって・・・」

「・・・・・・なんでみーちゃん裸なわけ?」


 美月の若干寝ぼけていた頭が覚醒する。美月のことをみーちゃんと呼ぶのは一人しか居なかった。


 一輝。


 芙海はこんなつまらないことを言わない。

 容姿がそっくりになったが、中身まで同じになるはずが無い。


「何言ってるの芙海?」


 芙海は周りを見渡す。


「芙海いないじゃんってか私も裸だしどうなってんの!?」


 芙海は上半身を起こして自分の上半身を毛布で隠した。おかげで美月は一糸乱れぬ姿になってしまった。


「だから貴方が芙海でしょ?止めて、そんなことしないで・・・」

「初めては高級ホテルの最上階スイートルームって決めてたのに・・・・・・」


 芙海のしない一輝の会話だった。


「本当に一輝なの?」


 答えは返ってこなかった。

 芙海は全ての力が抜けたようにベッドへ倒れ込んだ。

 一瞬の沈黙の後。


「美月? どうしたの?」


 それはいつもの芙海だった。


「大丈夫。凄い形相だけど」

「えぇ、大丈夫、私は大丈夫よ」

「大丈夫に見えないけど―――」


 そこに居るのは間違い無く芙海だった。美月は自らの正気を疑った。


「大丈夫。嫌な夢を見ただけだから」


 嫌な夢と表現する自分が美月は嫌だった。夢ではなく、現実であって欲しいと思うのだから。

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