ドキュメント

ドキュメント─1898年~1900年

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 NFAT/TTH 194509 1898XX


 発:ナルヴィンスク連邦大統領

 宛:ナルヴィンスク連邦軍軍令部


 内容:連邦ニ反逆スル魔法族ノ蜂起ヘノ対応ニ関スル指令


 以下は連邦議会及び大統領執務室の決定事項によるものである。


 1.軍令部はウォブル地方を中心として蜂起を起こす魔法族たちを鎮圧するべく速やかに鎮圧部隊を編成すべし。


 2.魔法族は既に警察部隊では対処できる段階ではない。ここ数年のウォブル地方を始めとした連邦への反逆的態度を滅却すべく完璧に鎮圧せよ。


 3.鎮圧にあたってはこの蜂起の首謀者である大魔法使いと呼ばれる一部の魔法族に十分注意せよ。速やかなる終戦処理を行うべく指揮官は生け捕りを目指すことを命じる。


 以上


 連邦大統領署名:アナートリィ・イグナチウス

 連邦副大統領署名:オスカル・ブラッグズ

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 ──1898年 XX月XX日 ウォブル地方 『魔法族解放戦線』地下司令部


 ランタンの吊るされた部屋で、机の上に新鮮ではなさそうな元気のないリンゴが置かれている。

 デラクールと呼ばれる魔女がそれをおもむろに齧り始める。

 伝令が息を切らせて扉を開いた。

「ラコラッタで政府軍の圧力が掛けられています!」

「議長、私が行きます。」

 デラクールは報告を聞いて他の魔法使いに向かって言った。

「無理するなよ、お嬢。昨日から出撃続きだ。」

「おまかせを。戦闘は私のなので。」

 やれやれといった表情を浮かべる他の魔法使いたちを尻目に、デラクールはそのトレードマークであるとんがり帽子と箒を掴んで部屋を飛び出す。


 工業革命によって、魔法族はそのカーストが急落した。古くは戦争にあっても生活であっても魔法というものは人々の技術を上回る存在であった。だが近年では長らく大きな戦争もなかったうえに非魔法族の技術が発展したことにより、その魔法技術は徐々に失われていった。

「あいつは…司令部ここじゃ一番の若者だからっていはりきりすぎじゃ。」

 顔に髭と皺を蓄えた細身の老人がぼやく。

 この司令部は賢人議会とよばれる大魔法使いの集まりであり、また言い方を変えれば蜂起の首謀者たちの集まりである。


 デラクールは箒に飛び乗ると帽子を押さえながら地面を蹴って上昇する。空気中に含まれるひんやりとした朝の雫を肌で感じながら、魔女はシャンパンが噴き出すようにラコラッタの集落に向かって朝焼けの中を急発進した。


 大魔法使いとは、魔法技術の衰退のなかで全盛期と変わらずの力を継承し発揮する魔法使い、あるいは魔力の強い魔法使いを指す。勿論デラクールはそのうちの一人だ。


 空中を疾駆しながら折られた地図を覗く。魔法を掛けられた地図の戦線を示す黒インクが絶えず揺れ動いている。だが味方を示す黒インクは長い線ではなく、団子のように戦線や戦線外にも展開している。蜂起前にデラクールたちが指導したゲリラ戦術を忠実に行っているようだ。


 あたりに硝煙の匂いが立ち込め、火器の音が聞こえてきた。

「状況は?」

「将軍!」

 急に現れた大魔法使いにびっくりしながらラコラッタを守る指揮官は状況を説明しだした。どうやら押されているようだ。夜襲によって戦線は後退し、ラコラッタの半分は取られた。密かに潜入した偵察分隊によると大隊規模の総攻撃が来るとの情報もある。

 因みに普段は将軍などとは呼ばれないが、各魔法使いは便宜上大魔法使いを将軍と呼称している。

「…了解した。まかせてくれ、我に妙案あり、ね。」


「──と、いうことだ。A、C班はくれぐれも隠密に頼むよ。では配置に着こう。」


 そして政府軍の突撃部隊が喊声かんせいをあげて向かってきた。

 突撃隊の正面から発砲炎が光る。一部の兵が倒れたが波は止まらない。どこからかデラクールが箒に乗って敵と味方の間に現れる。味方に合図の仕草を送り、とんがり帽子を目深に被りじろりと口角を上げた。肩のあたりで手のひらを空に向け、一気に握りつぶすような動きをして見せる。


「エイラス・メギスト!! (風よ吹け!!)」

 あたりの土や草を巻き込んで、強烈な風が吹き始める。内戦の資料で度々登場する『黄塵』がここでも発生していた。

 視界を遮る砂塵の嵐に、突撃隊は足の運びが停滞した。そして突撃隊を挟むよう、左右から射撃音が響く。壕と草むらに隠れた魔法族たちの攻撃に政府軍はたじろぐ。

 嵐に弱まりが出来てきた。政府軍の勇敢な指揮官は、怯むことなく突撃を続けるようだ。


 上空から眺めるデラクールの顔が、嬉しさから歪む。普段は皆から慕われる魔女の裏面を、戦場の脇の高地にいる魔法族の狙撃兵が見て独り戦慄した。

 突撃を続ける政府軍大隊の足が罠によって取られ、次々に倒れるか藻掻いた。わずかにその罠を逃れた部隊をデラクールは逃さない。

「ロックモートル・フォルティガ! (足を縛れ!)」


 まるで地面から手が生え、ふくらはぎを掴んだように残りの兵も倒れる。全方位から火力が投射される。そしてデラクールもこの狂宴に参加しない性質タチではない。宙返りとともに高度を取りつつ倒れ込んだ部隊の上に立つ。

 指を猛禽類の爪のように曲げ、止めの呪文を放とうとする。詠唱前にも関わらず、はたからはその手のあたりから時折火花がはじけているように見えた。


「さらばだ、政府軍。」

「──イニシエート・エクリクス (爆発せよ)」

 一瞬細い閃光が伸びたと思った瞬間、兵たちの真上で爆発の連鎖が起き始めた。それは空気中から人間が吸うはずの酸素を奪い、熱波で兵は尽く焼き尽くされた。


 後に内戦の英雄と語られる『爆炎の魔法使い』デラクールは、ナルヴィンスク連邦に多大な影響を与えることとなる。


「すごい…」

 全てを傍観していた魔法族の狙撃兵は思わず声を漏らした。これが大魔法使いの戦い…こんな凄い術を目の前で見れるとは…。


 デラクールは倒れた兵の中からもっとも目立つ軍装の男を見つけ、大隊長と目星を付け近寄った。懐に今後の侵攻計画や命令書などがあるかもしれない。どうやらまだ生きているようだ。

「ベ…リヤ…オフロ…スキ?変な名前だ。」

 胸元にプロフィールなどが彫られた小さな板を見つけ、笑った。

 特にそれ以外情報を得られなかったためにデラクールは陣地へ戻ろうとした。その時だった。


「危ない!」

 狙撃兵が思わず口に出す。勿論聞こえない。背を向けた時、一人の政府軍兵が立ち上がりデラクールに銃口を向ける。

 狙撃兵はライフルに頬を当てた。自分の集中力、そして魔法力を指先に、銃身に注いだ。

「(魔法よ…!私にチカラを!)」

 一瞬一秒の間で素早くトリガーを絞る。耳を弄する高音と、腹に堪える低音が響いた。魔法を掛けられたそれは白色の線を描きながら戦場を駆ける。そして立ち上がった政府軍兵に命中し、下半身を残して吹き飛ばした。


 気づいたデラクールはさっと振り返るが、そこには主人を失った下半身が数秒たっていただけであった。

 デラクールは急いで箒に乗って陣地へ戻る。そして自身を助けた狙撃兵の所へ向かった。茶を飲もうと一息ついていたところに思わぬ訪問者が現れ、狙撃兵は慌てた。

「さっきはすまなかったね。それにしても見事な魔法だ。」

「あ、ありがとうございます…とっさにやっただけですのでそんな。」


 増幅魔法とは、技術の衰えた現代の一般の魔法使いでも使える魔法の一種である。エネルギーをさせ、それの速度や威力などを増幅させる魔法だ。だが人間が走っているところにかけても足は速くならず、せいぜい鼻血を出させる程度である。同様に生物の知能が増幅されることもない。さまざまな制約があるが基本的に物が対象であれば作用すると考えて良いだろう。


「謙遜しなくていいよ。名前は?」

「リリー・ジトニコフ…ああいえ!カウリバルスです。最近結婚したので。」

「そうか。君はこれから私とともに行動するように。ちょうど副官が欲しくてね。」




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 NFAT-3350199-KHJU-0911     機密区分:B

 1899年X月X日


 連邦軍軍令部より連邦議会および大統領執務室への報告


 1.概要

 以下のレポートは軍令部による対魔法族戦の戦略的修正案の提案である。本格的な提案は本レポートに対する各担当部門の意見提案が明らかになった後提出されるだろう。


 2.戦況に対する認識

 軍令部では連邦軍のおかれた対魔法族戦の戦況について、いかなる不安も感じていない。

 今日に至るまで魔法族は我々に多大なる出血を強いてきたが、戦争は連邦軍の優位下で継続されている、と判断する。

 よって我々は、現段階で魔法族との講和を結ぶべしと主張する一部議員の意見を否定的に受け取っている。

 連邦は、徹底的に鎮圧しなければならない。それなくして連邦の新秩序ニュー・オーダーの建設はあり得ない。


 3.魔法族の現状に関する認識

 魔法族は連邦に出血を強いてきた。が魔法族は連邦に対して積極的反撃を行うことが出来ないと判断している。

 連邦は兵員の補充が可能な上に、魔法族は一年を通しその戦力の大幅な増加は見られていない。魔法族の戦力は変わらず4万ほどである。

 内戦初期より行われているゲリラ戦術に対して連邦は昨日一定の成果を得ることが出来た。神出鬼没の魔法族に対し、ゆっくりと囲むよう進撃する「ローラー作戦」により魔法族の中隊規模の部隊を全滅させることが出来た。

 このローラー作戦を全戦線によって行うことにより、彼らは正常な戦争を行えず、今後さらにそれが顕著になるだろう。

 つまりこれは、年内の戦争終結は間違いないということを意味するのである。

 だが、巷では『爆炎の魔法使い』と呼ばれるデラクール元議員の影響は大きく、彼女の生死によってこの戦争は大きな変化を辿るだろう。我々はデラクールを始めとする大魔法使いの捕縛を最大目標とする。


 4.戦争計画の修正について

 一部の戦線において、桜華皇国の兵や兵器が見られた。この内戦が周辺国に知られていることは間違いないが、魔法族が桜華皇国を引き込んだとあった場合、内戦は対外戦争に、最悪の場合複数の国からの侵攻が懸念される。

 連邦政府にはこれらの政治的根回しを要請するとともに、鎮圧による再統一と、(遺憾ながら)魔法族に対する平等政策を行うことによって、憎むべき敵である魔法族は忠実なパートナーと生まれ変わり周辺国へのアドバンテージとなるだろう。という提案を行う。


 NFAT-3350199-KHJU-0911     機密区分:B

 連邦軍軍令部

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 ──1900年 XX月XX日 ウォブル地方 『魔法族解放戦線』地下司令部


 2年続いた内戦が、終わりを迎えようとしている。

 吊るされたランタンが、離れた戦線での砲撃によって少し揺れていた。1899年内に終結すると見ていた軍の予想は外れ、いまだ粘りを見せている。

 だが徐々に、しかし確実に政府軍はその包囲網を狭めてきていた。

 デラクールは司令部を見渡した。初期に比べ賢人議会の面子は様々な理由で少なくなっている。死亡、捕縛、亡命等…。

「議長。行ってきます。」

「…うむ。」

 議長と呼ばれる老人はこの2年でさらに蓄えた皺と髭によって表情どころか目すら露になっていなかった。

 およそ24時間後に停戦協定という名の敗北が待っている。デラクールは少しでも侵攻への時間稼ぎを行い、戦後処理を少しでも有利に進めるつもりでいた。


「リリー、出撃だ。」

「はっ!いま準備します。」

 二人は最後の出撃に向けて装備の点検を行う。

「今回は特にハードになりそうね。…ん?」

 大魔法使いはなにかを察知した。

「あなた、子供がいるでしょ?」

 ライフルを点検していたリリーは赤面した。はい、しかし足手まといにはなりません!と答えた。

「まあいいよ。今回も頼むね。あ、もしよかったらさ──────」


 前線へ飛び立った二人に地獄の光景が広がる。戦後処理を優位に進めたいのはどうやら政府軍もらしい。

 絶望する間もなく、二人は攻撃を開始する。リリーは将校級を狙撃し、デラクールは持ち前の連鎖する爆破呪文で兵を次々に吹き飛ばしていた。


 的にされぬよう速やかに攻撃地点を移動し、戦場を駆けまわる。夕方になり、残る魔力的にもこれが最後の戦場となる地点で二人はその仕事を完了しようとしていた。

 足枷の呪いと爆破呪文を使い、また一部隊を壊滅させたデラクールは相棒の方へ振り返る。

「リリー!撤収だ!」

「はいっ!」

 砲兵の指揮官を打ち抜いたリリーが返事をする。


 一瞬の油断が、デラクールを追い詰める。どこかの雑兵が放った銃弾がデラクールの太ももに命中した。

「────────!!!」

 リリー・カウリバルスが声にならない声を発した。

 デラクールは箒から落ちそうになりながら、ふらふらと下降した。

「来るな!壕に隠れろ!」

 地面に落ちたデラクールがどこを見ることなく叫ぶ。捕縛をしようと政府軍兵が群がってくる。

 リリーは近くの塹壕に隠れその様子を見守る。自分の無力感に心底自己嫌悪しながらライフルを痛いほど握りしめた。

 デラクールは帽子を目深に被り口パクだけを見せた。

「さ・ら・ば…生・き・ろ──────」

 最後のメッセージをリリーは読み取った。涙が溢れる。デラクールの身体が政府軍兵たちによって完全に見えなくなった時、異変が起きた。


 危機感を覚える不思議な音に加え、光が漏れだす。輝くデラクールは空に飛び立ち、すべてを巻き込んだ不思議な爆発を巻き起こした。魔法使いが全ての魔力を出し切る最終魔法の一つをしたのだとリリーは瞬時に理解した。しかしその瞬間リリーは気を失った。

 魔法力による爆発は、付近の建物や地面を抉り、その戦場の政府軍兵のほとんどを死傷させた。


 目覚めたリリーは、強烈な頭痛をズキンズキンと感じながら爆発の跡をみる。苦しむ政府軍兵や死体を見つつ自分の箒を探す。どこからか美しく悲しい旋律が辺りに流れる。そして戦場の渇きを潤すかのように、雨が降り始めた。


 ふわりゆらりとデラクールのとんがり帽子が落ちてくる。リリーはそれを掴んで一目散に箒に乗って飛び出した。

 雨に濡れながら自身の顔をつたう涙を拭いてリリーは出撃前の会話を思い出していた。


「もしよかったらさ、その子の名前を決めさせくれないか。──────女の子なら…ミコと。」


 司令部に戻ったリリーは事の全てを伝えた。議長は、あの爆発は全魔力を解放したために人間に魔力の熱波を発したのだと教えた。

 魔力を持たない非魔法族の人間には魔力という異質の存在に身体が付いていかず、身体が壊れ後遺症が残る恐れもあるという。

「お前の腹にいるその子供も…多少なりデラクール嬢の魔力が体内に侵入したじゃろう。魔法族の子供だから悪影響はないじゃろうが…」


 リリーは腹をさすってデラクールが子供の名付け親となった意味も自爆の意味も、どこか紐づけて理解した。


 翌日、停戦協定は粛々と行われた。精神的支柱でもあったデラクール将軍を失ったことで魔法族の士気は下がっていた。

 だが連邦政府軍にとっても、デラクールの最期の攻撃は想定外かつ脅威として受け止めていた。


 結局、連邦は戦後魔法族への扱いを格段に良くし、連邦軍は解体され国防軍へと再編成された。その中には内戦で戦った魔法族を始めとした魔法使いたちも、軍で起用されることとなった。

 連邦内で起きたこの内戦は、戦術的には魔法族の負けではあるが、本来の戦争目的である『魔法使いの待遇改善』という点では、魔法族はそれを達成したと言えるだろう。


『爆炎の魔法使い』デラクールの魔法を受けたリリーの胎児は、18年後に戦場で活躍することになるのだが、それはまた別の話。


 ドキュメント─1898年~1900年 完

 続く

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