第5話 カンブルグの戦い

 『貴官らは昨日の専門家であるかもしれない。だが明日の専門家ではない。』────19??年 突撃隊長ミコ・カウリバルス




 ─1918年 3月25日 フランブル地方 西部方面軍 第13旅団司令部



 シャナ・ビリデルリング少尉の見事な砲術指揮で人民帝国海軍の駆逐艦と竜騎兵を撃破した翌日、連邦の北西の国境に展開する人民帝国陸軍の動きは活発さを増していた。

 予想される攻撃目標はミコのいるこの戦線最左翼だ。

 幕僚と大隊長級将校による会議の後、敵の攻勢準備はひとまずの静かさを見せた。そして太陽が人々の真上に立った頃、ファシズムのジャブが飛来してきた。


「報告です!カンブルグの大隊より大規模な敵襲との報告です。前哨の2個小隊が、後退したようであります。」

 通信兵が報告する。副官が慌てて地図上の自軍を示す青い駒を2つ下げた。

 副官たちは狼狽した。


「聞いての通りだ。じきに本格的な攻勢が始まるだろう。」

 戦線最左翼を任された第13旅団の旅団長ベリヤ・オフロスキ少将は目線も上げず、顔色も変えず喋った。

「総司令部からは他に何もないのですか?!」

「増援要請はもう何度もした!」

「さらなる要請を!」

「やめておけ。」

 ミコと副官の言い争いにベリヤが割り込んだ。


「カウリバルス少尉、貴様は1個騎兵小隊を率いてカンブルグの501大隊の拠点へ行け。コーディを救うのだ。どうもあそこが。」



 第13旅団が展開し拠点を敷いているフランブル地方西部は田舎であり平原が広がる。各部隊はその所々に点在する小集落に拠点を構えている。ただし、集落と言えどただの農村ではない。広大な耕作地に点々と散らばっているのではなく、見晴らしの良い高台に集落全てが集まっているのだ。


 そして、その外側には、こうした家屋を取り囲むような石と土などで固めた分厚い壁が取り巻いている。

 こうして作られた村が、海原に浮かぶ孤島のように点在しているのだ。

 こうした集落の配置にはそれなりの理由がある。一番の理由はやはり治安の悪さだった。連邦の外れで治安の悪いここでは収穫時期に腹をすかせた魔物の群れや、馬に乗った蛮族が現れ村々を襲うので、集落は必然的に見晴らしがよく、守りやすい地形を選ぶ。


 つまり集落の築かれた場所こそが長年の経験から弾き出された要衝なのだ。

 ベリヤは国防軍きっての柔軟な思考を持つ男なだけに、この土地の保護を約束する代わりに旅団が展開するよう仕向けたのだ。


 1時間後、コーディ少佐のいる拠点カンブルグへと入ったミコはほとんど手の加えられていない外観に内心絶望した。

 だがカンブルグに入って集落を見回すと外見とは大違いであることに気が付いた。


(前回わたしが来たときは何も気がつかなかったけど…これはすごいっ!)

 ミコは以前もこの拠点に来ていた。だが戦争とはこの無縁そうな黒髪の明るい娘は遠足気分でニコニコと遠征をしていたのだ。


 まず一見なにもおかしくない石と土の壁には一定の間隔で上下に銃眼が開けられている。下部に設けられた銃眼には壁と同じ色に塗った木片が蓋となっていて外からではその存在は分からない。さらに壁の角には銃座が設けられ、射角を広く取って機関銃の射撃が出来るよう工夫されていた。


「どうだ、少尉。」

「コーディ少佐!」

 カンブルグを任された第501大隊の大隊長コーディ少佐が声をかけ、カンブルグに点在する集落の一つを詳しく案内して見せた。

「いやあ驚きましたよ。一見するとこの集落はなんの手も加わっていないと錯覚します。ですが敵がここに近づいたら十字砲火待ったなしですね!」

 ミコは素直に感想を述べた。


 実際防御工事の施された箇所は出来るだけ不自然に見えないよう工夫がなされていた。例えば集落の周囲に掘られた塹壕には木の板で蓋がされており、注意して見なければそこに壕が掘られているとはまったく気づかない。


 コーディ少佐が自信をもって話す。

「これなら、守備隊の3倍までならなんとか応援が来るまで耐えられるだろう。」

 ベリヤのもとで働くだけあってこの大隊長も昨日ベリヤが考えていたことと同じことを言った。

「3倍…ですか。」


 この意見を聞いてミコは一瞬言葉を失った。

 たしかに軍事的には、守りを固めた城を落とすには守る敵の3倍の数が必要という法則がある。

 だがそれが言えるのは、守る側が連邦の首都ローゼンブルグにあるようなコンクリートで塗り固められた永久要塞である必要がある。これが単なる野戦築城であれば3倍ではなく1.5から2倍もあれば十分だ。

 しかしこのコーディ少佐とベリヤ少将は3倍の数を耐えると言い切っている。

「この戦いは激戦になる。おそらく近代で最初の大規模戦争になるだろう。貴官もここの指揮を手伝ってくれ、俺だけでは手が足りなくなるはずだ。」

 少佐はミコの肩をポンと叩き、そこから去っていった。


 ベリヤは長年フランブル地方でピカピカ組の教育をしていたため未熟な兵隊で国境を守るための工夫を考え抜いていた。小部隊で大軍を相手に生き残るためには要衝で拠点に籠もり抵抗する、これがベリヤの導き出した拠点防衛方式だった。


 第13旅団は巨大な荒波に揉まれる岩礁、小さな棘に過ぎないが、この棘も反攻作戦では心強い足がかりとなるのだ。

 カンブルグの一番高い場所から周囲を見渡すとさわやかな緑色の平原にポツリポツリと拠点が点在するのが見えた。西方へ目をやると5キロ先にはレックス少佐の籠もるコニラードがあり、西南には6キロ先にケルンが見えた。東に5キロは旅団司令部のあるスーラトがある。

 この平原のいたる所に、無数の人民帝国兵の群れがうじゃうじゃとひしめいていた。


 ミコは配置につき前方へ双眼鏡を向けた。大勢の兵がやってくる。

 双眼鏡を持つ手にじんわりと汗が滲んでくるのを感じた。1個師団なんて生優しいもんじゃないねこれは…帝国の1個軍団、いや1が攻めてきたんじゃないか?

 そう考えるミコは司令部を出発する前のベリヤの言葉を思い出した。


「今頃総司令部は大慌てだろうがどんなに急いで準備しようが2日はかかるだろう。それまで頼んだぞ。」

 ミコはパンと自分の頬を両手で叩いて気合を入れなおした。ここを守らないと、お母さんやお父さんやシャナのいる国が蹂躙される…!絶対に守らなきゃ。


 旅団の各拠点を包囲した人民帝国軍は午後2時ごろから突撃を開始した。

 先頭には軍刀サーベルを抜いた歩兵将校が立ち、いくつかの中隊で突撃集団を構成している。各々が唸り声をあげて突撃し、やがて敵が小銃の射程に入るとき、背後の砲たちが支援砲撃を開始し始めた。野砲から飛び出した砲弾は突撃する歩兵たちを超えて拠点の周囲で次々と着弾した。

 この防衛側からすると永遠とも思える砲撃は数分ほど続いた。硝煙の匂いがきつい煙を、春風が吹き飛ばす。


 一陣の風が、拠点を包み込んでいた煙を切り払い、帝国軍兵の前にはまたしても壁が立ちはだかる。突撃隊の唸り声が途絶えた。

 この帝国軍兵は砲撃によって壁が崩れることを期待していた。だが目の前に現れた壁は多少の凹みや傷が確認できたが大きく孔や崩れた箇所は一つも見当たらなかった。


 長年魔物や蛮族の攻撃や魔法を受け止め、石や土や粘土や木を混ぜて圧縮に圧縮を重ねて鍛えられたこの壁は鉄の破片を周囲にまき散らす榴散弾を見事に吸収していた。

「鉄鋼榴弾でなければこの壁は容易に突破されないね…」

 ミコは冷や汗をかきながら古人の知恵に感服した。


 近代陸軍同士の戦闘では最初の戦いとなるカンブルグ会戦では人民帝国軍は榴散弾をもっぱら使用し、弾薬庫の弾薬も生産ラインも榴散弾がほとんどでいた。その理由には対魔物での榴散弾の実績があったことと、要塞攻略戦でない限り鉄鋼榴弾より榴散弾の方が人を殺傷出来るという考えが蔓延っていたからだ。


 反面、連邦は18年前の内戦で特殊な戦争下での特殊な戦いを経験した国防軍は榴弾も使用していた。歩兵同士のぶつかり合いではなく、壕に隠れたりゲリラ戦を展開したりする魔法族たちには榴散弾よりも、敵の隠れる場所ごと爆発で吹き飛ばす榴弾のほうが良いと学習したのだ。あるいは、内戦の英雄である『爆炎の魔法使い』から影響されたのかもしれない。


 一方で破孔からの突入を予定していた人民帝国軍は突撃を中断した。そこへ今度は拠点の側から激しい銃撃が開始された。壁の上からだけでなく銃眼からもその射撃が行われている。

 さらに小銃の射撃音に混じって断続的な機関銃の発射音も加わっていた。突然の弾幕に隠れる場所のない帝国軍の兵たちはバタバタと地面に倒れた。麦を収穫するかの如く、機関銃という名の死神の鎌が兵たちの命を刈り取っていった。


「打ち方やめ!やめろ!」

 あまりの射撃のうるささにミコは怒鳴った。

 硝煙と血から発せられる鉄くさい香りが鼻腔を刺激する。平原には多数の死傷者が残されていた。

 生き残った者は銃を放り出して一目散に味方の陣地へ逃げ帰っていく。コーディ少佐もミコも追撃命令は下さなかった。まだこの戦いは始まったばかりだ。

 ミコは一息ついてから壁から機関銃を操作する下士官や自身の率いる小隊の兵に声をかけた。ピカピカ組とは言え、敵の攻撃は通らずこちらは目の前の敵を射撃するだけでよいのでどの兵も、心理的に余裕が見えた。ベリヤの戦略というものにミコは舌を巻いていた。


 ミコは、拠点を率いる第501大隊の大隊長コーディ少佐と配置について打ち合わせをしている。

「とりあえず今回は敵が達する前に撃退できた。だが次の攻撃では敵も用心してくるだろう。最悪の場合、守りの薄いところが突破されるかもしれないな。」

 コーディ少佐が略図を指して守りの手薄そうな箇所を説明した。


 ミコはコーディの言いたいことを理解した。

「わかりました。各中隊より1個分隊を引き抜いて臨時の応急部隊を編成しましょう。」

「賛成だ。前哨にいた俺たちの小隊もここに撤退出来ていくらか人手に余裕がある。」

 昼頃に突撃を受けた前哨小隊の小隊長が賛成した。

 その後も細かい調整を行った後、ミコは壁際の自分の配置に戻って思った。ここまではなんとかなっている。だけどこのまま包囲されたまま耐えられるわけじゃないよ…応援部隊早く来てくれ…!



 ─1918年 3月25日 フランブル地方 人民帝国軍陣地

 続く。


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