第4話 戦果と戦火

 『トラトラトラ(ワレ奇襲ニ成功セリ)』​───────1941年12月8日攻撃隊長・淵田美津雄中佐





 ─1918年 3月24日 ナキヤ海海上 IMN[キメラ]





 やった。ついにやったぞ。天祐だろうとなんだろうと命中した。


 大マウロ人民帝国海軍・ヴェネター級軽クルーザー三番艦「キメラ」のコットン艦長は狂喜のあまり小躍りした。敵の小波型は目立って砲火が弱くなった。

(艦のがやられたに違いない。もう日が沈む。これ以上の戦果は望めまい。さっさとお暇しよう。)

 夕陽に照らされる波と、敵艦荒波を双眼鏡越しで見つつ、艦長は思った。このキメラも敵の命中弾こそないものの、幾つもの至近弾によって小さな穴がいくらか出来たために満足に最高速度を出せないでいた。


 艦長は、次の一手を打とうとした。

「本国へ打電。我敵小波型駆逐艦ヲ中破ナイシ大破セシメル。帰投スル。以上だ。それから──」


「サヴァージから一編隊出すよう要請しろ。」

 一息ついた艦長はポケットから煙草を取り出した。もうこの海戦は峠を越えた。新しい若き皇帝陛下のおっしゃる通り、事は運んでいる。明日から忙しくなるぞ。

 再三マッチを擦らせるが、つかない。クソ、しけってやがる。悪態をつきながら目線を落とした艦長に、影が差した。

「ッ!────」



 ─1918年 3月24日 ナキヤ海海上 FNS[荒波]


 司令部の全滅は荒波の戦争行為を一時的にストップさせていた。

「前部指揮所は、どうにかなりませんか?」

 シャナ・ビリデルリングは、グレゴリオに訊ねた。相手は駄目だ、という仕草をして見せた。

「指揮装置からなにから手荒くぶっ壊れてる。使い物にならん。ここしか使う場所はないだろうな。」

 と口をしかめた。それから、と続く言葉をグレゴリオは飲み込んだ。軽口の一つでも言ってやろうとしたがシャナから発せられる並々ならぬ闘志から黙った。彼の口調は先ほど一喝してから、ずいぶん柔らかくなっていた。


 後部指揮所には必要なものは全て揃っている。だが、前部指揮所より低い位置にあるため周囲の状況が掴みにくい。砲戦の指揮に適した場所とは言えない。

 シャナは各所に矢継ぎ早に電話連絡を送り、射撃の用意をさせている。本職ではない割に手際はいい。主計将校から被害報告が飛んできた。やはり前部指揮所の付近が多い。

「そうか、ご苦労──意外に少なかったな。戦闘には支障なさそうだ。」

 グレゴリオが言った。

「はい。」

 指揮所に立つシャナには、死者一人ひとりの情景は浮かんでこなかった。浮かんで来たら、戦闘指揮をとる軍人ではいられなくなる。シャナはどうにか心の中でそれを噛み潰した。


「射撃準備はいいか?」

「左砲戦、射撃準備よし、いつでも行けます。」

「よし。始めろ。」

 もう一つ、とシャナがつぶやく。

「魔法の使用許可を。お願いします。」

 困惑しながら許可するグレゴリオを尻目にシャナは、腰の直剣を息を吸いながらゆっくりと抜いた。

 銀色にぎらつく細身の刀身には中心に緑に輝く小さな石が埋め込んである。レイピアだ。

 右手が頭の高さまで来たとき、剣先を敵に向け叫んだ。

「1番主砲、打てッ!」

 射手がトリガーを絞った。回路に電流が流れ、装薬が発火する。一瞬後、2つの砲身から砲弾が飛び出した。艦に振動が走る。

「弾着…今!」

 右手にレイピアを、左手に秒時計を握りしめたシャナが報告する。

 その砲弾は、夕日を浴びて美しい放物線を描きながら海上を疾走する。

 そして、命中した。一発は煙突に穴をあけ、もう一発は艦橋へ飛び込んだ。



 グレゴリオは狼狽した。どういう事だ。さっきはあれだけ砲弾を注ぎ込んで命中しなかったのに。何故だ。

 グレゴリオはレシーバーを手に取った。

「見張り員。何か変わったことはないか?」

「はっ、特には…しかし急に強い追い風となりました。」

 見張り員は風になびく信号旗を見上げた。風は東から西へ強く吹いている。


 グレゴリオは瞬時に理解した。追い風になれば砲弾の命中率は当然上がる。

 クラップ湾が何故栄えないのか。それはこの海域の風が不安定で漁をするのも一苦労だからだ。両艦とも、この不安定な風向きに遊ばれながら戦闘を進行していたのだ。


「わたしの魔法です。」

 敵から目を離さずシャナが言った。正確には、呪文を唱える魔法ではなく、魔力を伴った道具を手順に従って振るったのだ。

で風を起こしたのか。」

 グレゴリオはレイピアを指さして目をぱちくりさせた。

「はい。」


 かつて魔法術が栄えていた頃、どの魔法使いも使用していた風を発生させる魔法。そして18年前、内戦でかの英雄が各地の戦場で起こした砂塵の大砂嵐。それと同じ魔法をシャナは使った。シャナ自身は風の魔法なんてものは使えない。だがそのレイピアには風を発生させる術と魔力が込められていた。国防軍に入る時、故郷でそれを手に入れた。


「そ、そうか。」

 砲術指揮に戻ったシャナを横目にグレゴリオを内心舌を巻いた。こいつ、手際がいい。砲術学校に欲しい人材だ。この腕なら巡洋艦でも働けるな。

「少尉、貴様は実務研修で何に乗っていた?」

「角度2度下げ、2番主砲、3番主砲、打てッ!​───────浅間です。」

「そうか。」

 グレゴリオは隠れて笑った。浅間、浅間か。さすが成績優秀者だ、重巡にいたらそりゃいろいろ身に付くだろう。それに、ネボガトフさんのところだ。先生、今度の生徒はとんでもないやつだな。



 コットン艦長が感じたように、海戦はいた。その本人も、今は血みどろの肉塊と化している。

 荒波の主砲弾はますます精度を増した。

 敵のヴェネター級軽クルーザーは命中弾によって艦体に無数の穴が発生していた。4門ある単装主砲は3つが砲塔が吹き飛んだり砲身がねじ曲がったりして使えなくなっていた。しかしなお艦尾の砲はその砲声と煌めきを失っていなかった。風向きは完全に向かい風な上に、射撃指揮装置も壊れ主砲の命中率は著しく下がっていた。

 そしてついに、敵は艦首が沈みその速度は出なくなっていた。


 グレゴリオは敵を完全に葬り去るべく雷撃を命じた。射出された4本の魚雷のうち1本が命中した。手負いの駆逐艦に対してあまりにオーバーパワーな魚雷は機関室を完全に破壊し、竜骨をへし折った。


 夕闇が、海戦の終結を宣言した。


 のちのちの世まで語られ歴史に刻まれる「運命の一弾」とは、人民帝国から飛び出した不良品の痛恨の一撃によって、風向きが変わったように覚醒した連邦の猛反撃のことを指すのである。


 荒波は戦闘体制を解き、生存者の救助を始めている。シャナも雷撃戦に入った段階で納刀し、ナキヤ海は、またいつもの海の様子へ戻った。


 突然の報告が、艦に緊張を戻させた。

「右舷前方!高速飛翔体接近!」

 見張り員からの報告にグレゴリオは訝しんだ。


「鳥の群れか鐘啼鳥ベル・コンドルじゃないのか?」

「いいえ、暗くて良く見えませんが…あれは​───翼龍ワイバーンです!翼竜に人が乗っています!その数3体!砲弾のようなものを抱えています。」

 グレゴリオはスポットライトを照射させた。毛の生えた翼に…人民帝国の国旗が描かれている。

「後部指揮所グレゴリオだ、艦内に告げる。戦闘体制を取れ!以上!」

 指揮系統継承の規則から艦長となったグレゴリオだが艦長と名乗るのはまだ少し烏滸がましく感じていた。


「敵、急降下してきます!」

「面舵一杯!」

「面舵一杯、アイ!」

 グレゴリオはつい3時間前までは砲術長だった為に、操舵命令に必要なイントネーションを忘れていた。

 荒波は右へ急転舵する。指揮所は全員なにかに捕まっていた。

 白い航跡ウェーキを残しながら転舵した荒波の左に巨大な水柱が林立した。

「進路戻せ!」

宜候ヨーソロー、もどーせー。」

 天蓋に水が叩き込まれる音を痛いほど聞きながらグレゴリオはジロリと歯を見せた。翼竜は人民帝国のある北方へ離脱していた。この間もシャナが機銃の射撃命令を出している。だが、その多くは闇夜に吸い込まれるか、ドラゴン特有の厚い皮膚に弾き返されていた。


 敵が見えなくなり、グレゴリオとシャナは意見を交換していた。

「まさか翼竜に乗って操るとは…ああいうのは確か昔の言葉だと竜騎兵ドラゴンライダーとかナントカ言うのか? 」

「ええ、そうです。そもそもドラゴン自体、ここ20年でめっきりで姿を消してたはずです。それにドラゴンが人間にあのように簡単に使役されるような種族ではありません。一体どのようなトリックを使ったのでしょうか?」


 ドラゴン、それは魔法が栄華を飾り、人々が弓と剣で戦う時代から存在が確認されている。気性が荒く、種によって毒を持ったり火を放ったり鱗を爆破させたりすることから人々から恐れられ、集落によっては洞窟に潜むドラゴンに貢物をする文化もあった。

 一部ではドラゴンに認められ、永遠の契約を交わし手足のように使役する竜騎兵の存在が文献によって残されており、竜騎兵が戦争の英雄となった逸話がある。

 近代技術の発達によりドラゴンに果敢に挑み討伐する人間が増えた。ドラゴンは、腹にこれまで飲み込んできた人間や集落の財宝を隠し持っていた。肉は丈夫な素材となり財宝を持っていることからドラゴンは次々に狩られ、人が、国が潤う度に、その姿を消していった。


「わからない。だがこれは恐ろしい話だ。これから戦争は変わる。の戦争は終わったんだ。連邦も対策をしないといけないだろうな。」


「新たな敵!右後方より3体!」

「なんだと!」

 亡きコットン艦長によって打ち出された一手は、ワイバーンの竜騎兵3体だけではなかった。



 動揺が走る艦内で、シャナだけは凛とした表情で命令を下した。

「 3番主砲塔射撃準備を為せ!右130、高角25度。榴散弾を装填しろ!信管秒時0.4!」

「り、榴散弾ですか!?」

 射手が困惑した声色で訊ねてくる。

「そうだ、グズグズするな!」

ェッ!」


 荒波の後部から振動が発生した。2発の榴散弾はほぼ瞬時にして敵翼竜に到達、時限信管を作動させて炸裂した。本来であれば対地支援に使う為のこの榴散弾は破片を撒き散らし、敵の翼竜を鉄のシャワーで包み込んだ。


 それは翼竜自身を殺傷するには至らなかったが、翼竜の目を潰し、そして搭乗者を殺した。あるいは抱えた爆弾が作動し、それによって死ぬ翼竜もいた。

 バラバラと落ちてくる鉄の破片と翼竜を目に、艦長は言葉を失っていた。

「…よ、よくやった、ただいまの射撃見事なり。」

「ありがとうございます。」

 シャナはさらっと返した。内心では褒められて嬉しい気持ちと戦闘の余韻でパンクしそうだったが。


「よし、ドラゴンとかいう奴らの秘密兵器を回収後、帰投するぞ。」

 グレゴリオは疲れきった顔の中でようやく笑顔をシャナに見せた。

「はい!」

 シャナも笑顔だった。


 翼竜の撃墜にはいくつか要因があった。ひとつは荒波の主砲だ。荒波の主砲は、高い仰角を持ち、高い射撃速度を誇る。狭い湾内でも山越えで対地支援を行えるというコンセプトが設計段階であったのだ。

 そしてふたつめには対地支援を行う艦である故に榴散弾を持っていたからだ。艦内を便利屋のように飛び回っていたシャナはそこの所の事情も知っていた。



 ─1918年 3月24日 大マウロ人民帝国 玉座の間


「若き皇帝陛下、報告がございます。」

 気弱そうな禿げかけた丸眼鏡の官僚が一礼した。

「なんだ、いい報告か。」

 皇帝、と呼ばれるこの若い男は生まれ持った金髪の髪を揺らしグリーンの目を細ませた。


「戦争です、戦争が始まります。」

「そうか。それは良いことだ。我の思惑通りだ。」

 皇帝が鼻につく声で答える。

「もうひとつ。海軍からです。翼竜母艦『サヴァージ』からの報告では、任務を達成した我が海軍の駆逐艦が沈められたそうです。」

「…そうか。不甲斐ない連中め。陸軍は攻撃準備は出来ているのだな?」

 皇帝の表情はこの官僚からは影になって読み取れなかった。


「ええもちろんです。」

「よろしい、明日の昼過ぎから攻勢に出るよう伝えろ。外務省、お前のところもやることはわかっているな?」

「はっ!勿論であります!失礼します!」

 玉座に座り足を組んだ皇帝は一人思った。俺は叔父の死に際の願いを果たす。この大陸で、天下を取るのだ。その為にも…。



 ─1918年 3月25日 フランブル地方 西部方面軍第13旅団司令部


 続く。

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