lost
あゆう
memory
今、私の目の前では、小さな頃からこの世で一番大切で大好きな人が危険な旅に出ようとしていた。この村では成人。つまり18歳にならないと村を出れない決まりだ。
彼は昨日18歳になったばかり。今日のためにずっと準備をしてきたのを見てきた。
『ねぇ、ホントに行くの?危ないよ?死んじゃうかもしれないんだよ?』
「よし、準備出来た!後は隣のおばさんから馬を借りてくれば出発できるな」
やっぱり彼は私の言うことなんて滅多に聞いてくれない。いつもそうだ。こんなに心配してるのに!ほら見て?このリボンはアナタがくれたリボンよ?
『いいよ!勝手についていくからね!』
隣の家に向かう彼の後ろをついていく。
「えっ、馬が駄目になったんですか?」
ん?どうしたの?
「ごめんねぇ。うちの人がそんな危険な事には貸せないって言い出しちゃってね。ほらこの際だから辞めといたら?」
「そうですか……。無理言ってすいませんでした。けど、行くのはやめません。行かなきゃならないんです」
「あんたは本当に強情だねぇ。まぁ行くなら気をつけなさいよ?」
えっ!?おばさん止めないの!?もう!
「しょうがない、歩いて行くか。馬の話を聞くまでは元々そのつもりだったしな」
そう言いながら彼は荷物を入れた革袋を背負うと目的地までの道のりを歩き始めた。
『ねぇ、ホントに大丈夫なの?モンスターも出てくるんだよ?怖いんだよ?強いんだよ?』
「あぁ、そういえばこの辺からモンスターが出始めるんだったな。スキル発動【気配察知】スキル発動【身体強化】スキル発動【武器強化】っとこんなもんでいいかな?」
すっごぉーい!昔はこんなの使えなかったのに!そういえば時々村に来る騎士さんに何か教わってるなぁって思ってたけど、それだったのね!カッコいい♪
グギャアアアアァァァァ!
ひっ!なになに?
「はぁ、早速モンスターか。よし、この4年間遊んでたわけじゃないってところを見せてやる!」
『ちょっと大丈夫なの?すごい牙がついてるよ?』
バキンッ!
え?うそ?あの牙折ったの?
「はあぁぁぁっ!」
スパッ! ボトッ。
ギュ……
へ?もう倒したの?昔はあんなに泣き虫だったのに?ちょっとぉ!何そんなにカッコよくなってるのよぉぉぁ!惚れ直しちゃうじゃない!
「ふぅ、よし。確かに僕は強くなってる。訓練は無駄じゃなかったぞ!」
『ねぇ、ところでどこに向かってるの?』
「あの山の向こうだな。四年に一度だけ咲く記憶の花が咲いてるのは」
『え……』
「あの花があればきっと思い出せるんだ。だから必ず手に入れてみせる」
『いやぁ、無理しなくてもいいんじゃない?今でも幸せでしょ?』
「あれからずっとだ。頭のどこかで何かが引っ掛かって離れない。きっとあの花さえあれば!」
『そう、どうしても行くのね。なら私も覚悟を決めてついていくわ』
そうして私達は花が咲く場所を目指して進み始めた。
出てくるモンスターは全て彼がその手に持つ剣で切り捨てて行った。大きな川では川沿いの大きな木を斬り倒して橋を作ったりもしてたわね。途中で剣が折れた時はびっくりしたなぁ。近くの街で今まで使ってたものよりすごい剣があってよかったね!ちょっと高かったけど。あなたが倒したモンスターから角とか耳とか牙を集めてた時はなんでだろう?って思ってたけど、あれがお金になるんだね!討伐証明って言うんだっけ?最近勉強してたのはそれだったのかな?
そしてその旅も終わりを迎えちゃった。
朝と昼と夜を何度も何度も一緒に過ごしたね。私は何も出来なくてずっと見てるだけだったけど、アナタは諦める事なく花を目指して進み続けた。……ホントはね、諦めて欲しかったの。
だって──
「やっと着いた。やっと見つけた」
『うん。見つけたね。頑張ったね』
彼の視線の先には青白く輝く花びらを持つ花がある。名前は無いみたい。
彼がその花に手を伸ばして手に取る。そして祈った。
「お願いだ。僕が失った記憶を取り戻させてくれ」
瞬間、彼を花びらと同じ色の光が包み花は消えた。残ったのは涙を流し光に包まれたままの彼の姿。
『あぁ、お願いだから泣かないで。アナタの記憶を消したのは私なの。だからそんなに泣かないで……』
「僕は……僕はあんなに好きだった彼女のことを忘れていたのか!」
涙を流す彼の頬に手を伸ばすが触れる事は叶わない。
それもそのはず。私の命はすでに失われているのだから。
あの日私が病気で亡くなる瞬間に死神とした契約。
【彼が私の記憶を失う代わりに、彼が命を失う時まで魂は側にいることが出来るが一度でも記憶を取り戻すと私は消えてしまう。】というもの。
だから私は彼にここに来てほしくなかった。
例え私のことを思い出さなくても側にいたかったのだから。
けどそれも終わり。花の力で記憶を取り戻せるのはこの光が消えるまで。一度は取り戻してしまった以上私は消えてしまう。さらに私が消えても彼の記憶が戻ることはない。この花の力がない限りは。
「あんなに、あんなに愛していたのに!一度もこの気持ちを伝える事なく逝ってしまった!僕はこんな大切なことをなぜ!」
慟哭する彼の声が聞こえた。
初めて聞く彼の気持ち。
『ありがとう。ありがとう。その言葉だけで私は満足だよ……』
やがて彼を包む光が弱くなる。
「なんだ?記憶が薄れていく?効果が切れ始めているのか?くそっ!必ず次の花が咲くころにまた来るから!」
『ありがとう。けどお願いよ。無理はしないで……あぁ、光が消えてしまう。どうかお願い!私の気持ち届いて!アナタを愛しているの!』
やがて男の体を包んでいた光は消えた。
「今、何か聞こえたような?気のせいか。光が消えたけど僕はちゃんと記憶を見ることが出来たのか?……ん?」
男の視線の先には青いリボンが落ちていた。
「これは──」
男はリボンを拾い上げると革袋にしまって山を降り始めた。
「また四年後に来るよ」
男がそう言い残して立ち去った後には涙の形をした種がただ一つだけ落ちていた。
lost あゆう @kujiayuu
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