1年生編8月
◆プール派? 海派?
「カイ。プールと海ならどっちが好きですの?」
「なんだよ、突然」
冷房がガンガンに効いた室内で、思い出したように涼子ご言う。
「夏休みですもの。侑希とどこか遊びに行かないでどうするんですの」
「だからって何でその二択。私が泳げなかったらどうすんだ」
「泳げるじゃありませんの」
「……。プールは行ったことないな」
「それならプールにしましょう。誘ってください」
「私が誘うの?」
「えぇ。相手の予定が埋まる前に早く」
「私はそんなに乗り気じゃないんだけど……」
「三年。侑希と過ごせるのは三年ですわ。彼女の時とは違うんですわ」
「あーはいはい。分かりました」
侑希へメッセージを送るついでに、涼子のワイングラスも取り上げて中身を水に変える。
「あぁ!」
「うるせぇ。酒臭いんだわ」
侑希からの返信は基本的に早い。遅くなった場合も『ご飯食べてた』『寝てた』『お風呂入ってた』等、ご丁寧に断りが入る。
「侑希ちゃん、明後日なら行けるって」
「さすが現役女子高校生。返信が早いですわね」
ボトルごと水に変えられるのを恐れた涼子は、大人しく高級ワインをクーラーに戻す。
「シルヴィアは水着持ってんの?」
「心配しなくてもカイの分も持ってますわよ」
「持ってる方が心配になるわ。何で私のサイズ知ってんだよ」
「胸が気になるならパット入りもありますわよ」
涼子が指を鳴らすと様々な形状の水着が落ちてきた。
「お好きなのをどうぞ」
「本当こうゆうところは抜かりねぇな」
「私的にこれなんかオススメですわ」
ギリギリ海に怒られない布面積を選ぶあたりが抜かりない。ビキニタイプであるが、スカーフのような布もセットだ。
「何でも私のこと分かるんだな」
「ここ数百年のあなたしか知りませんけど。……まぁあなたと付き合うにはこのくらい出来ないと」
「私はどんだけわがままな子供だよ」
「あなたほどわがままに生きるのは子供でも無理ですわ。……水着はこれでいいですわね」
晴天。夏の象徴入道雲一つない。
「昨日慌てて水着買ったんだけどどう? 変じゃないかな?」
――眩しい。
おへそも見えないタイプだが、侑希の肌が眩しい。
「可愛い」
「うみちゃんも可愛いよ。肌しっろいね!」
「友達バカもそこらへんにして、二人ともまずは場所を確保しますわよ」
「うわーすごい」
主役はボディだと叫ばんばかりの黒い水着。分かってはいたものの、大きな胸。あまりにも堂々としているから隣を歩きたくない。
「涼子ちゃんってモデルみたいだよね」
「そうねぇ……」
――うん、でもあいつより侑希ちゃんの方が可愛いな。
「うみちゃんもすごく似合ってるよ。青色がキレイだね。うみちゃんの瞳の色みたい」
「私の瞳はこんなに綺麗じゃないよ」
出会ったばかりの少女より、綺麗な瞳を見たことがない。
「二人とも!!」
涼子が長い腕を振る。
「なんだかんだ一番浮ついてるのあいつだな」
「わたしも浮ついてるよ? 行こ、うみちゃん」
いつもの調子で腕を取られる。布面積が少ない分、肌の密着率は上がる。今日ばかりは侑希の手も熱かった。
「ここって海にも出れるんですのよ」
定価よりも高いアイスクリームをおしとやかに口に運びながら、涼子が西側を指す。
「あそこにゲートがありますでしょう。手にハンコを押してもらえば、自由に行き来できるんですの。まぁ、海と一言で言っても干潟ですけれど」
「綺麗な貝殻とか落ちてるかな?」
侑希が目を光らせる。
「どうでしょう。少なくともあさりの貝殻は落ちていると思いますが……」
「ていうか海に出られるならさ、わざわざ海とプール選ばせる必要なかったじゃん」
「そんなことないですわ。海を選ぶならもう少し南側を提案します」
「ねぇ、海に少し出てみようよ」
「私は疲れたのでパスしますわ。お二人で行ってきてください」
「涼子ちゃん、一人で大丈夫?」
「私は大丈夫ですわ。それよりそこのポンコツから目を離さないようにお願いします」
確かに先程飲み物を買いに行って迷子にはなったものの、ポンコツと呼ばれるまでの失態ではない、と海は思う。
「だーいじょうぶだよ。ちゃんとわたしが手綱握っておくから」
「紐引っ張んないで。ほどけちゃうから……」
「じゃあ行ってきます」
一見美人が一人で退屈そうにしていれば、ナンパ目的の男が近づいてくるだろう。怪我人が出ないことを願いたい。
「ハンコって言うから朱肉でも押されるのかと思った」
手の甲に押されたハンコは一見色がない。
「朱肉じゃ海に入った途端に消えちゃうから戻れないよ」
東京湾は青色よりは緑、灰色だ。
「うっわ、砂がサンダルに入ってきて気持ち悪い……」
欠けた貝も多く、きちんと足元を見ていないと身を切りそうだ。
「波打ち際まで行ってみよ」
「ちょ、走らないで。危ないから」
岩盤がないためか波はとても穏やかである。しかし、太陽光が強すぎるせいで水温は高い。
「綺麗な貝ないかなぁ」
「割れてるものばっかだね。あとなんか……食べた後の殻みたいな……」
綺麗な海でもないし、鮮やかな色の貝は望めないかもしれない。
「そろそろ手離してよ。貝殻探しづらくない?」
「大丈夫。わたし、視力いいんだ」
「そうゆうことじゃない」
仕方なく、侑希に手を引かれるままゆっくりと波打ち際を歩いていく。周りでは堤防ギリギリまで泳ぎに行っている人や、貝殻の山をごそごそしている人等多種にわたる。
「あ、あれ、綺麗そう」
「おお!?」
手を掴んだまま侑希がしゃがむものだから、危うくひっくり返りそうになる。海水まみれになるのはごめんだ。
「ダメだー、綺麗だけど割れちゃってる」
「……」
こんなところでずるをするのもいかがなものかと思いつつ、この程度であればポリシーの範囲内だろうと考えて瞳に魔力を集める。使い方によっては千里眼と呼ばれる役割も果たせるのだ。
「侑希ちゃん、あっち見てみよう」
視えたのは数メートル離れた水の中。
「こっち」
癖で利き手を海中に突っ込んだせいで、海の右手を掴んでいた侑希も突っ込んだ。
「ちょっと!!」
いきなり引っ張ったことは申し訳ないが、塩分を含んだ水しぶきを浴びたので許していただきたい。
「ごめん、ほんとごめん。だから海水かけないで……」
「もう! ……あれ」
侑希が手元を探る。海の目論見通りにいったようだ。
「綺麗……石かな?」
華奢な指でつままれたのは、薄水色の透き通る丸みをおびた物体。
「シーグラスだね」
波によって長い時間をかけて削られ石のように丸くなったガラスの総称。
「うみちゃん、これ見えたの?」
「見えるわけないよ。なんとなく光ったように感じただけ」
息をするように嘘をつく。
「そろそろ戻ろう」
尻もちをついたままの侑希を引っ張り上げる。
「そうだね、涼子ちゃん待たせちゃってるし」
プールと海を繋ぐ入り口近くに簡易シャワーが設置されていたため、塩を洗い流してから戻ることにする。
「今日はプール誘っちゃったけど、侑希ちゃんはプールと海、どっちが好きなの?」
「うーん、そうだねー」
タオルの持ち合わせがないので、びしょびしょのまま再入場をする。プールサイドの照り返しが暑い。
「海かな」
何故、意地悪そうに笑って答えるのか海には理解ができなかった。
◆どの時代も人間はお祭りが好き。魔女も祭りごとは好き
文化祭の準備のため教室で作業をしていた時、クラスの中でも陽気な雰囲気を醸し出している男女たちが地域で行われる祭りごとについて話をしていた。
「うみちゃん、わたしたちもお祭り行かない?」
近々、駅前にある大通りで祭りが開催されるらしい。
「駅前の通りが何百メートル……全部合わせたらキロまでいくのかな? まぁそのくらい長い距離にね、露店が並ぶの」
「何の神様を祀り上げるの?」
「うーん? おみこし担いでいる姿は見たことあるけど、なんの神様なんだろうね。わたしも分からないや」
――現在の日本人はほとんどが無宗教だったか。
つまり目的としては、信仰・祈願ではなく、現実的な金銭的利益の搾取とこの学校で行われる文化祭のように盛り上がること自体が大切なのだ。
「ね、行こうよ。きっと楽しいよ」
侑希が楽しいと言うならば、間違いなく楽しいのだろう。
「うん、分かった。行くよ」
「本当! それなら浴衣も着ようよ。うみちゃん、持ってないよね?」
「持ってはいないけど……」
「けど?」
「涼子が用意している気がする……」
「じゃあさ、持ってなかったら連絡して。わたし何種類か持ってるから貸してあげる!」
海の知識の中に浴衣が存在せず、侑希の話を聞きながらスマートフォンで検索をしていた。
浴衣の画像を見た海の感想としては、動作的な面でも不便そうであり、防御力という面でも随分と頼りなく見える布というところ。しかし、”日本人らしい”恰好というのはよく分かる。
「うみちゃんは紺色とか青色が似合いそうだよね~。黒地のものも格好よさそうだし、ピンクだと可愛くなりそう」
「この顔立ちで映えるかな?」
魔女と言っても見た目は西洋の女性そのものだ。日本人用に作られている着物がマッチするとは思えなかった。
「大丈夫だよ。あとさっ、こう髪を上げてまとめたらいいんじゃない? 首も綺麗だし」
「やけに褒めるね」
照れくさくはないがこそばゆい。
「褒めるところがたくさんあるからだよ」
「きっと侑希ちゃんは女に生まれて正解だったね」
「なんで? わたしが男だったら口説き落とせてた?」
「男だったらちょっと引くかな……」
「そっか、なら女に生まれてきてよかった!」
「突然なにかと思えば、お祭りでしたわね」
「そう、祭り。でっかいのあるんだって!」
「存じておりますわ。まさかあなたの口から浴衣なんて出てくると思っていませんでしたから、びっくりしたんですの」
「で、浴衣持ってんの??」
「ありますわ。……なくても用意する手段はありますけれど」
「持ってるならそれでいいから貸して。着付けもやって。髪も」
「注文が多すぎますわよ」
呆れながら涼子が箱を五つ取り出す。
「紺か青か黒がいい」
「どうせ侑希に言われた色でしょう?」
「どうせその通りだよ。あるの? ないの?」
「ありますわ。……汚れが目立ってもアレですし、これなんてどうです?」
「子供じゃないんだからこぼさねぇわ」
涼子が開けた箱の中には、黒地に白いラインとピンク色の花が刺繍されている。
「そこらへんの女子高校生じゃ着こなせないでしょうけど、カイくらい整っていれば違和感はないと思いますわ」
「じゃあそれにする。シルヴィアは? どれにするの?」
「私ですの?」
「うん。一緒に行くでしょ?」
「……私はその日野暮用がありますの。だからお祭りデートは二人で行ってきてください」
「野暮用って何さ。生徒会の仕事があったって、夜は校内は入れないだろ」
「詳細はともかくとして、いいじゃありませんの。私がいなくたってお祭りくらい行けましょう? それとも保護者がいないとダメですの?」
「行けるよ! すぐそこじゃんか!」
「でも私がいないからって、騒ぎを起こすのはやめてくださいね? たくさんの人間が集まるところで問題を起こされますと、事後処理が大変ですの」
「だからやらねぇわ。少なくともシルヴィアより好戦的じゃない」
「……あなたがキレると周りを巻き込むということをよーく理解してくださいね」
地域のお祭りを舐めていた。それは海も後悔している。都心でも観光地でもない駅前にここまで人が溢れるとは思わなかった。食べ物の匂いに加え、人間の様々な臭いが入り交じり鼻が曲がりそうだ。
「うみちゃん、ごめんね。お待たせ」
人混みの中から現れた侑希が目立って見えたのは、黄緑色の布地が珍しかっただけではなく、薄く塗られた色付きリップとその色に合わせた両手のマニキュアの相乗効果でいつもより輝いて見えたから。髪も編み込みをしているのは変わらないが、
「髪形お揃いだね!」
海と同じく後頭部でまとめてお団子状にしてある。
もちろん侑希の生活を覗き見てわざと合わせたわけではない。涼子に髪を上げてほしいとお願いをしたところ、この髪形になっただけである。
「やっぱりうみちゃん似合う! わたしが着たら黒なんて絶対に負けちゃうけど、うみちゃんのはよく映えてるねぇ」
「侑希ちゃんも……その全体的にすごく似合ってる」
「本当? 嬉しいな、あはは」
珍しく侑希の顔が赤らむ。
「それじゃあ行こう。何か食べたいものとか見たいものある?」
「えーっと……あまり人が密集していないところが……」
「それなら駅前から離れた方行こっか。途中で美味しそうなものあったら食べよ」
いつも通り、自然と右手を握られる。
「うみちゃん、下駄だから気をつけてね? あまり大股で歩いちゃダメだからね」
「侑希ちゃんもね」
下駄は鼻緒のところが擦れると相当痛いと聞くが、海にとっては問題にならない。たとえ擦れてきたとしても治癒魔法で傷にならないうちに治る。しかし、人間である侑希はそうもいかないし、魔法をかけるわけにもいかない。だから海は友人のために絆創膏を箱ごと持ってきた。
「焼きそばとか美味しそう~。でもここら辺じゃ食べられないね」
通常は車と人が行き交う市道だ。座るところもなければ、人の多さで一か所に留まって食事をすることも難しい。
「ちょっと遠いけど、あのスクランブル交差点を左に折れて十分くらい……この格好だと十五分くらい歩けば大きな神社があるの。そこが露店の終点だからここまで人はいないしゆっくりできると思うよ」
「遠くない?」
「駅前の通り抜ければもう少し楽になるよ」
海の右手を握る手が少し強くなる。
「もう帰りたかったりする?」
「まったくもって帰りたくないとは言えないけど、侑希ちゃんともう少しお祭りを見てみたい」
「そっか! じゃあ出発進行!」
いつもより侑希が浮かれている理由を考えながら人混みの中を歩いていく。小学生の集団から家族連れ、会社の集まりで来ていそうな人等いろんな年代の人間が行き交う。中には顔に覚えがある個体も見かける。名前は覚えていないが、同級生かそれに準じる所属の者だろう。
侑希と同じ年くらい――所謂学生になると四、五人程のグループか男女二人の組み合わせが多く見受けられる。
「見回りの先生もいるみたいだよ」
女子高校生の集団が騒いでいる方向を侑希が指す。中心にいるのはTシャツにジーパンと学校ではお目にかかれない格好をした大坪教諭だ。
「あの先生、やけに人気あるね?」
「うちに若い男の先生っておおちゃん先生くらいしかいないもの」
「ほう……。侑希ちゃんはあんな風にわーわーしないの?」
「しないよー。別にタイプでもないし、みんなだって年上のお兄さんが身近にいないから格好良く見えちゃうだけだって」
侑希は悪気なく、結構えぐいことを言う。
「それにおおちゃん先生のこと本当に好きな人に頑張ってほしいし」
「?」
「うみちゃんはそうゆうの疎そうだよね」
「何を言いたいか分からないけど、バカにされてることだけは分かる」
「それが分かるなら大丈夫だねっ」
信号が点滅していないスクランブル交差点を左折し、高架下近くまで来ると一気に人が減った。露店もまばらになり、一番人を寄せているのは大手チェーンのコンビニだ。
「焼きそばとたこ焼き買ったでしょ。飲み物もあるから、あとは……」
「まだ食べんの?」
「半分こずつにしたら足りないよ。唐揚げとポテト買おう!」
「コンビニならいつも買えるじゃん」
「うみちゃん分かってないなー。こうゆうのはね、ロケーションが大事なんだよ!」
「あぁそう。まぁいいんだけど、そう走らないで」
「お腹空いちゃって、つい」
二人で両手に茶色い食べ物と飲み物を下げて、大きな神宮まできた。おそらく昔ここにいついた魔女が起こした事変を崇めて作られたのであろう。
「あそこあそこ。一応うみちゃんの分もハンカチ持ってきたけど使う?」
「私のこと何だと思ってるの……ハンカチくらい持ち歩いてるよ」
心外だと言わんばかりであるが、海がハンカチやティッシュ等の本来不要なものを持ち歩くようになったのは最近である。侑希からすれば、ハンカチ一つ持ち歩かないガサツな友人に見えても仕方ない。
「たこ焼きあーんしてあげよっか?」
「さっきまで焼かれてたやつじゃん。絶対熱いよ、嫌だよ」
可愛い笑顔でたこ焼きを割る侑希。案の定湯気が立つ。
「はい、あーん」
「嫌だって言ってるじゃん!?」
「猫舌なの?」
「そのレベルの話じゃないよ!?」
諦めた侑希は息を吹きかけて少し冷めたたこ焼きの欠片を自分の口に入れた。
「あっつい……」
「言わんこっちゃない」
因果応報と言ってやりたいが、ひとまず冷たいお茶を渡す。
「ありがとう……ごめんね」
たこ焼きはもう少し冷ますことにして、海は焼きそばから食べることにした。カップ焼きそば四つ分の価格であるが、味は大差ない。
「あれ? うみちゃん、あれあれ」
「どれ?」
先程上がってきた階段を覗くと見知った顔が二つ。
「涼子のやつ用事があるって言ってたのに」
「一緒にいるの藍ちゃん先生だよね? 生徒会も巡回とかあるのかな?」
「あったらめちゃくちゃブラックだよ。日本の闇だ」
一見、生徒と先生に見えるが両方とも何百年と生きている魔女だ。大坪が見回りをしていたとなると藍子の方は職務の一環だろうが、涼子の行動は解らない。
涼子の目が藍子よりも先に海を見つけた。悪びれた様子もなく手まで振ってくる。それに応えるのは侑希。
「涼子ちゃんも浴衣だね」
――藍子と祭りに来る約束してたのか。
「先生は今日もジャージなんだねぇ」
「ブレねぇな、あの人も」
涼子と藍子は階段の上でいくつか会話を交わした後、海たちに再度手を振って小道に入って行ってしまった。
「あの二人ってどうゆう繋がりなんだろ? 接点ないよね?」
「生徒会してる内に先生たちと接点でもあったんじゃない?」
もっともらしいこと答えて、やっと冷めたたこ焼きを口にする。たこ焼きも海にとっては初めての料理だ。
――タコが目立つ……なくてもいいな。
「海外のお祭りとは雰囲気違う?」
海が実際目にした祭りは、最近のものでも百年単位で昔の出来事だ。
「そうだな……日本は雑多な感じがする、かも」
全員が着物姿なら、縦横無尽に人が敷き詰められなければ、こんな世でも幻想的に映ったかもしれない。
「でも侑希ちゃんが嫌じゃないならこれからも色々遊びに行こうね」
「もちろん」
食事を済ませた後もしばらく歩き回り、侑希の指が鼻緒で擦れて痛みを発生させたが海にできる対策は侑希にもできていた。ドラッグストアで買ってきた絆創膏の箱は、結局未開封のまま持ち帰られることとなった。
◆そういえば、宿題なんていうものがあったような……
「絵に描いたように、夏休み最終日に宿題をするのはわざとですの?」
「ちげーわ。普通に忘れてたの!」
数学と現代文の宿題については二学期初回授業提出のため余裕がある。他の科目については初日提出。明日の朝までに終わらせないといけない。
「シルヴィアこそ、宿題やってるの見なかったけど終わってんの?」
「もちろん」
わざとらしい笑みを浮かべてくる。
「ズルしただろ」
「えぇ。勉強は以前してますし、今回のメインはそこではないので」
「はいはい。生徒会ね」
「カイこそ、やりたいこあるなら全部この三年間に詰め込まなくてもいいんですのよ。それこそ人間の勉強なんて十年二十年じゃ大して進歩しませんわ」
「せっかく人間として馴染んでんだから魔法使っても意味ないだろ」
「馴染むですか」
「それに。私がこの生活をまたできるとは思えない」
「引きこもりですものね」
「うるさいわ。宿題の邪魔すんならアイス買ってきて」
「魔女使いの荒いこと」
「パシリを有効活用してるだけだ」
「まったく。何味がいいんですの?」
「ファミリーパック買ってきて。イチゴ入ってるやつね」
「買ってきますけど、一日一個ですわよ」
最新の家は窓を締め切ると外の音がほとんど聞こえなくなる。人間よりもずっと短い命の鳴き声を家で聞くのは、誰かが玄関のドアを開けた時だけだ。
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