1年生編9月
◆ファンタジー喫茶へようこそ
夏休み明けは文化祭の準備が本格的に始まり、慣れないことをひたすら進めている内に文化祭本番を迎えていた。
「やっぱり似合う! ねぇねぇ、一緒に写真撮ろうよ」
「嫌だわ!!!」
海のクラス――一年七組の出し物はファンタジー喫茶。要はファンタジーっぽい格好をした店員が店内をうろうろするカフェ。
侑希の格好はあろうことか魔女ということで、黒いマントを羽織り、三角帽を頭に乗せ、片手には竹箒が握られている。先程「魔法の杖もあるよ」とポケットから取り出された棒は、海の記憶が正しければ菜箸である。予備にもう一本と言っていたので、ほぼ確実に菜箸である。
――そんな魔女、実際に会ったことないわ。
海、涼子、藍子、おそらく他にも複数本物の魔女が校内をうろついているのだから、ファンタジーと言うのはかなりお笑い事だ。
「で、私のこれ何?」
頭にハメられたカチューシャ、首につけられた鈴、黒い衣装かつおしりから生える黒い尻尾。
「ねぇ、これ何?」
「黒猫だけど?」
「おい、そこ写真撮らないで!」
三年後には消え去るデータと分かっていても写真に収められたくない。
「ファンタジー喫茶でしょ!?」
「だって魔法使いにはお供の黒猫が必須でしょ?」
どこぞのアニメの影響か。猫を慕う魔女もいないことはないだろうが、必須アイテムではない。むしろ海は猫が苦手である。奴らは本能的に魔女の存在を察してくる。
「ねこじゃらしも用意したんだよ」
「そのポケット何が入ってんの!?」
侑希は大変愉快そうだ。
海と侑希の仕事は結局ウエイトレスではなく、客引きになった。思いの外ウエイトレスをしたい人がいたことと、二人が宣伝に回る方が集客率が見込めるとの判断だが、遠目から見たら黒い二人組が彷徨っているだけ。
「わたし両手塞がってるから看板はうみちゃんよろしくね」
「猫って看板持てなくね?」
「あはは。もし猫らしく四足歩行したいなら、わたしが持つよ」
「持ちます持たせていただきます」
ダンボールと紙で作られているので重たくはない。だがしかし目立つという点で恥ずかしい。
「……侑希ちゃんは何で魔女にしたの?」
歩いて宣伝をしながら、あまりにもタイムリーな格好について問う。
「衣装を決定する前日に、魔●の宅●便観たからかな?」
ある意味タイムリーな選択だった。
「うみちゃんとセットでやりたかったし、ちょうどいいかなーって!」
「それなら侑希ちゃんの方が猫っぽいじゃん」
「うみちゃん、魔女っぽくないでしょ? どちらかというと天使みたいだし」
『だって魔女は悪い存在なのでしょう。あなたからそれは伝わってきません。神の遣い――天使様ではないのですか』
――私は……悪い魔女だ。
それはきっと誰よりも。どの魔女よりも。彼女の笑顔に甘えているだけの大悪党だ。
「来年は天使の格好する?」
「もうコスプレはゴメンだね」
「コスプレって言ったらファンタジーの世界観壊れちゃうよ」
「エアコンガンガンに効かせている室内でファンタジー謳ってもねぇ……。それにファンタジーと言いつつ、軍服だったりセーラー服だったりリアリティあり過ぎ」
「じゃあなんならファンタジーになるの? うみちゃん的に」
「それは……なんだろうね。とりあえず軍服は近代どころか海外ではよくあるし、セーラー服にいたっては今でも採用してる学校あるよ」
――魔女から見れば、ファンタジーとリアルの違いなんて結末くらいだよ。ファンタジーはヒーローが勝って、リアルでは悪が勝つんだ。……そう言ったら君は本気で反論してきそうだ。
「うみちゃんは分かってないなぁ」
「日本の文化は難しいネ」
わざと片言を混ぜて話を流す。
――全てはリアルで起こせることなんだよ。アニメの世界だって。
校内のいたるところにはクラスの出し物を宣伝するためのポスターが貼り出されている。特に二階の渡り廊下は、マスキングテープを使用した場合に限り窓にも貼り付けを許可されているため、その光景は圧巻だ。一つ問題点をあげるとすれば、特別棟では出し物がないため人の通りがほとんどないことだ。
「藍ちゃん先生」
そんな賑わいから外れたところにいたのは、一ヶ月前とは比べ物にならないほど血色のよくなった藍子。呼ばれるまで気配に気づかないくらいに、一枚のポスターを凝視していた。
「これ、うちのクラスのポスターよね?」
「そうですよ。ちゃんと生徒会の許可も得た上で貼り付けしてるんですけど、問題ありました?」
問題があるとしたら、文化祭の準備に関わった出来事があの賄賂――差し入れの時くらいしかないこの教師の方だ。
「これ描いたの誰!?」
「わ、わたしですけど」
獲物を狩る勢いで藍子が侑希の肩を掴む。
「助けてください!」
「何言ってんだこの教師」
海は手元にあった看板で、奇行に走る魔女を侑希から遠ざける。
「同人誌のヘルプに何卒、宮本さん……いえ、宮本様のお力を」
「どう……じんし?」
侑希はアニメは観れど深く追求するほどオタクではない。同人誌と言われても分からない。
「ていうか瀬川先生って美術部の顧問でしょ? 授業も見てるよね? 今更?」
「だって藍ちゃん先生って部活に全然来なかったから」
「だって授業中もネーム描いてたし、なにより夏前の課題は図形だったでしょ?」
「でしょじゃねーっすわ。職務放棄! うちの子のスカウトは禁止です」
「わたし、うみちゃん家の子じゃないよ」
「ややこしい! とりあえずこんなダメなやつのお願い聞いちゃダメです」
夏にやつれていたのは同人誌の締切といったところか。
「いや、まだ締切あるから! どうしても先生が死にかけたら助けてください。授業も部活もなるべくちゃんとするから」
「なるべくじゃなくてちゃんとしろよ」
――先生になった意味ある? こいつ。
「まさか宮本さんにこんな才能あったなんて……早く知りたかったわ……」
「先生、今度はわたしの成績ちゃんとつけてくださいね」
「任せて! 百点つけちゃうから!」
「いえ、適正につけていただきたいという話ですので」
「そうゆうことで冬コミよろしくね」
「どうゆうことでそうなった??」
「猫は猫らしく黙っててちょうだい」
猫らしく引っ掻いてやりたい。
「先生が困っているならお助けしますけど、わたしはどうじんし?とかふゆこみ?なんて全く知りませんよ。お力になれるかどうか……」
「大丈夫大丈夫! 宮本さんの画力なら! ……あ、でも教師って副業禁止だからこのことは黙っておいてくださいね」
黙ってなかった場合、強硬手段に出るだろうに目つきが鋭い。
「では私は資料集めに行きますから、二人も宣伝頑張って」
さも重大な任務を果たすかのように去って行ったが、おそらく私事だ。
「先生も大変だね」
「侑希ちゃんはもう少し手を差し出す先を選ぶことを学ぶべきだと思うよ」
――もう一気に疲れた。
◆文化祭マジックというジンクス
「たかが高校の文化祭にこんなに人が来るんだね」
「このあたりだと東高と薬高の文化祭は有名なの。だから薬高とは文化祭が絶対に被らないんだよ」
文化祭二日目――一般参加者受入日、海と侑希は、文化祭実行員として外部の方たちの受付をするためコスプレではなく通常通り制服を纏っている。
「受験生からしたら学校の雰囲気掴むために来る子もたくさんいるよ。わたしも去年それで来たんだよ」
夏服のため上半身は大差ないが、女子生徒を見ると確かに他校の制服が目立つ。
「それでも結構大人も多いんだ」
「一種のお祭りだもの。この前行った駅前のお祭りと一緒だよ」
「浴衣は着ないの?」
「うーん。何て言えばいいのかな、お祭りの種類が違うの」
日本語のニュアンスは難しい。未だに橋と箸のようなイントネーションの差も完全に会得しきれていないのだ。
「うみちゃんが横にいるせいか視線がすごいね……」
「そう?」
日本人が西洋や欧米の見た目をしたものを珍しそうに眺める。それに気づいてから視線を気にするのはやめ、殺意だけ察知するようにしている。今のところ殺意を感じたことはないが。
「単純に侑希ちゃんが可愛いからだと思うよ」
「二人が目立つんですわ」
来客が落ち着いてきたところで、宣伝用の団扇を仰ぐ涼子が現れた。左腕には生徒会の腕章をしっかりつけている。
「見回りしながら宣伝か? 冷やかしか?」
「どっかの文化祭実行委員がサボってないか確認しにきたんですのよ」
「ちゃんとやってるわ」
九月だというのにすでに外気温は三十度を越している。魔女の肌は太陽光で黒くなることはないが、射るような痛みはおそらく人間と同じだ。
「日陰ってだけで随分涼しいですわね」
「……涼みに来ただけじゃないか」
蒸し暑いことは変わらないが、テントの下にいるだけでも体力の減りは小さくなる。
「どうです? パンフレット足りてます?」
「この調子なら足りると思うよ。涼子ちゃん、暑いならお水いる?」
受付テントに来る前に自販機で買った飲みかけのペットボトル。
「ありがとうございます。でも生徒会室に戻れば飲み物はありますので、お気持ちだけいただいておきますわ」
――何でこっちも見るんだよ。
「お二人、受付当番が終わりましたら私と一緒に劇を観に行きません? 予定が空いてればですけど」
一度侑希と顔を合わせる。
「ごめんね、涼子ちゃん。この後に後輩が来るからわたしは行けないんだ」
「そうですの。仕方ないですから、カイで妥協致します」
「そんな態度なら行かねぇよ」
「侑希がいなかったらあなた文化祭回る人いないじゃありませんの」
「……何組の何観んの」
「元生徒会長のクラスですわ。周りの人間を連れて来いと昨日押しかけてきましたので、顔だけは立てておこうと思いまして。作品はハムレットですわね」
「シェイクスピア……悲劇じゃん」
原作を読んだことがあるが、一時間の尺で収まるようなボリュームではなかった。
「文化祭での演劇は、基本的にハッピーエンドや笑いを取れるものが主流になりがちなので、悲劇を扱った作品は当たれば大賞を取りやすいんですの」
東高等学校の文化祭は二日間行われ、校内・校外――参加者全てによる投票が行われる。演劇部門や飲食部門等の部門ごとの賞もあれば、女装・男装のコンテストもある。
「大賞取るとなんかもらえるの?」
「金券とかではありませんけどね。一応はありますわ。では、私も一度業務に戻りますので、受付終わったら連絡ください」
涼子の姿が校舎内に消えたのを確認してから、
「涼子ちゃんには申し訳ないけど、行けなくてよかったかも。悲劇あまり得意じゃないんだ」
「そっか。侑希ちゃんらしいね」
――きっと私の話とか聞いたら、関係ないのに悲しんでくれるタイプだな。
受付係交代までのもうしばらくの間、まばらになった来客にパンフレットを渡しながら談笑を楽しむ。
「?」
「どうしたの、うみちゃん」
侑希に言われたせいか疑心暗鬼に視線が気になってしまった。邪悪な感じはしない。
「ううん、何でもないよ」
「あーうみちゃんも視線感じたでしょ? ほらね」
「ほらって。別に否定はしてなかったでしょうが」
もうすぐ受付係交代というタイミングで、やけに髪色の明るい、ピンクのメッシュまで入れた中学生と思われる少女が来校してきた。メガネをかけていても真面目な生徒には見えない。
「アキちゃん! 久しぶり!」
「!?」
侑希が手を振って笑顔を向ける。
「えっ……知り合い?」
「この子が後輩のアキちゃんです」
「……初めまして。三上です」
「この美人さんはわたしのクラスメートの若宮うみ……カイさん。うみちゃんって呼んでるけど」
「カイです。よろしく」
侑希からパンフレットを受け取った少女は、明らかに海を警戒して距離を取る。
「侑希先輩、その辺り見て待ってますのでお仕事終わったら連絡ください」
「うん。気をつけてね」
平均身長よりも小さな身体だが、あのカラフルなショートカットが群衆の中でも目立つ。
「うみちゃん、ごめんね。あの子ちょっと人見知りというか気難しいところあって」
涼子に誘われる前は、海も侑希の後輩の案内に同行する予定だったが別行動になって正解だったようだ。
「相変わらずやつの作品は好きになれん……」
観劇後、涼子に聞こえるだけの大きさで海は呟く。彼の作品は有名どころは全て目を通しているが、その上でこの感想である。主に海に嫌がられている理由は、彼の作品であるマクベスが特に好きではないからだ。
「……ちなみに今年はマクベスを観る機会がありますから、頑張ってくださいね」
「はぁ?」
「まだ生徒に告知されていませんが、毎年恒例の芸術鑑賞会で観覧するのが劇団の方々が演じるマクベスになりましたの」
「えぇ……事前にそうゆうのなんとかしてよ」
「魔女が出てくるくらい我慢しなさいな」
劇の公演も残りわずかになり、観客の数は増えている。
人の波に逆らうようにして、一度三階の渡り廊下へ出ることにした。二階は室内になっているが、三階の場合は外廊下になるため暑い。なおのこと人がいない。
「お付き合いありがとうございましたわ。これで来年の生徒会活動でOBの援助が受けられます」
「そーんなこったろうと思ったよ」
「では、私は一度生徒会室に戻りますので……。カイ、誰かがこちらに手を振ってますわよ」
涼子の視線の先は、一年七組がファンタジー喫茶を開いている教室のベランダ。
「私の知り合いではないってことは、あなたですか?」
「えっとね、あれ。白石、君だったかな」
「~~~!」
「何か言ってますわよ」
「何だあいつ……」
おそらく人間の耳であれば彼の言葉は喧騒に掻き消えるが、魔女の耳にはしっかり届いている。ジェスチャーも激しいので、たとえ声がかき消えても「そこで待っていて」と意味は伝わる。
「では後程」
「待って、どこ行くんだよ」
「生徒会室に戻ると申し上げたつもりですが。心配せずとも見えないところからこっそり覗い……見守ってますから」
「覗くって言ったな」
涼子は力づくで海の手を振り払い、特別棟に逃げ込んで行った。それとほぼ同時に白石が人混みの中から現れる。
「ごめん、呼び止めて。今日は衣装着てないんだね」
「委員会の仕事してたから」
妙に視線を合わせようとしない男の考えが海には分からない。太陽がもろに当たるので、海は早く校舎に戻りたい。
「あ、っあのさ」
彼の顔にも太陽が当たっていて、髪型も相まって大仏に見えてきた。
「好きです! 付き合ってください!」
軍人くらいかっちりした動きで頭を下げられる。
――そうきたか。
人間と人間として関わったことがあまりないため、男性に告白をされたのも今回が初だ。
――意外となんもないな。
嬉しい気持ちは一グラムも湧かず、彼がどうして若宮海という個体に惹かれたのか疑問に思った。彼と言葉を交わしたことは数回しかない。
「何で?」
癖で思わず聞き返してしまった。
「何でっていうのは……?」
「ほとんど話したことないのに何で好きになったのかなと思って。顔?」
「えっと……確かに顔も好きなんだけど」
耳まで真っ赤にした少年は再び目を逸らす。
「あと宮本さんと文化祭実行委員として頑張ってるのを見てたから……。それと最初にすごいと思ったのはスポーツテストの時、走ってる姿かっけぇなって」
「なるほど」
――見た目が良くて、スポーツができて、目立つところがいいということか。
「……笑った顔もっと見たくて」
――若いなぁ。
「質問に丁寧に答えてくれてありがとう。でも私はこういうことに興味ないんだ。ごめんね」
きつくしないように答えたつもりでも、相手にはそこそこダメージがいったらしい。「そうか、そっか……」と繰り返した後、
「俺こそ時間取らせてごめんな」
と言って、海の横を通り、用のないはずの特別棟へ消えた。
強い視線を三ケ所から感じる。一つは涼子。二つ目は先程白石がいたベランダ。クラスメートの野次馬が数人。もう一つの方向を向くと侑希とその後輩が話している。
「……」
教室に戻って黒猫をやるのも、あの二人の邪魔をしたくない。
――シルヴィアの邪魔でもしにいくか。
「うみちゃん、告白されたんだって?」
どこからの情報かは分からないが、侑希は顔を合わせるなり先程の話題を振ってきた。
「断ったよ」
「うん、知ってるよ」
「なんでそこまで知ってんの……」
「白石くんの表情見れば一発で分かるのと、うみちゃんにはわたしがいるからね」
侑希は無邪気に笑いながら、海の眉間のシワをつついた。
「侑希ちゃんこそ好きな人とか彼氏とかいないの」
つつき続ける指を掴む。マニキュアは夏の一時だけだったようで、爪は自然な薄ピンク色だ。
「さっき言ったでしょ。わたしにはうみちゃんがいるからって」
「その表情……感情読めないからやめてよ」
「こんな表情じゃなくても苦手でしょ」
人間の倫理観点からして最低な行為をすれば、侑希が今考えていることも記憶も全て読み取れる。
「うん。苦手。だけど侑希ちゃんに敵意がないのは分かる」
「敵意は確かにないけどね、ないものじゃなくてあるものを考えないと」
「あるもの……?」
「天然かな。好意だよ。うみちゃんだって嫌いな人によくしようとか思わないでしょ。わたしも同じだよ。うみちゃんや涼子ちゃんはまるでわたしを聖人みたく扱うけど、そんなことないからね」
「でも侑希ちゃんはいい子だよ」
「ありがとう。そろそろ集計の時間だね。行こっか」
廊下にいたせいか侑希の手が汗ばんでいる。
「ファンタジー喫茶、票入ってたらいいね」
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