【昔噺】魔女たちの物語◇魔女との出会い

 カイが人間界でひっそりと生活をしていた頃。世界は争いで塗れていた。人間も魔女も本質は変わらないのかもしれない。

 正真正銘魔女であるカイが、魔女と揶揄されることとなる人間――少女ジャンヌと出会ったのは、ただの偶然と気まぐれだった。

 十五世紀フランス、とある森の中、カイは人避けの結界を張り暮らしていた。結界を張ってまで人間界にいた理由は特にない。その頃は人間界も魔女界も、どちらにしろカイにとって大差ないものだったからだ。

 今日は肉でも食べたい気分だとたまたま思い、気の向くまま沢沿いを歩いていたら赤茶色の髪を放り出しながら横たわる人間の少女が落ちていた。なぜ結界の中に入れたのかはわからないが、小さな子供というものは不思議な力を持っているもの。

 まだ年は一桁というところだろう。やせ細っており、服も簡素なところを見ると近くの村の子供だろう。獣に追われたのかあちこちに傷もある。放っておけば必ず死ぬ。しかし、カイには少女を助けるメリットがない。

「うーん。助けなかった場合、なんとなーく嫌な気持ちをするっていうデメリットはあるんだけど」

 それでも助けた上で魔女の存在を公に晒されると面倒くさい。最悪、村を焼き払えば済む話だが、それなら少女を見捨てる方が気楽かもしれない。

「……っ」

 声にもならない呻いたような音がした。

「……暇つぶし、だな」

 話し相手くらいにはなるかもしれない。カイは動物系タンパク質の摂取をひとまず諦め、軽い肉塊を抱えて来た道を戻った。


「……うぅ……」

 手当をされた少女は、今まで感じたことのないくらい柔らかくて温かいベッドの上で目を覚ました。

「目、覚めた?」

「……」

 まだ少し意識が混濁しているらしい。

 リスク回避のため、命に関わる怪我は魔法で治したものの、打撲や擦り傷と言ったものは一切治していない。薬草を塗り、布で巻くくらいの応急処置はしてある。

 綺麗な青い瞳は、少しずつ光を調整しているようだ。

「わたしは……」

「森の中で倒れていたんだよ。覚えてる?」

「えっと……たんけんしてたらみちわからなくて」

 おそらく結界のせいだ。間接的に彼女の怪我はカイのせいらしい。

「おうちにかえらなきゃ」

「あーこらこら。まだ動けないよ。家族の人には伝えといてあげるから、ゆっくりお休み」

 嘘だ。騒ぎにならないように、都合よく村人の記憶を改変しておく。彼女の怪我が治れば、適当に村に紛れ込ませる。労力はかかるが、カイにとっても少女にとっても都合がいい。

「おねえさんはだれ?」

 野生児だからか想像より元気だ。

「私はカイ。君は?」

「ジャンヌ。……ねぇ、おねえさんは一人なの?」

「一人だよ」

「さびしいわね」

「寂しかないよ。自由で気楽さ」

「村にすめばいいのに」

「よそ者は村に入れてもらえないんだよ」

 少女ジャンヌが眉をひそめる。見知らぬ生物のことを疑っているのかもしれない。

「それならわたしが友だちになってあげる。そしたらおねえさんもよそものじゃなくなるわ」

「そうくるか。子供は予想もしないことを言うね」

「わたしは子どもじゃ、」

「とりあえずおやすみ。久しぶりにお喋りしたら疲れちゃったよ」

 カイの手がそっとジャンヌのまぶたを下げる。瞬間、ジャンヌは夢の中に逆戻りだ。

「うん。思ったより面白い拾い物かもしれない」


 再びジャンヌが目を覚ましたのは翌々日のことだった。いくら魔法で強制的に眠らされたとしても寝過ぎである。それほどに彼女の身体は傷つき、疲れが溜まっていたのだろう。

「おねえさん……」

「カイでいいよ。お姉さんって年でもないから」

「カイ……。おうちかえりたい」

「駄目だよ。君が帰ったところで、村にはまともな治療施設がないだろ。それにジャンヌ、君は働くにはまだ若過ぎるんだ」

 少女がうなされている時、少し記憶を見た。この時代の農村の子供が学校へ通わず仕事を手伝うのは当たり前であるが、子供の身体には負荷をかける。彼女は時々仕事を抜け出して、今回のように森へ遊びに来ることもあったみたいだが苦労人であることは間違いない。

「取引をしよう、ジャンヌ」

 身体を起こし、逃げ出そうとする華奢な肩を掴む。

「私は君の身体を治療する。まぁ一ヶ月もあれば完全に治る。その間、君は私の助手として働いてくれ」

「じょしゅ?」

 働くと言ってもお喋り相手だ。動けるようになったら、薬草採りでもなんでもやらせればいい。

「そう。私を助けてほしいんだ」

「わかったわ……。しかたないからカイをたすけてあげる」

 真面目な人間には責任感を持たせるに限る。

「よろしく、ジャンヌ。ひとまずご飯にしよう。お腹空いただろ?」

 ジャンヌの返事よりも先に腹の虫が返事をした。

「子供の好きなもの分からなくて、シチュー作ってみたんだけど食べられる?」

「たべられる!」

 素直に垂れてくるよだれを拭ってやってから、彼女を抱きかかえて椅子の上に移す。

「うわぁ、おいしそう! こんなにたべていいの!?」

「食べてもいいけど、鍋一杯分一度に食べたらお腹壊すよ」

 子供の成長具合が分からず、お節介に隣へ座ってカイも腹を満たすことにした。

「これ、なに?」

 さすがにスプーンは扱えるようだ。手に余る大きさのスプーンの上には鹿肉が乗っている。宗教上問題はないはず。単純に貧富の問題だろう。

「毒じゃないから食べてごらん……って」

 カイの返答を待たずに頬張って「おいひい!」と目をキラキラさせていた。

「ゆっくり食べな」

 貴族や王族が”ペット”を愛でる気持ちが少し分かった気がする。一生懸命小さな手と口を汚しながら、ひたすらシチューしか眼中に入れない姿は健気で可愛らしい。

――毎日料理とか面倒くさいな……。

 それも一ヶ月だけなら、カイにとってもいい経験かもしれない。

「おかわり!」

「パンもあるからゆっくり食べなさい」

「カイのシチューおいしいから」

 その笑顔は、いつまで無垢でいられるのだろうか。

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