1年生編6月
◆喫茶店は人気な出し物らしい
文化祭の催し物の中には数が限られているものがある。劇に関しては三年生が執り行う伝統があるため、下級生はすることができない。
他にもお化け屋敷は三団体まで、飲食店は五団体までど取り決めがある。六月に入ると各々クラスで催し物を決定する必要があり、規定を超す団体が集まった場合は争奪戦が始まるというわけだ。
「私にお任せなさい」
とどこぞの生徒会書紀が言っていたが、あまりアテにはならない。生徒会をヤクザとでも勘違いしている気がする。
「他に案がある方はいますか?」
クラス内の取り決めについても、文化祭実行委員会が音頭を取る。初めて黒板に縦書きで日本語を書いたが、海の想像以上に字が曲がる。
「メイド喫茶がいい!」
「女子が大変なだけじゃん。男子もメイドやんの?」
「やらねーよ」
やってほしいこと、やりたいことが行き交う。お化け屋敷も案は出たが、競争率が高いこともあり飲食店系が人気だ。
「うみちゃんは何かないの?」
ざわつく教室内を諦めたのが、侑希が振り返って問いかけてくる。
「……侑希ちゃんか可愛い出し物がいいな」
「うん、わたしもうみちゃんか可愛いものがいいよ。メイドやる?」
「召使いなんて嫌だよ」
「またそんなすぐ嫌がる」
彼女なら、笑顔でメイド喫茶を推しそうだから怖い。
「四十人もいたらまとまんないね〜」
自分の意見を出したら満足した人が多く、文化祭に関係ないお喋りも増えてくる。
「黙らすか」
「なんだかうみちゃんの目が怖いから」
却下されたが、できることなら燃やし尽くしたい。知恵がある動物だと言うのに、まとまりがない。
「ひとまず喫茶店でよくね? 大多数飲食系だしさ!」
髪を短くカットした少年が声を張った。海はクラスメートの名前を覚えていないため、彼が誰なのか分からない。
「とりあえずジャンルを決めておけば委員会的に困らないだろ?」
なぜか侑希を通り越して海に視線を持ってくる坊主頭。
「まぁ……喫茶店と決められれば会議にはかけられるので……」
「喫茶店は絶対嫌!って人いますか?」
静かになった教室に侑希の声が響く。誰も敵を作るように挙手をする人間はいなかった。
「それでは企画は喫茶店の方で提出しますね。七組の案が通った後に詳細を決めたいと思いますので、来週くらいまでにアイディアを考えておいてください」
侑希の締めの言葉を聞いた藍子は、大きなあくびをしてから立ち上がった。
「文化祭終わったかしら? それじゃあプリント配るから、その説明したら終わりね」
海と侑希も追い出されるように席へ戻る。
「決まってよかったね。白石君にお礼言わなきゃ」
「白石君?」
「あー名前覚えてないんでしょ。さっき助け船出してくれた坊主の頭の人だよ」
「あれか」
前からプリントが回ってくる。一番上に『保護者面談についてのお知らせ』とある。
「保護者面談の日程が決定しましたので、必ず保護者の方に渡してくださいね」
決定と言われても、日程を聞かれた覚えが海にはない。涼子が上手くやってくれているのかもしれない。しかし、きちんと若宮海の名前も載っている。最終日の最後。
「特別事情がない限り三者面談になりますからね。皆さんも帰ったら駄目よ」
――保護者。どうすればいいんだろう。日本には来れないってことで話通ってんのかな。
文化祭実行委員会で集まった結果、飲食店を希望したのは八団体と多めであったが、正当な、おそらく正当なじゃんけんの結果、一年七組は権利を勝ち取ることができたのだった。
ついでに開催教室も二階の渡り廊下近くと好立地だ。自分のクラスでやるものだと思われがちだが、出し物によっては良し悪しがあるので、くじ引き順で決める。
「はい、一年七組の可愛いお二人」
委員長の礼奈がたくさん紙を抱えて寄ってくる。
「ちょっとちょっと、そんな怯えないでちょうだい。あっ、もしかして応援演説でとうちゃんの頭引っ叩いたから? あれは幼馴染だからで、君たちにはやらないわよ」
そんな心配はしていない。
「先輩、たくさんあるそれはなんですか?」
仕方なく侑希がプリントの束を受け取る。
「模擬店をやる場合はね、保健所に届け出を行わないとならないの。扱える料理とか、注意事項をまとめておいたから。期日までに書類に内容を記載して、私のところに一度持ってきてね。大体毎年やり直しを食らうクラスが多いから決まったら早めにお願いしたいかな」
受け取った資料に一度目を通そうと、二人で覗き込むが字が多い。
「……みんなにはこれを見せるより、大丈夫なものを絞って提案した方がよさそうだね」
「あと調理室抑えておいた方がよくない?」
清潔な場所で事前の調理が必要という項目もある。喫茶店で食パンを並べるだけというのも味気ないし、調理スペースを確保するのは重要だ。
「調理室の許可? それなら生徒会通さないと駄目かな
海だけではなく礼奈も嫌そうに眉を潜めた。
なぜなら彼女の幼馴染は生徒会長に当選をしてしまったからだ。
◆生徒会との協力関係
「はーい、お邪魔します。バ会長いる?」
生徒会室には行き慣れているらしく、礼奈は戸惑うことなく室内へ入っていく。
「会長は本日もバスケ部の方に参加されてますわ」
涼子の声が聞こえてきたので、海と侑希も顔を覗かせる。
「あら、珍しいですわね。何か御用でも?」
「吉川さんの知り合い? それならちょーどよかった! 私もさ、委員会の仕事残ってるから対応よろしく! じゃっ」
「こちらも忙しいというのに……。お二人共、そんなところにいないで中へどうぞ入ってくださいまし」
「「お邪魔しまーす」」
生徒会室というだけで入りづらくなるのはなぜだろうか。もしかして涼子が魔除けの結界でも張っているのではと疑う。
「あのね、涼子ちゃん。わたしたちのクラスで喫茶店をやるんだけどね」
「カイに合うメイド服を作れってことですわね」
「ちげーよ」
「それは別途相談という形で……」
「いやいやいや。侑希さん?」
「調理室を借りたいからその申請をしたくて、牧瀬先輩に連れてきてもらったの」
「あぁ、調理室。大丈夫ですわ。こちらの書類に必要事項記入してくださる? 細かいメニューとかは分からなければ空欄で問題ありませんわ」
「ありがとう」
侑希が記入中、海はやることがない。生徒会室を見回してみることにした。
広さは普通教室の半分とあまり広くはない。壁は全て鍵付きキャビネットで埋まっており、中には資料らしきものがある。
長机が二つに折り畳み椅子が六つ。生徒たちの長であるはずだが、特別扱いはないらしい。強いて言うならケトルがある。
「外人なんですか?」
隅っこから女子生徒が出てくる。学年色は緑、一つ上だ。
「や、ハーフで……」
「ハーフ! でも綺麗。うちにミスコンがあれば間違いなく優勝だね」
「副会長、カイのことからかってる暇があるなら去年の文化祭資料を集めてほしいのですわ」
「あー、そうだった。どこにしまったっけね」
人口密度高めの部屋のドアが開く。数学教諭の大坪だ。
「文化祭資料なら窓側の赤いシールが貼ってある引き出しだ」
「おおちゃんさっすがー!」
「こら、僕は君たちの先生で顧問だぞ。ちゃんと先生をつけなさい」
「おおちゃん先生♪」
「お前な、副会長になった自覚持てよな」
賑やかな空間だ。カリカリ言っていたボールペンの音は止まったが、窓際の攻防は続いている。
「書けたよ」
「では受け取りまして……」
長めのスカートを引っ掛けることもせずに立ち上がり、
「おおちゃん、一年七組からの申請書ですわ。大至急でハンコをもらってきてくださいな」
「申請書? ああ、調理室ね」
黒い目を細めて、記入項目の確認を行う。
「よし、じゃあ持っていくから……他にはないよな?」
「ないですわ」
「やー吉川が入ってくれて助かるわー。二年生ポンコツばかりだからな」
「ひどい! パワハラだ!」
「お前は去年も生徒会だったんだから、資料の場所くらい覚えてろ! 小平とは未だに会ってねぇしよ……。あとお前ら数学の勉強もちゃんと」
「はいはい。とりあえずハンコお願いしまーす!」
涼子が小言が長い男の背中を無理矢理押し、再び静寂が訪れる。
「涼子ちゃんって先生と仲良しなんだね」
「おおちゃん? 私の担任ですので」
クラス担任、生徒会顧問だなんて都合の良いことをするものだと内心溜息をつきたくなったが、我慢することにした。
「ついでにあなたたちにはこちらもお渡ししておきます」
昨年の文化祭のしおりだ。
「侑希は去年来ているようですから必要ないかもしれませんが、クラスで参考になればと思いまして。理想は近年の出し物と被らないものがいいですわ」
「そうゆうものなんだ」
受け取ったB6サイズのしおりを適当にめくる。絵が上手いところは目を引くものの、そうでなければ見向きもしない。
「せっかく考えたものを後輩に真似をされたら、先輩方もいい気はしないでしょう。下手に小言言われたくないならオリジナルでお願いしますわ」
「そういえば去年ってメイド喫茶あったよねー」
侑希がページを数枚めくる。
「これ。わたし行ってないんだけどね」
きっとイラストの得意なメンバーがいなかったんだ。可哀想に。そんな画力である。
「そのしおりをまとめあげるのも委員会の仕事ですから、頑張ってくださいね」
「こんなのもやるのか……」
やること、やらなければならないことが多過ぎて目が回りそうだ。ほとんどが他人の進行度に左右されるという点も、海には耐え難い。
「うみちゃん、忙しかったら言ってね」
今この部屋にいるメンバーの中で、一番の暇人は海だ。侑希にとっては嫌味ではなくても、涼子にはウケたようで、
「侑希は本当にいい子なんですわね」
と笑っていた。
――侑希ちゃんこそ、百年しかない人生なんだから私なんかに気を使わないで、やりたいことをやってくれ。
海は大体のことを見てきた。やりたいことは体験してきた。これからも侑希の何十倍と時間がある。学校生活にしたって、満足いかなければ涼子のように何度も繰り返せばいい。
「ほら、二人共、用が済んだのでしたら戻った方がいいですわよ。調理室の件は、認可され次第こちらからご連絡します」
「りょーかい。涼子ちゃん、いろいろありがとう。またね」
海も軽く手だけ振り、生徒会室を後にした。
◆保護者面談の乗り切り方
「さて……」
ついに保護者面談当日。涼子に相談したところ、指定された時間に行けばなんの問題もないと言っていた。
一つ前の生徒は、海と同じく両親が来ていなかったようで、二者面談をした後に教室から出てきた。同じ境遇と思っているのか、そもそも海に興味がないのかは分からないが、彼は海に一瞥もくれることなく階段を降りていく。
「若宮さん、どうぞ」
教室から顔を覗かせた藍子はいつものジャージ姿ではなく、グレーのパンツスタイルスーツだった。顔立ちが整っているので、ジャージもスーツも同じくらいよく似合う。
「……失礼します」
海は、彼女のわざとらしい笑顔が未だに苦手である。
「そんな警戒しないで座って。今は二人だけなんだから」
しぶしぶと中央に残された椅子に座る。いつも使っているものと大差ないはずなのに、いつもよりヒンヤリと、そして硬く感じられる。
「二人っていう表現は少し違ったかしらね」
「え……? うちは親来ないですし……」
もしかして誰かが潜んでいる可能性があるのかと思い、窓の外と廊下にも視線を配。
「誰もいないし、誰も聞いちゃいないわ。……シルヴィアもね」
「へ?」
「やっぱり気づいてなかったでしょう。シルヴィアに気づかれないなら黙っていてと言われていたんだけど……まさかこんなに近くにいても気づかないなんて。引きこもり期間長過ぎたんじゃないですか?」
つまり、学校生活のサポートというのは、この魔女のことだったわけだ。
「去年も学校に在籍していたというのは……」
「それはねぇ、前回は私も生徒として過ごしていたの。つまりシルヴィアの元同級生ってわけ」
紺色のたれ目が笑う。
「久しぶりの人間界で楽しくなっちゃったかしら。私に気づかないくらい」
「あんただって魔女を寄せ付けないカバーなりしてるんだろ。それにこの国は人間臭くて鼻が曲がりそうだ」
「臭いのは同意するわ」
「何でまたそんなこという魔女が、よりにもよって先生なんてしてるんだよ」
「先生相手にため口だなんて悪い生徒だわ」
「生徒を騙しているやつが何を言うんだ。それに私の方が年上だ」
「そうね。四桁も生きている大魔女様ですものね」
「長く生きているとそれだけで、個人情報が駄々洩れでいいことないな」
女性に歳を聞くなと言うが、魔女は基本的に長く生きているほどステータスになる。しかし、海にとっては大した問題でもなく、知りもしない魔女に自分の個人情報が流れていることが気に入らない。
「私がなぜ教師をしているかって話だけど、学園ものが好きなんです」
どこから出したのか分からないが、机の上に基本持ち込み非推奨の漫画本が並べられる。
「没収したもの、じゃないんだよな」
「えぇ。全部私物。私ね、学園もの、特に学園を舞台にした魔法少女ものが好きなの」
「オタクか」
日本のオタク文化は魔女にも大変人気である。日本に魔女が多く存在する理由の一つにリセットのタイミングを上げたが、もう一つはオタク文化である。まさか魔女の中に魔法少女ものが好きなオタクがいるとは、海も考えていなかった。
「自分でも同人誌を描いているのよ。見ます? ねぇ、見る!?」
「学校で生徒に同人誌進める先生とか先生じゃないだろ」
「残念。で、つまりね、そうゆうわけで私は生徒だったり先生だったりをしてネタを集めているんです」
「魔女のやることなんて大した動機ないのは分かるけど、お前のが一番不純だ」
「なによ。一般性とにへらへら踊らされている大魔女」
「……侑希ちゃんのことは関係ない」
「ほら、シルヴィアがいるけど、私にも媚を多少売っておけば、来年、再来年のクラス替えとか楽になるんじゃないかしら。知ってます? 大体の学校は先生が生徒を取り合って、押し付けあうんです。物を扱うように」
「ほんとくだらない制度だな。お願いします」
「素直ね。お気に入りを作るのはいいことだけど、」
「分かってる。お前なんかに言われなくても」
「そう。そうだ、素直で賢い若宮さんにはいいことを一つ教えてあげましょう」
「何?」
「私の名前って偽名なんだけど、これは昔流行った女児向けアニメのメインキャラクターから取っていてね、瀬川というのが当時大人気だった女の子の苗字で、藍子というのは、」
「どうでもいい」
すごい早口で喋り出したと思えば、とてつもなくくだらないことだった。
――侑希ちゃんが聞いたことあるって言ってたのは、アニメを観ていたからかな。……それなら今度観てみようかな。
「カイも本名のままじゃなく、何かしら名前つければよかったのに」
「特に思い入れある名前とかないから」
「ジャンヌとか」
「その話どこまで広まっているんだよ……。しかもジャンヌって明らかに偽名っぽくないか」
「魔女の中であなたのことを知らない魔女なんていないでしょうね。学校生活を送る上ではなるべくサポートするけど、有名なんだからちゃんと気をつけなさいよ」
「大丈夫だよ、そんなの」
これ以上話しても仕方ないと思い、海は体裁的に一礼をして一年七組の教室を出て行った。その背中に、藍子が一言だけ低いトーンで呟く。
「あなたは、大丈夫でしょうね」
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