1年生編5月

◆女子高校生の遊び方


「シルヴィア」

「どうかしたのかしら。そんな世界の終焉を見た時のような顔をして」

「明日侑希ちゃんに誘われていて遊びに行くんだけど」

「言ってましたわね、すごーく嬉しそうに」

「服がないんだよ」

「服ならちゃんと着ているじゃありませんの」

「これ、パジャマだけど!?」

「それなら制服で行ったらどうです?」

「だって、ほら! これ、見て!」

 本屋に並べられていた雑誌を片っ端から購入し、訴えるように床に並べてある。

「たくさん買いましたわね」

「今時の子、オシャレ!」

「五百年も引きこもるから……」

「侑希ちゃんが服を選んでくれるとは言ってるんだけどさ、買いに行く服がない! なんなの、このデッドロック状態」

「別にジーパンにシャツで大丈夫ですわ」

「女子高校生らしくないとか思われない?」

「それを気にするなら、コンビニに行くたびにローブを羽織るのをやめた方がいいと思いますわ」

 魔女界で過ごしている時からお気に入りのローブがあり、制服着用時以外は今でも愛用している。魔力を込めた糸で編んであるので、外気温に左右されず快適であり、また銃弾くらいは防ぐことができる優れものだ。

「ローブって……ダメ?」

「少なくとも今時ではないと思いますが。……上着は私のをお貸ししますから、明日侑希に選んでもらいなさいな」

「ありがとう、シルヴィア! これでこの前の料理はチャラね!」

「何をおっしゃってますの?」

 涼子に料理の才能が皆無であったが、恐ろしいことに彼女には自覚がない。


 実のところ、海が電車に乗るのは生まれて初めてのことである。涼子に駅まで着いてきてもらい、交通ICカードの使い方を教えてもらった。

 侑希と待ち合わせをしているのは一駅先。海が住んでいる駅の周辺は住宅街であるが、一駅進むだけで商業施設の塊がある。そういったところでは多くの人が行きかうため、正直、鼻の利く海にとっては苦痛である。

――くさ。

 別に体臭の話ではない。魔女からすると人間の生々しい悪意の臭いが鼻につく。

「待ち合わせは……改札を出たところでって言ってたよね……」

 改札は一か所しかなかった、はず。

「うみちゃん、おはよう」

 海がきょろきょろと初めて降り立つ駅の改札の中を見回していると、向こうから私服姿の侑希が手を振っている。白地花柄のワンピース。女の子らしい。

「侑希ちゃん、おは、」

 ピンポーン。

 ICカードをタッチし忘れて、改札内に閉じ込められる。

「時間はあるから慌てないで出ておいでよ」

 別に侑希が可愛くて早く出ようと思ったわけではない。ICカードという存在に慣

れていないだけだ。

「涼子ちゃんから聞いたよ。まだこっちのことよく知らないんでしょ? 買い物がてら案内してあげるね」

――あのお節介……。

「侑希ちゃんってどこで涼子と仲良くなったの」

「うーんと。部活見学した帰りに会って、うみちゃんの話で盛り上がった時からかな」

「なにそれ、知らない」

「うみちゃんが帰った後の話だもの」

「涼子って放課後何してるの?」

「その時は藍ちゃん先生に用があったみたいだったよ? うみちゃんこそルームシェアしているなら聞いてないの?」

「あいつ何を聞いても大体はぐらかすんだよ」

「うみちゃんってからかいやすいもんね」

「え、どうゆうこと」

「あそこのタピオカ美味しいよ。今食べるとお腹いっぱいになっちゃうから、今度帰りにでも行こうね」

「普通に流したけどからかいやすいって何?」

「先に服見ようよ」

 わざとらしく、しかしいつも通り可愛らしい笑顔が海を引っ張る。

「ここね、スクリーン二つしかないけど映画館もあるんだよ」

 最初に訪れたのは駅直結のショッピングモール。直結と言っても屋根はないので雨の日は濡れる。

「渋谷とか原宿行くと交通費結構かかっちゃうから、わたしは大体ここに来るの」

――渋谷でも原宿でも連れて行ってあげるから好きなもの買ってくれ。いや、買ってあげるわ。

「うみちゃんはどんな服が好きなの?」

 つむじから足の爪先まで侑希の視線が下がる。

「あまりゴテゴテしてないやつかな」

「シンプルがいいってこと?」

「うん。動きやすいのがいいな」

「ジャージがいいとか言わないでね」

「い、言わないよ……」

 まるで海の心の中を見透かしているのではないかと思うくらい侑希の言動は的確で、いくつかピックアップした服も文句の言いようのないセンスだった。

「侑希ちゃんって……本当に人間?」

「どうゆうこと???」

「いや、あまりにも完璧って言うか……」

「服の話? だってうみちゃん分かりやすいんだもの。それで気に入ったならどれ買うの?」

「とりあえず全部」

「全部!?」

「私あまり服持ってないから。せっかくなら選んでもらったやつ買おうかなって」

「もしかしてうみちゃんってお金持ち?」

――しまった。

 魔法で通貨を増やしているわけではないが、人間界の生活では裕福に暮らしても困らない程度に資産はある。伊達に長く生きているわけではない。もちろん、魔法で悪さをして金銭を複製する魔女もいれば、金を創造する魔女もいる。しかし、秩序をあまりにも乱す魔女は魔女界から敵とみなされ処分される。人間界へ過度の干渉をしなければ、そういった恐れとも無縁である。女子高校生に扮して青春を謳歌するくらいどうってことはない。

「親が海外で働いてるせいか……ほら、甘やかしてきて」

「そっか。だから涼子ちゃんと一緒に暮らしているんだもんね。それでも無駄遣いはダメだよ。もう少し絞りましょ」

 海と涼子の両親は、海外で働いており娘たちは日本の学校に通うため協力して暮らしている。という設定がいつの間にか出来上がっていた。

「それなら……上着と……、このニットも柔らかかったから。あとは……」

 どんなものなら多めに持っていても役に立つか侑希からアドバイスを受けつつ、買うものを選んでいく。

「本当はお姫様みたいなドレスとか、ゴスロリとか似合うと思うんだ」

「嫌だよ……」

「むぅ。せっかくの見た目なのに」

「人形じゃないんだから」

 最近、侑希と一緒にいて気づいたことがある。おそらく侑希は見た目のいい海をお気に入りの人形のように思っている節がある。魔女である海からしても、人間という生物は意志を持った人形に近い認識を持っている。

「侑希ちゃんは買わなくていいの?」

「わたしはいいかな。夏の新作が少し安くなってから買うつもりだから」

「倹約家だね」

「うみちゃんが浪費家過ぎるんだよ!」


 ファミレスで初めてご飯を食べ、初めてゲームセンターに行ってプリクラを撮った。これからも写真を撮る機会は幾度も訪れるだろうが、三年後には全て海という存在はなかったことになる。写真からいなくなるか、他の誰かに書き換えられてしまう。それが分かっていると乗り気にはなれない。

「うみちゃんっていつも眠たそうな目してるよね」

 撮影したばかりの画と本人を見比べながら言う。気づいた時からこんな顔をしているので、どうしようもない。起きている間眠いというのは嘘ではないが。

「せめてもっとこう……口角上げて」

 冷たい指先で頬をつままれ、無理矢理上に引かれる。

「すごーい、うみちゃんのほっぺた柔らかいね。すっごい伸びる」

「ひたひ……はなひて……」

 すっと指が引いていく。それはそれで少しもったいない気持ちになる。

「わたしのも引っ張ってみる?」

「え、いいの?」

「ふふ。なに、引っ張りたかったの?」

 笑われたのは悔しいが、せっかくなので侑希の頬も引っ張らせてもらう。

 おそらく人間にきちんと触れたのも五百年ぶりかもしれない。

「普通だ」

「普通だよ?」

 魔力も感じない。涼子の言う通り彼女は人間のようだ。

「でも肌すべすべしてる」

「つまんでいいって言ったけど、撫でていいとは言ってないよ!」

 思い切り手を叩かれた。

「ご、ごめん……」

「いや、怒ってないよ。わたしこそごめんね。まさか撫でてくるなんて思ってなくてびっくりしちゃった」

 人との距離感は難しい。

「お口直しに甘いもの食べに行こ? うみちゃん、クレープ好き?」

「食べたことない」

「嘘!? 生クリーム平気?」

「平気だよ」

「じゃあ行こう! 今日、ポイント二倍デーなんだ」

 またもや侑希の手が海を握る。

――手を繋ぐのも頬をつまむのも大丈夫なのに、撫でるのはダメなのか……。

「侑希ちゃんってよく私の手を引くよね?」

「うん。心配だから!」

「私そんな迷子にならないって……」

「ナンパにあうかもしれないよ?」

――それなら二人でいても防衛機能は変わらなくない?

 侑希が一人でいて変な男に絡まれるくらいなら、この方がましかもしれないと海は勝手に納得した。

 以前に人間界にいた頃は、男尊女卑がまかり通っていた世の中だったので、ナンパという概念はなかった。少なくとも海が見ている範囲――戦場では、兵である男たちが敵国の女性を物として扱っていた。

――それに比べたら、今の日本は男装しなくてもいいし、平和なもんだ。

「どうしたの? ぼーっとして。鼻に生クリームついてるよ」

「嘘!?」

「嘘だよ。あはは」

 それでも心配になって鼻をこすってみた。指には何もつかなかった。

「一口ちょうだい」

 海の返事を待たずに、侑希が海のバターシュガーを小さな口でかじりついた。

「シンプルなのも美味しいね」

「めっちゃ食べたね……」

「わたしのもあげるから。はい」

 イチゴがたくさん乗っていて、食べづらい。

「ぁ、ありがとう」

 仕方なく、海はイチゴ一つとそれについた生クリームだけをもらう。

「それだけでいいの?」

 顔を完全に上げる前に、イチゴクレープの持ち主である侑希が顔を覗かせてくる。

「…………」

「何で黙るの?」

 すっと顔の温度が上がった気がして、慌てて立ち上がる。

「何で立つの??」

「………………イチゴが美味しくて?」

「そんなにイチゴ好きなら、イチゴが入っているやつ頼めばよかったのに。もっと食べる?」

「ううん、いや、大丈夫! これで!」

「顔、赤いよ? ふふ」

「その笑顔わざとだな……」

「さっき言ってたらからかいやすいはこうゆうところだよ」

 そしてからかわれても憎めないのは、邪気を纏わない笑顔のせいだろう。

「楽しいね」

「私をからかうのが?」

「違わなくはないけど」

「ないんかい」

「初めてうみちゃんと遊びに来れたし、お話もたくさんできたでしょ? 楽しいなって」

「……うん、私も侑希ちゃんといられて楽しい」

「よかった〜!」

 彼女が魔女であったらよかったのに。

 少しでもそんなことを考えてしまうことが、辛かった。



◆生徒会書記に立候補致します!


「わざわざ放課後に呼び出して何? 話があるなら家に帰ってからでよくない?」

「いえ、それでは侑希がいないでしょう?」

 涼子に呼び出され、放課後の印刷室に来た。侑希が一緒にいるのは、いつものことであるから違和感をおぼえていなかったがなぜかいる。

「侑希ちゃんも呼び出されちゃったの?」

「うん」

「そんなに身構えなくてもいいですわ。取って食おうとかではありません」

「涼子ならやりかねない」

 海は侑希を隠すように前に出るが、残念ながら侑希の方が背が高い。

「私を何だと思っているんです。あなたよりは穏やかな性格をしてますわよ」

 わざとらしくため息をついてから、「さて」と前置きをし、涼子は後ろから箱のようなものを取り出した。よく見ると箱ではなく、A4用紙の束だ。

「何これ」

「あなたは日本語読めないんですの? 国語の勉強しておかないと中間テストで痛い目にあいますわよ」

「涼子ちゃん、生徒会に立候補するの!?」

 いつの間にか前衛に出てきた侑希が、プリントの一枚を手に取る。

「さすが侑希は話が早いですわ」

「うるせぇ! んで、生徒会って何するとこなわけ?」

「外国に生徒会ってないの?」

「カイが世間知らずなお嬢様なだけです。生徒会とは、生徒の会と読んだまま生徒によって構成される学校の運営委員会みたいなものですわ」

「つまり文化祭実行委員会の学校全体版?」

「そんなところですわ」

「委員会はクラス内で好きな方法で決めていいけど、生徒会は生徒の代表となる人たちだから選挙で決めるんだよ」

「選挙……あの多数決制度ね。それに出るから票をせがむポスターってことか」

「言い方をもう少し考えてくださる? きちんと公約を掲げて理解をもらった上で投票をしてもらうんですすのよ」

「そっか。頑張れ」

「本当に鈍いですわね、あなた」

「は?」

「涼子ちゃんはわたしたちに選挙活動を手伝ってほしいんじゃないかな」

「え、なんで?」

「お二人は帰宅部と美術部でしょう。加えて文化祭実行委員会が本格的に活動を始めるのは生徒会選挙の後」

「暇なやつなら他にもいるだろ」

「頼りになるお友達にお願いしたいんですわ」

「わたしはいいよ。具体的に何をすればいいのかは分かってないけど……」

「ありがとうございますわ、侑希!」

 友達関係なく彼女なら笑顔で了承するのだろうが面白くない。

「まぁ侑希が手伝ってくれるなら、世間知らずなお嬢様はいなくてもかまいませんが」

「やらないなんて言ってないだろ!」

「単純ですわね。言質いただきましたわ」

「うみちゃん、また一緒だね」

 涼子の勝ち誇った顔も、純粋な笑顔を見れば霞んで見える。

「よかったですわ。大事なのは認知ですから、見た目が派手なカイと可愛らしい侑希がいれば当選間違いなしですわね」

「おま、友達云々とか言って見た目じゃん!」

「では、手分けしてポスターを校内に貼りに行きましょう。……場所は侑希に伝えますから、カイは荷物持ちでもしていてちょうだい」

「ほんとに私の見た目しか必要ないんだな」


「なんかごめんね」

 階段の踊り場の壁に設けられたポスター設置スペースに軽々と腕を伸ばす少女に、海が代理で謝る。

「なんで謝るの? あとこれ傾いてない?」

「涼子の面倒に巻き込んじゃったから。うーん、もう少し右が下……そのくらい」

「それならうみちゃんだってとんだ巻き込まれ事故でしょう? わたしは気にしてないから大丈夫だよ。むしろ生徒会に関わるなんて考えてなかったから嬉しいよ。次行こ」

 日本人の平均身長に足りなければ、ポスター一つ貼るのにも椅子を持ち運ばなければならない。お互い百六十を超える身長には感謝したい。

「涼子ちゃんって手際いいよね。全部貼り出しの許可ももらってるみたいだし、ポスターもクオリティ高くて」

 それはもちろん前回もこの学校で三年間生徒をやっているから。

――もしかして髪色変えたのもこれか。

 涼子のことだから、おそらく早い段階からポスター含め準備をしていたに違いない。今回の学校生活、彼女の主軸は生徒会活動なのだろう。

 人間が基本的に一度しか体験できないことを何度も納得いくまでできる魔女をうらやましいと思うか、それともそこまでしないと退屈がしのげない魔女を哀れと思うか。

 でも人間には人間の楽しみ方があるのだからこそ、侑希は何事も率先してやろうとするのかもしれない。

「侑希ってこんな雑用ばかりでも辛くないの?」

「辛くないよ。友達が頑張るために頑張るのは面白いかな」

「優しいね」

「うみちゃんはそればかりだね。別にわたしが特別優しいわけじゃないよ」

「えー、優しいよ」

「涼子ちゃんだってうみちゃんのこと支えてくれてるでしょ? うみちゃんだって、わたしが委員会誘ったら快く引き受けてくれたし、みんな優しいと思うな」

 不純な動機とは言えなかった。

 また、海と涼子はあくまでも協力関係なだけであり、魔女が人間に優しく接しているのは学校という人間のテリトリー内にいたいからである。侑希の言う人の優しさは違う次元の話だ。

「……私は侑希ちゃんに、楽しく三年を過ごしてもらえればいいな」

「あはは。なにそれ。うみちゃんも一緒に楽しく過ごそうよ」

――楽しいよ。全然乗り気じゃなかった人間界での生活。楽しいよ。


 貼り紙とその他書類関係の雑用でもさせられるのかと軽く思っていた海だが、海の外見を存分に活用させられる仕事があった。

 毎朝登校時間のビラ配りだ。涼子は他にクラスメートを引き連れて演説を行うようで、そちらはそちらで十分インパクトがある。涼子自身も髪染めをしたって目立つ美人だ。

「よろしくお願いします〜」

 朝早い侑希の笑顔はいつもより曇り気が多い。

「わたし低血圧だから朝は苦手なんだ……」

「それなら本当に無理しなきゃいいのに」

「代わりにうみちゃんが笑顔で頑張って〜」

 空いている右手で強めに海の左頬を引っ張り上げる。

「いだだだ!」

 力加減のできてなさに、思わず無理矢理ひんやりした手を引き離した。

「笑顔どころじゃないわ!」

「あはは、ごめんごめん」

 しかし、チラシを配るために笑顔など難しい。それに女子生徒は喜んで受け取りに来てくれるが、男子生徒からの距離は遠い。

「うちの男の子たちは大人しいのよね」

「うわ、びっくりした」

 突然現れたのは、生徒よりも出勤の遅い瀬川藍子教諭。出勤時からジャージ姿らしい。絵の具のついたエプロンはしていない。

「うちのクラスからは立候補者いなかったけど、吉川さんの手伝いなの」

 まだ少し眠たそうな侑希から、チラシをもらい目を通す。

「生徒会って面白いのかしらね?」

 海と藍子の視線が絡まる。

「そんなこと私に聞かれても困ります」

「そうね。じゃ、ホームルームに遅刻しないよう頑張ってちょうだい」

 藍子が担任になってから一ヶ月。あまり教師としての熱意がないのか、生徒の自主性を信じているのかは分からないが、あまり藍子との接点がない。ホームルームも最低限の連絡事項だけで、侑希によれば部活もあまり顔を出さないらしい。週一回の活動で来なければいつ来るのだろうか。

「カイ、侑希、どのくらい捌けました?」

「わたしはこのくらい」

「こんなもんかな」

 海自身分かっていたことだが、素性の分からない見た目外国人より同郷の日本人の方が近づきやすいらしい。

「明日もよろしくお願いしますね」

「えぇ、これ選挙まで毎日やんの?」

 侑希なんて早起きのせいでまだふらふらしている。

「選挙までではなく、テスト週間に入るまでとテストが空けてからの期間ですわね。開けてからすぐ生徒会選挙ですけれど」

「テスト期間って何するの」

「テストのために勉強に集中的に励む期間で、部活動も基本的に休止となるんですの。東高では、中間テストも期末テストも四日間で更に手前一週間は活動休止期間ですわ」

「毎日授業聞いて、ちゃんと振り返りをすればそんなに期間いらなくない?」

「あなたみたいのをガリ勉と言うのですわ。まぁ、カイも委員会が忙しくれば周りの気持ちも分かるでしょう。……そろそろホームルーム始まりますから戻りましょう」

 五分前の予鈴が鳴る。

「侑希ちゃん、いい加減しっかりして。早く行くよ」

 海から手を引いたのは、今日が初めてのことかもしれない。



◆わりと油断するよね、最初のテスト


 一年生からすると初めての中間考査になる。勤勉に取り組む人もいれば、せっかく部活動がないということもあり遊びに行く人たちもいる。

 侑希は期待を裏切らず前者だった。

 涼子はと言うと、まず前回のチートがある。学校、教師によって出題傾向があるならば二周目以降は有利になる。

 ただし、彼女は今回勉強に力を入れる気はない、むしろ元から勉強に関しては興味がないようで、魔法を使うと言っていた。

「別に学年一位とか狙わないですから。あと魔法を使うのは本当にヤバそうな時だけですわ」

「何さ。ヤバそうな時って」

「赤点。東高は三十点ですから緩いんですけど、クラスに数人は出ますから気をつけてください」

「百点満点だろ?」

「……」

「何で黙る」

「以前、現代文のテストで百七十点満点とかあった気がしますわ」

「どうしてそんな変な数字に」

「好きに作ってたらこうなっちゃったと弁明してましたわ」

「子どもたちの将来かかる割に適当だな」

「人間も魔女も変わりませんわね」

「うちの担任も適当だよ」

「あぁ……確かに自己中心的でしたっけ」

「瀬川先生って前からいたの?」

「いましたわ」

「ほーん」

「残念ながら中間テストには役立ちませんわね」

「美術関係ないもんねぇ。現代文とか政治経済とか、最近の日本知らないから覚えるの面倒」

 現代文であれば授業を聞いているだけで問題ないだろうが、政治経済は覚えることが多くある程度は読み直しの必要がありそうだ。

「赤点取るとどうなんの?」

「補講だったり再テストだったり。なにもなかったりですわ」

 テスト内容は英語と数学のみ共通になるが、他科目は担当教員によって内容が異なる。平均点の差は平均化されても、運の要素はある程度ありそうだ。

「当たる先生によって救済処置変わるとか不平等」

「ちなみに一年間の成績、学年末にもらう成績表で一つでも一を取ると留年ですわよ」

「さすがにそんな成績は取らないわ」

「一応進学校であるのとをお忘れなく。いざという時は調整しますから、おっしゃってくださいね」


 中間考査の結果は、授業の中で返却される。海は出席番号の関係により最後に返却される。

 手応え自体はあまりなく、返ってきた結果も大方平均点のものばかり。

「侑希ちゃんはどう……どうしたの?」

「思ってたより点数が低かったの」

 ショックで拗ねているのか数学Aの授業中、海の方を向いてこなかった。

「確率なんてアテにならないよ。そんな落ち込まないで」

 人間界の法則なんて、魔女の手にかかれば書き換えが簡単だ。サイコロの目がずっと六を出すことも可能で、七を作り出すことも容易い。

「最初だからもう少しいけると思ったのにな」

「私もちょっと甘く見てた。授業とか適当なわりに試験難しいね」

「自称進学校だからかなぁ。お母さんに小言言われちゃいそう」

「厳しいの?」

「厳しくはないけど母親ってそうゆうものじゃない?」

――そうか。みんなはテストの結果を親に見せる文化があるのか。

「今回平均点低かったから、次回はちゃんと勉強しろよ。中間と期末の平均点が赤点の場合、夏休みの宿題倍にするからな」

 数学担当教員の大坪賢斗。今年三十路になるとのことだが、日本人らしく見た目は学生くらいに見える。そのせいもあって生徒の大半からは「おおちゃん先生」と呼ばれている。

 生徒のブーイングを無視し、大坪は試験問題の解説を始める。

――この人は真面目な先生なんだろうな。



◆生徒会選挙、いざ参る


 中間考査終了後、一日置いて生徒会選挙が行われる。

 生徒会に立候補する生徒はやる気に満ち溢れ、場合によっては緊張しているようだが、それ以外の生徒は自分には関係ないといったスタンスだ。

「涼子ちゃんは大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ。昨夜も飲みながらテレビ観ていたし」

「飲みながら?」

「あ、ジュースね。ジュース。あいついつか虫歯になるよ」

 魔女に人間の法は関係ない、それに外見年齢と実年齢はイコールではないため、アルコールを摂取しても問題ない。涼子は赤ワインが好きなようで、自宅にはワインクーラーを設置し、いつもボトルで埋まっている。

「生徒会書記に立候補致します一年八組の吉川涼子と申します」

 涼子が壇上で作り上げた笑顔を作るとところどころから歓声が上がった。

「何、演説じゃないの?」

「涼子ちゃんは、テスト前の活動でファンを多数獲得したみたいだよ。一年生初のファンクラブだって」

「何やってんだ、あいつ」

 海と涼子が出会った時は、戦闘狂で有名だった。スピーチで民衆を味方につけるのではなく、力で従わせて楽しんでいたのだから。

 一体何をどうしたら彼女をここまで変えられるのか。

「以上で吉川涼子の演説を終わりと致します」

 一礼をして顔を上げた彼女と目が合う――合わせてきた。昔の性格のことを周りにバラしたら許さないと言っているようにも見える。海には関係のないことだ。

 涼子の後はあまり印象に残らない演説が続き、最後の生徒会長立候補者だけが記憶に残ることになる。演説は立候補者と応援演説者の二人によって行われるが、立候補者である男子がバスケットボールを持って壇上に現れ、それを応援演説者である牧瀬礼奈に取り上げられるというやり取りから始まるのだ。

「とうちゃん、真面目にやってって言ったよね? 真面目にやるって言ったから、私は応援演説を引き受けたのよ」

「とうちゃんって呼ぶのやめろ!!!」

 二年生あたりから「夫婦漫才は余所でやれ」とヤジが飛んでくる。

「……この学校大丈夫か」

 生徒会長に立候補しているのは彼一人のみ。信任投票になるそうだが、嫌われているわけでなければ当選は確実であろう。

「賑やかだねぇ」

 侑希は笑って言うが、どうも海は笑えない。

 人間界に対するイメージはもう少し大きなくくりで、政治のイメージが強い。この学校の生徒会メンバーが将来の日本を担うわけではないと分かっていても不安だ。

「お手伝いありがとうございました」

 勝ち誇った顔で、当選の報告をしに隣のクラスまでやってきた涼子を見るとなおのこと不安になる。彼女が一体何を企んでいるのか、海はまだ知らない。

「似合います?」

 彼女の左腕には生徒会と白地で書かれた赤い腕章。

「血の色みたいだ」

「カイには聞いた私が愚かでしたわ」

「似合うよ、涼子ちゃん」

「ありがとうございます。侑希、この学校で困ったことがあれば私に言ってください。この権限でなんでもお助け致します」

「職権乱用だろ、それ」

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