1年生編4月

◆初めての入学式。そして出会い


 世界のリセットが起こるなり、昔から用意周到な涼子は魔法で入学手続きを終えていた。

 いちいち面倒くさいことをしてもらっている手前、今更嫌だとも言えず、海は大人しくまだ硬い制服の袖に腕を通した。どうもブレザーが動き辛いが、経験者である涼子曰く、入学式等の式典がなければブレザーの代わりにジャージを羽織ることもカーディガンを代わりに羽織るのも許されるらしいので、今日一日は我慢することにする。

 我が子の晴れ舞台ということもあり、本来学生が溢れる校内には親と見られるかしこまった服を着た大人が多数紛れ込んでいた。

「みんなして写真撮っているね」

 入学式と書かれた立て看板には列が出来ていた。

「私たちも撮ります?」

「シルヴィアとの思い出残したところで嬉しくない」

「だから学校では涼子で、」

「はいはい。涼子」

 何百年とシルヴィアと呼んできたのだから違和感がすごい。

「みーんな同じ格好して集団行動って、戦時中とあんまり変わんないねぇ」

「名残があることは否定しませんけれど、今の日本は平和ですわ」

「はは、戦闘狂だったやつが平和とか」

「もうあの頃の私ではありませんわ」

「そうだねぇ……。髪染まってるもんねぇ」

「そういうことではありませんわ!」

 つい先程知らされたことだが、のんきに話している海と涼子はクラスが別である。サポート体制とは一体なんだったのか、海には分からない。

「せっかくですのに私たちが一緒のクラスでもつまらないでしょう? 友達の一人くらい作ってみなさいな」

「シルヴィア、友達だよね? 一応」

「他に作れと言ってるんですのよ、引きこもり」

「他にもいるよ?」

「言ってごらんなさいな」

「……ジャンヌ・ダルク」

「いつの話ですの!」

「ジャンヌに会いたい……」

「死んでますわ。諦めてクラス内の友人でも作りないな。ぼっちで三年間なんて引きこもりと変わりませんわよ」

「努力はする」

 ジャンヌの死後、ほとんど人間との関わりを絶ってきた。確かに涼子の言う通り、海にとっては引きこもり脱却のチャンスなのである。

「そろそろ時間ですわ。教室に行きますわよ」


 割り振られた教室の割り振られた一番後ろの席で説明を聞き、出席番号順に体育館へ入場し、海にとって初めての入学式を体験することとなった。

――日本の国歌とか知らんし。眠い……。

 目立たない程度に周りを見てみる。男女比は女性が優勢のようだが、設立時から割合は変わらないという。この中には、海と涼子以外の魔女もたくさん紛れ込んでいるはずだが、海のように明らかに日本人ではない存在は悪目立ちをする。

 そのせいか海はいるだけで注目を集めていた。

――シルヴィアみたいに髪は染めるべきだったか……。あいつ面白がって何も言わなかったな……。

「ねぇ、綺麗な髪だね。外国の方?」

 自由になるなり、隣の席の女子生徒に声をかけられた。栗色の髪はよく見ると丁寧に編み込みがされている。背も日本人にしては高そうだ。

「急にごめんね」

 海が黙って観察している様子を、気を悪くさせたと思ったらしい。童顔な顔に少ししわがよる。

「あまりにも綺麗だったから。わたしは宮本侑希みやもとゆうき。せっかく隣の席になったんだし、これからよろしくね」

「侑希……ちゃん?」

 いきなり呼び捨てにしていいものか分からず、とりあえずは敬称をつけて呼び返してみた。

「うん、侑希だよ。えーとあなたは……」

若宮海わかみやかい

「あれ、日本人? 通称名?」

「ハーフで……」

 このやり取りをこれから何回も繰り返さなければならないのなら、『私はハーフです』とプラカードを持って歩きたい。

「海って書いてカイなんだね。名簿だけ見た時はうみちゃんかと思ったんだ。うみちゃんって呼んでもいい?」

 偽名には慣れるべきだろうと思い、了承する。

 侑希は人見知りをしない質のようで、海が上手く応えられなくとも笑顔で次々と会話を振ってくる。

「連絡先交換しようよ」

 スマホを取り出す侑希を見て、海が戸惑う。もちろん涼子の計らいによりスマホは手に入れているし、ある程度の操作方法は聞いた。しかし、スキルとしては涼子に電話をかけることと、受電をすると、充電をすることしか持ち合わせていない。そこで涼子から教わった魔法の言葉を使うことにした。

「高校入学に合わせて買ってもらったから、スマホの使い方いまいち分からなくて」

 魔力を一切必要としない魔法の言葉。そんなものを魔女が使うんだから皮肉なものだ。

「そうなの? 厳しい家なんだね」

 厳しいどころかズルしまくりのご家庭事情があるので、哀れみの目は辛い。

「えーっとね、ここをこうして……そうそう。そしたらわたしのやつを読み込んでみて」

 触れた手は冷たかったけれど、侑希の優しさはとても温かい。嫌な顔をせずに、ふらふら彷徨う指を案内してくれる。

「わたしのおばあちゃんも最近スマホ買って大変だったんだ〜」

――確かに人間からしたら私はババアですけど!

「これで出来たね、うみちゃん」

 可愛い笑顔だと素直に感じた。無邪気で明るくて、汚れのない笑顔。

「あ、先生戻ってきたね」

 また後でねと一メートル離れていない距離で手を振る仕草は卑怯だ。

「担任の瀬川藍子せがわあいこです。今年で教員三年目になります。担当科目は美術。部活動顧問も美術部です。絵に興味がある人はぜひ入部してくださいね」

 ボディラインを表したように柔らかそうな女性。三年目ということは、最も若くて今年二十五歳になるはずだが、胸の大きさを除けばまだ制服を着こなせそうだ。そんなふしだらなことを考えていたのが伝わったかのように、少し垂れ目気味な紺色の瞳が海の青い瞳を指した。

――え、こわ。

 笑顔の奥にある恐怖を感じて視線を逸らす。優しそうな笑顔と言っても、随分と侑希と差があるものだと学んだ海であった。

 百歳生きればいいような短命な命。あっという間に過ぎ去る生涯なのに、彼女たちはこんなくだらない形式的行事にも一生懸命になれる。

――ジャンヌも他人のために頑張っていたなぁ……。


「うみちゃん」

「やめろ。気持ち悪い」

 どこかで侑希とのやり取りを見ていた涼子が、家に帰ってからもからかってくる。どうやら本当に人間の友達を作ってくるとは思わなかったようで、祝福はしてくれている、らしい。

「宮本侑希、でしたっけ? 人間にしては可愛らしい子でしたわね」

「いやいや。魔女だって可愛くねぇやついるじゃん」

 心の中で目の前にとつぶやく。

「見た目の話ですわ」

「魔女は魔法でなんとかなるからだろ」

と言っても、海も涼子も骨格はもちろん髪染めを除けば何もいじってはいない。両方とも魔女の中でも勝ち組というわけだ。

「でも本当によかったですわ。魔法を使って無理矢理友達作りの機会を作るなんて嫌ですから」

「そんなことまでお膳立てされなくても大丈夫だよ。子供じゃないわ」

 侑希のことを含め、ホームルームでの話を思い返しながら配られたプリントを広げる。

「シルヴィア、部活動って何するの?」

 担任の瀬川が美術部と言っていたことを思い出す。配られたプリントの中にも、部活動紹介と書かれた手書きのパンフレットが入っていた。

「スポーツとか楽器の演奏等、なにか一つを三年間で極めていくんですの。例えば……このバスケ部というのは、毎日バスケットボールの練習とたまに試合をするんですわ。東高だと吹奏楽部が有名ですわね。毎年全国大会に出場していますわ」

「なんだか大変そうだな」

「毎日やるのが嫌であれば、活動日数の少ない部活動を選ぶのも手ですわね」

「それってやる意味ある?」

「本人が適度な頻度で好きに活動できれば、それなりに意味はあるんじゃありません?」

「ふーん……。シルヴィアは何入るの?」

「今回は部活動に入るつもりはありませんの」

「? 意外だね?」

「今回は別にやるべきことがありますので。その時がきたらお手伝いお願いしますね」

「え、やだよ」


◆帰宅部も立派な部活動です


 入学前にしっかりと学校のことについて調べていた侑希によると、東高は文武両道を掲げており、部活動への加入率が高い。

 部も新入生を確保するために躍起となり、入学式以降毎朝ビラが配られている。そして本日は、体育館に一年生が集められ、一つ一つ部活動の紹介が行われる。

「運動部って元気だね」

 男女分けた出席番号順では、侑希の次に海がくる。体育館でも隣同士だ。

「わたしは運動音痴だから、あんなに動けるの羨ましいな。うみちゃんは部活決めた?」

「ううん。あまり入りたいところなくって」

「そうなの? 中学は何部入ってたの?」

 その答えは用意していなかった。海の背中に冷や汗が垂れてくる。

「中学も……なにも」

「帰宅部なんだ」

「そう、帰宅部」

――帰宅部ってのがあるなら、それでいいな。帰るだけだし。

「うみちゃん、部活やらないならわたしと一緒に委員会やろうよ」

「委員会? 部活動みたいなもの?」

「近いかな。時期にはよるけど、運動部よりは忙しくないよ。一人だとちょっと不安だったから、うみちゃんが一緒だと嬉しいな」

「侑希ちゃんでも不安になるの?」

「そりゃなるよ。同じ中学の子、クラスにいないし」

 すでにクラス内では付き合いができかかっていて、ここで侑希との関係をないがしろにするのはよくない。暇つぶしと言えども、せっかくなら学校生活を経験するべきだ。

「侑希ちゃんは部活どうするの?」

「わたしは美術部にしようかなって思っているよ」

「中学生の時も美術部だったの?」

「ううん、吹部だよ」

 海はひたすら「すいぶ」という言葉を反芻する。

――「すい」から始まるものと言ったら……。

 吹奏楽部と水泳部に覚えがある。侑希が運動は苦手と言っていたことを考えると、答えは前者だろうと推測する。

「吹奏楽って言っても呼び名だけで、実質ただの音楽部だけどね」

「楽器やってたの?」

「うん。バイオリンを三年間だけ」

「続けないの?」

「この学校の吹部ってすごくレベル高いから。それに絵描くことも好きなの。顧問の先生も優しそうだからちょうどいいかなって」

 顧問は担任の瀬川藍子だ。

「なーに、美術部入部希望なのかしら?」

 突然左側の何もない空間から声が降ってきた。

 茶色い柔らかい髪が海の頬を触る。入学式の時はしっかりスーツを身に着けていた女性は、翌日以降はジャージにエプロンという機能性を重視した恰好になっていた。

「わたし美術部志望です」

「えっと、あなたは宮本さんね。ぜひ待っているわ。若宮さんは?」

「私は部活はいいかな」

――近い。

「そう。残念。あとあなたたち、おしゃべりはいいけどもう少し先輩たちを見てあげなさいね」

 どうやらお叱りだったようだ。侑希が形だけ「気をつけます~」と返す。

「若宮さん」

「私?」

 何か目をつけられるようなことをしただろうか。海なりに侑希や周りを見て、行動を合わせているつもりだ。

「そう、お人形さんみたいなあなた。確か帰国子女だったのよね」

 確かそんな設定だったような気がしなくもない。帰国子女でハーフ、日本の文化に疎いという設定にすると先月言われた。

「随分と文化が違うでしょ? 私のことも頼ってね。藍ちゃん先生って呼んでちょうだい」

「ありがとうございます。瀬川先生」

「警戒心の強い子ね」

 藍子はエプロンの縁を軽く叩いてから立ち上がり、体育館の壁まで戻って行った。

「藍ちゃん先生って呼ばれてたのかな? 綺麗な先生だよね」

「うん。男子生徒に人気出そう」

「うみちゃん、あまりそうゆうこと言うとセクハラって言われるよ」

「厳しい世の中だなぁ」

「……それにしても、瀬川藍子って名前すごく聞き覚えあるんだよね」

 ひたすら寸劇をしている卓球部の先輩を無視して、侑希は髪を指先でいじりながら考え始める。海のデータベースには、同姓同名の人間はいない。

「思い出せない……」

「縁があるならどこかで思い出せるんじゃない? あのさ、今さらなんだけど委員会ってどこに入るつもりなの?」

「言ってなかったっけ? 文化祭実行委員会だよー」


◆文化祭実行委員会って忙しいらしいよ


 文化祭実行委員会と言うものがどんな活動をするのか分からなかったため、前回もこの学校で過ごしていた涼子に確認を取ったところ、文化祭を盛り上げるために、春から秋の文化祭までにかけて活発に活動をする委員会らしい。

「まさかカイが文化祭実行委員だなんて」

 彼女が笑いを堪えられずに、地の性格が出る瞬間を今月に入ってから何度も見ている。

「東高は行事が盛んと言ったと思いますけど、文化祭が一番盛り上がるんですの。加えて進学校ですから三年生はあまり委員会に参加はできないので、一、二年生だけで学校一番のイベントを支えるんですのよ」

「え、それって忙しいじゃん」

「そうですわね。クラスの出し物自体で忙しいですから、あまりやりたがる人もいませんでしたわ」

「だよね。うちのクラスも二人しか手を挙げなかったわ」

「いいじゃありませんの。文化祭は準備が一番楽しいですわ。私も一緒に頑張りますわよ」

「シル……涼子は文化祭実行委員じゃないだろ」

「違いますけど……まぁどうゆうことかはもう少ししたら分かりますわ」

「何、その思わせぶりな態度」

「うみちゃん」

「うわっ!」

 ひょっこりと侑希がいきなり教室から顔を出してくる。

「涼子ちゃんとうみちゃんって知り合いだったんだ?」

――え、むしろ二人はどう知り合った?

 ちらっと涼子の方を見ると、いたずらをした子供のように舌をちらっと出した。

「委員会集合だから、そろそろ行かないと」

「二人とも頑張ってね~」

 涼子のやることは抜け目ないなと改めて感心しつつ、もう少し海に学校生活について知識を事前に与えてくれればいいのにとぼやきながら、侑希に手を引かれ視聴覚室に集合をする。

「女子ばっかり」

 侑希の言う通り、学ラン姿はほとんどない。

「楽しかったら来年も一緒にやろうね」

「来年同じクラスになれるか分からないよ?」

「それでも同じ委員会に入れたら一緒に行動できるよ」

 海の存在に気づいたのか、二年生らしき人々がガヤガヤし始める。「外国人?」「あれが噂の子?」

「うみちゃんって噂になってたんだね〜」

「カタコトで喋った方がいいかな」

「あはは。漫画みたいなキャラだね」

 人間からしたら魔女という存在自体が漫画のキャラになるだろう。

「髪と目の色が黒でもうみちゃんは綺麗だからどっちみち目立つと思うよ」

「侑希ちゃんも可愛い」

「ほんと? うみちゃんに褒められたら嬉しいね」

 周囲の人間が二人の会話を聞いて「どっちも可愛いから」と思っていることを当人たちは知らない。

 人が集まり、平均身長くらいの女子生徒がホワイトボードの前に立つ。

「みんな、注目! これより文化祭実行委員会の第一回目ミーティングを始めます」

 凛と響く声。ショートカットのおかげで綺麗な首筋がよく見える。

「えーっと、一年生には悪いんだけど二年生で先に話し合って委員長を務めさせていただくことになりました牧瀬礼奈です。文化祭まで約半年間よろしくお願いします」

 緑色の上履きの人間から歓声が上がる。

「二年生うるさい! 一年生引いちゃってるじゃないの」

 とても人望がある人であることは分かった。場を仕切る能力もある。生まれる時代と国を選べれば、いい指導者になれるだろう。

――もしかして魔女だったりして。

 初のミーティングの場では、今後の活動内容の流れについて説明があり、自己紹介を行って終了となった。一切教師が口を挟むことがなかったのは、学校行事についてはほとんど生徒任せである所以からくるのだろう。実際に、教室の隅であくびをしていた教師の名前のみ分からない。

「若宮さん!」

 しっぽがあれば激しく揺れているような元気さで、先程まで場を仕切っていた礼奈が駆け寄ってくる。

「わぁ、本当にお人形さんみたいで綺麗~! 一年生にすごい可愛い子が入ってきたって聞いて、お話してみたかったの! まさか文化祭実行委員に来てくれるだなんて思ってもみなかったわ」

「あー、えっと、どうも」

 この国では金髪の女の子がどれだけ珍しい生物なのだろうか。

「礼奈ー! 生徒会に顔合わせ行くよ!」

「分かっているってば! じゃあね、若宮さんと宮本さん。夏前から忙しくなると思うけど、一緒に頑張りましょう!」

 嵐のように過ぎ去っていく人だった。

「そんなに大変なの?」

 改めて侑希に確認を取る。

「わたしも初めてだからね? でも中には運動部に入っている人だっているから、わたしたちはマシな方なんじゃないのかなぁ」

 文化祭は九月初めの土日に開催され、二日目は外部への開放もある。クラスとしては三年生は六月頃から、一、二年生は七月頃から夏休みを含めて準備に取り掛かる。委員会としての活動は出し物の調整、活動教室の割り振り、三年生の劇の上映時間のスケジュール調整、その他ポスター等の資料作成、見回り等があると説明があった。

「三年生はみんな劇なんだね」

「うん。去年わたしも見に行ったけど、教室内をステージに自分たちで作り上げていてすごかったよ」

 三年生は受験をするから忙しいと聞いていたが、そんな凝ったものまで作らなければならないなんて学生は大変だ。

「一年生は何をやるの?」

「お化け屋敷、カフェ、アミューズメントとか?」

「アミューズメントって?」

 侑希は少し思い出す素振りをしてから、

「ジェットコースターあったよ」

「ジェットコースター!?」

 それは専門技術を学んでいない学生が作れるものなのだろうか。しかも教室で。

「ちょっと怖かったから、わたしは乗らなかったんだけどね」

「安全装置あるの?」

「? ないよー。うみちゃん、一体どんなすごいもの想像してるの? 教室でできるものしか出来ないからそんなに大きなものじゃないんだよ」

「そうなんだ」

「どっちかっていうとトロッコを坂から落とされる感覚かな」

 楽しそうに語る侑希は、去年誰と文化祭を訪れたのだろうか。興味のある学校の文化祭に行くだろうから、相手もこの学校の生徒になっているかもしれない。

「わたしたちのクラスは何やることになるかな?」

「侑希ちゃんはやりたいものあるの?」

「そうだねー。可愛い衣装が着れるならなんでもいいかな」

 制服とジャージが支給されているので、海には現代の日本の流行が分からない。もちろん、日本の若者に溶け込めるような服も持っていないことに気づき、侑希から服についてもう少し集めることにした。



◆引きこもりでも運動神経はいい方です


 四月はやることが多い。入学式やオリエンテーション、部活動の紹介、委員会の顔合わせが終わったと思えば成長しない身体を測定する催し、そして侑希が朝から嫌がっているスポーツテストが本日開催される。

「侑希ちゃん、ジャージ姿似合わないね」

 普段運動をして筋肉がついていない華奢な体つきだからだろうが、ジャージだけ浮いて見える。

「うみちゃんだって、その顔立ちにジャージは似合わないっていうか、もったいないというか……。むしろいつもジャージじゃなくて、ちゃんとブレザーを羽織ってほしいというか……」

「だってブレザー動きづらいから」

「せめてカーディガンでよくない?」

「ジャージ動きやすいよ?」

「そうじゃなくて! もう、今度絶対可愛い服買いに行こうね!」

 日本のジャージはとても機能的で、後に魔女界に戻った後も着用しようと思っていたのだが、それはよろしくないことなのかもしれない。

「はぁ……やだなぁ、帰りたいよ」

「そんなに体育嫌い?」

「うみちゃんはさー、この前のシャトルランで百回超えてるもんね……。その細い身体のどこにあんな体力あるの……?」

 もちろん海はポリシーにより魔法は一切使っていない。長年生きているうちに、体力がついたのと生まれながら運動神経に恵まれているだけだ。涼子曰く「引きこもりのくせにずるい」

「走るのは最後にしよう? わたし、五十メートルも全力疾走したらその後何もできないよ……」

 一年生から三年生まで全校生徒がジャージを着て敷地内を歩くのは滑稽である。混雑を避けるために、初めは指定された種目から実施をしていくが、その後はどの順番で回ろうと生徒の自由になる。

 初めは体育館内の種目を制覇していこうという話になり、残すは反復横跳びというところで今朝も聞いた声にバッティングした。

「あら、カイに侑希じゃありませんの」

 長い黒髪は邪魔になるようで、珍しく一つに結った涼子だ。クラスメートと思われる女子数人と一緒にいるが、なぜか一人だけ目立つ。皆と同じ上下紺色ジャージなのに、オーラが目立つ。

「ちょうどよかった、涼子。反復横跳びで勝負しようよ。勝った方が相手に一つ命令できるとか、どう?」

「笑顔でどう?じゃありませんわっ。私じゃなくても、あなたに運動能力で勝てる存在は、そんなひょいひょいといません。少なくとも体育科なり、体育系の高校に進学していますわよ」

「ちっ、ダメか」

「そんなにすごいなら、運動部入ればいいのに」

「ダメですわよ、侑希。あのバカが運動部に入ったらゲームバランスが崩れますわ。なによりも、やる気がなくて士気が下がりますわ」

 ひどい言われようだが、何一つ間違ったことはないので海は言い返さない。

「うみちゃん、わたしが数えられるスピードで動いてね」

「いくら私でも残像残すようなスピードで動くのは無理だよ」

――魔法使わなければの話だけど。


 一通りの種目を終え、へとへとになった侑希と少し遅めの食事をとっていると、

「若宮さんいる!? いた!?」

 海たちの席は廊下側の最後列になるので、後ろのドアが開けばすぐご対面できる。

「あなた、ソフトボール部入らない!?」

 紺色のジャージを着ていることから同学年であることが推察される。礼奈よりももっと髪が短く、焦げた肌の色からいかにも運動部であることが窺える。

「ハンドボール投げと五十メートル走見てたよ!」

「私がやったのはハンドボール投げであって、ソフトボールではないので……」

「一緒だよ!」

――一緒でいいのか。

「その肩と俊足があれば一年からレギュラー狙えるって。バスケ部とかに誘われる前にぜひ我が部へ!」

「侑希ちゃん、この人知ってる?」

「ううん、わたしも知らない」

 海と侑希の中では、突然押しかけてきた不審者認定がされている。

「ごめん、私は一組の中塚成海。ソフトボール部でポジションはピッチャー」

 欲しくない情報までさらさら話すタイプのようだ。

「えっと、中塚さん。誘いは嬉しいんだけど、部活入るつもりないから」

「えぇ、どうして! もったいないよ!」

「うみちゃんは文化祭実行委員だから忙しい部活はできないんだよ」

 横から侑希が助け舟を出してくれるが、委員会でこき使われそうな気がしてならない。

「兼任している人もいるし、そこをなんとか……だめ?」

 チートをしていないからこそ、海にとって認められるのは迷惑なことではないが、対応をするとなると面倒くさい。

「大丈夫、バスケ部とかほかの部活にも入らないから。ソフトボールも入らないけど」

「そっか……。まぁ他に入らないなら……うーん」

 ひとまず諦めてくれた成海の後姿を見送り、残っていたコンビニの菓子パンにかぶりつく。ちなみに侑希は毎日可愛らしいお弁当を持参している。母親が妹の分とあわせて作ってくれているらしい。今のところ海も涼子も料理はしていないが、そろそろチャレンジをしてみてもいいかもしれない。

「好きはスポーツとかないの?」

 お弁当に入っていたミニトマトを海の口に無理矢理放り込みながら、侑希が聞いてくる。ミニトマトの他にもピーマンも同じく海の口行きだ。

「あまり興味持ったことないかな」

 人間と関わることもあまりない生涯。魔女同士では必ず魔法がつきまとう。生粋のスポーツなんてする機会がない。

「侑希ちゃんはスポーツ全般嫌いなの?」

「嫌いというか、得意なものはないよ。小学生の時のみんなでドッジボールとか嫌だったなぁ……。だからね、東高って体育祭も盛り上がるから、それはちょっと不安」

 もう一つあったミニトマトも海の口に入る。

「……少しは苦手なもの克服した方がいいと思うよ」

「うみちゃんがいつも野菜食べてなさそうだから」

 しれっと可愛い顔をして言う。侑希からは人間らしい悪意を感じ取ることもなく、とてもいい匂いがする。話していても、基本的に優しく真面目だ。


「え、侑希が魔女じゃないかですって?」

 家に帰ってから、涼子に聞いてみた。

「だってすんごいいい匂いするんだよ。あと優しい。可愛い」

「……本人にいい匂いがするとか言ってないですよね?」

 変態を見るような目で涼子が見てくる。

「言ってないよ。で、どう思う!?」

「吉報なのか悲報なのかは知りませんけど、侑希は人間だと思いますわ。家族もいて、今までの履歴も残っていますから。細かいところまで根回しをする魔女というなら話は別かもしれませんが、たかが高校に入るためにそこまでする輩はいないでしょうね」

「そっか……。じゃあ三年の付き合いか。まぁそうだよな、いい匂いだけど魔女の匂いじゃなかったし」

「分かるなら聞かないでくださる!?」

「だって、人間であんなにいい人見たことないから!」

「それはあなたが引きこもりだからでしょう!」

「う……。ぁ、そうだ。今度料理でもしてみようかと思うんだけど、シルヴィアもどう?」

「いいですわね、私もしばらくしていませんし。土日に買い物行きましょうか」

 魔法が使えるならわざわざ作る手間をかける必要はない。さらに文明が発達した人間界では、コンビニで出来合いのものが買える。それでも作ろうと思うのは、プロセスの問題だろう。

「腕がなりますわね。私こう見えて料理は得意ですの」

「魔法でぱぱっとやっちゃうタイプじゃないんだ?」

「魔法の方が確かに楽ですけれど、昔は人間と作ったこともあるんですわ」

「意外だ。楽しみにしとくよ」

 そう。魔法が使える者同士だからこそ、魔女の集まりで手料理が振る舞われることなんてほとんどない。つまり、海は涼子の料理を食べたことがない。

 後にこの提案で苦しむことになるとも知らずに、海は最近習ったインターネットの検索でレシピを探すのであった。

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