第2817話 結び:2人きりの舞台
いつもの流れだな、というのはエルルも思ったらしく、ごほん、とわざとらしく息を整えた。え? 何? もしかして思ってるより真面目な話?
いや真面目な話か。私だけを呼び出してるしな。という事は『勇者』に関する事、ならサーニャもいる筈だし、皇族に関する事、だと報告書って形になる筈だ。手紙かもしれないが、まぁ紙に文字だな。
直接言わなきゃいけない方で真面目な=大事な話、このタイミングで? 異界の大神関係、ならそれこそ『アウセラー・クローネ』のメインメンバーには伝えるよな? 何だ?
「……お嬢……」
「なぜ突然頭が痛そうにするんです」
「色々考えてるのが分かったからだよ」
おっと、同族補正で分かるぐらいに思考が漏れちゃったか。ついうっかり。……ん? という事は、これの中のどれでもないって事か。じゃあ何だ?
流石に首を傾げる事はしなかったが、私が疑問符を浮かべているのは分かったのだろう。が、エルルはどうやらその辺気にしないもしくは無視する事にしたらしい。
いつもよりもだいぶ開いていた距離。それを、いつもよりは少し遠いぐらいの所まで縮めて。
「シュヴァルツ家、先々代当主第三子、エルルリージェ・ドーン・シュヴァルツは、竜皇陛下末子、ルミナルーシェ・ロア・ヴェヒタードラグ殿下に、婚姻を前提とした婚約を申し込みます」
流れるように右膝をついて左膝を立て、左手は右手に沿え、右手は手のひらを上にして小箱を乗せ、まっすぐこちらへ差し出されている。
その中には、大きさの違う、けれど揃いの……白縁で黒地の真ん中に銀色が入った、指輪が2つ、並んでいた。
…………。
……………………。
そういやそもそも「婚約者候補」の騒ぎだったな!?!?
という内心は全力で抑え込んで隠したので良し。良しとする! うん落ち着け! うーわ月夜でこれは様になってるとか言うレベルではないが!? でもなく!!
エルルの事だから間違いなく本気!! 指輪いつ作ったっていうのはまぁさておきどうせ聞けるだろうし、返事! どう返す!? ダメだ驚きが強すぎて他の感情が何も浮かんでこないぞ!? たぶんこの驚きで全部吹っ飛んだ!!
落ち着け! 無理か! 無理だな! よしじゃあ表面だけでも、エルル相手に表面だけの取り繕いはどうだよ私!? ダメだな私!! 自分内会議してる場合か驚き以外の感情探せ!!
……。あれ? 少なくとも嫌ではないな? そうだな。嫌ではない。爆発的に嬉しいかって言うとそこまで激しいもんでもないし、恋かと言われたらまぁまず違う。それは分かる。恋ではない。
が。求められているのが恋かというと、たぶん違うな? 正しくは、恋である必要はないと言うか。まぁそうだな? 状況的に限りなく政略婚約みたいなものではあるが、少なくともエルルは自分の意思で、私「を」選んでくれたのだから。
そして少なくとも私の方も、自由恋愛権を主張して断る事は、無いな? なおかつ、エルル以外に申し込みがあって、どれを選んでもいい、と言うのであれば? 選択の自由と無数の選択肢がある、エルルもその1つ、という状況だったと、したら?
「私、竜皇陛下が末子、ルミナルーシェ・ロア・ヴェヒタードラグは」
指先まで神経を行き渡らせるようにして優雅を纏い、魔力を身の内に潜ませて外に出る圧を消す。皇女教育で学んだ渾身の微笑みを。あぁ、室内着用のドレスではなく、ドレス鎧だから指先が見えないな。再現ドレス着とけばよかったか。
金属でできた鎧を纏っていても、無粋な金属音は1つも鳴らさないように。細心の注意を払いつつ滑らかに動かして、
「エルルリージェ・ドーン・シュヴァルツによる婚約の申し込みを、お受けします」
手のひらを上に向けて腕は伸ばし過ぎず、両手を緩く広げる。受け入れる姿勢。
これが、申し込みの作法に対するオーケーの返事だ。
…………った筈だ! たぶん!!
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