第2815話 結び:騒動の終わり

 さて。

 最後の最後でやっぱりひと悶着あったし、日付変更線直後はばたばたしていたが、まぁでも一応『アウセラー・クローネ』新生クランハウスのアトラクション部分プレオープンは無事幕を下ろした。

 主に逃げ回ったり隠密したり勝手にテントを設置していたりした人達を穏便に追い出すだけのお仕事だった訳だが、これが「温情」だって分かってないのかな。分かってないんだろうな。

 だって通行証を出す時に、相手の名前は控えているのだ。偽名だったら通行証は発行できない。そしてクランハウスからの出禁は、名前が分かっていれば実行できる。


「場所を指定せずに出禁にすると、世界のどこに飛ばされるか分かりませんからね……だから頑張って探した訳なんですけど」


 まぁ何とかなったので、良しとする。どうやら私達の捜索から逃げることに主眼を置いていたっぽい数名については、私達から逃げ切れたんだから生き延びられるだろう。召喚者プレイヤーなのは分かっているから最悪でも死に戻りするだけで済むし。

 なお日付変更線直後のばたばたは、そんな数名と最後まで足掻いていた数名が片付けなかった拠点跡や逃走の為のギミックの掃除だったりした。迷惑な置き土産を残していくんじゃないよ。

 というか、作って残ってた中に転移ポイントが含まれてたんだが……まぁ当然、クランハウスの中に無許可で設置された転移ポイントは作動しない。それはそうだ。一体何をするつもりだったんだろうか。


「一応解析してもらいましたが、特に何の変哲も無かったようですし」


 石の板にペンキで魔法陣を描く形だった訳だが、魔法陣の構造そのものも当然、ペンキの成分も石の板にも不審な点は無いらしい。……まさか、クランハウスの仕様を知らないとか? 流石にそれは無いか。

 ともあれ、ちょっといつもの睡眠時間を過ぎたが、とりあえず無事に終わった、と、言えるだろう。唆され踊らされ、乱立していた自薦他薦問わずの婚約者候補も、具体的にどこがダメだったか説明できるお断りが出来るようになったし。

 それでもまだ食い下がるなら、それは国が相手をしてもいい事になる。確かに竜族というか竜皇国は、世界を守る為にあちこち飛び回って協力していた。だがそれは、あくまで、世界が滅ぶかもしれない。そういう、とびっきりの危機的状況、非常事態における、善意の協力だった訳だ。


「……確かに竜皇様お父様は乱世への適性が高いですけど、そもそもの内政能力が無ければ、今回の件なんかどうにもなりませんし?」


 そう。今回の騒ぎが、それこそ有名とはいえプレイヤーイベントの範囲に収まったのは、ちょっと男親としての欲が出てしまったとはいえ、その対処の仕方を竜皇様お父様が全くミスしなかったからだ。

 その男親としての欲だって、情報を封鎖しなければならないという理屈がある。古代竜族と現代竜族、両方の長男が残っていたし、他数名もちゃんと内政を手伝う為の勉強をしていたから、あそこまできちんと対処できていたんだ。

 そしてここから先、竜皇国を相手にするなら、その竜皇様お父様を相手にするという事になる。確かに竜族はステータスの暴力が種族特性だが……その中には、当然ながら、知力も含まれているんだからな?


「……さて、と」


 という事を考えている現在は、リアル午前0時半頃だ。正直、連続ログイン制限に引っかかるまであとリアル10分もない。

 フリアド内部時間でも夜中であり、クランハウスの中の不審物(クランメンバー、精霊獣の子達、移住組のいずれでもない誰かによる設置物の事)を片付けるのも終わったから、夜中らしい静けさに包まれている。

 私が移動してきたのは、私のエリアにある観光目的、ではなく、各種資源洞窟へ向かう為と、その資源洞窟を隠すダミー洞窟が数多く口を開けている、深い谷の底だった。


「待ち合わせのお決まりなので聞いておきましょうか。お待たせしましたか?」

「……相変わらずよく分からん事を言うよな、このお嬢は」


 もちろん人気どころか生き物の気配さえない。ただの屋外であればモンスターに対する警戒をしなければならないが、一応ここはクランハウスの中だ。クランメンバーであれば、安全は確保されている。

 まぁ空は見えているので、晴れている現在、比較的丸い月が光っていた。比較的明るい夜だと言えるだろう。

 そこに。



 唯一正当に、婚約者候補用のルートをクリアした。

 そう報告が上がっていたエルルが、待っていた。

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