第2786話 73枚目:本当の終わり

 ロストの可能性を提示されても否定できなかったベテラン勢が、このラスボス戦の空間が崩れる中で脱出する事になるという可能性を飲み込むのは早かった。というか、言われた瞬間に理解と納得をしていた。

 そこからはさっきまでの喜びの名残も無く、脱出の方向に全力だ。どうやら別動隊も全員残っていたらしく、そちらでも作業(儀式)を急いでいるらしい。あちらは異界の大神の分霊の救助が出来なかった代わりに、分断されず、こっちがどう動くのかが見えていたとの事。

 だが流石に残り数分でゲートを展開する儀式の実行は難しかった。なので、異界の大神の分霊にゲートを開いてもらう事にして、どの座標がもっとも通常空間に近いのかを探知する方向に力を振り向けたようだ。


「あぁ、やっぱり全力で逃げる事になる訳ですね」

「納得してる場合か?」


 で、それが「吞み餓える異界の禍王」がいた場所と真逆の、この空間の端っこって時点で、そういう事だよな。予想通りだからいいんだが。いや良くは無い。難易度が高いから。

 ただ私はこの場から、自分で設置した、砦から3m先の空気の足場から動けない。そして私が動けるようになるのは、この空間の崩壊が始まる瞬間だ。もちろん私のステータスをもってすれば、空間の端までの移動ぐらいは出来るだろう。

 が……流石に願った奇跡が、あまりにも強力だった。しかも不発だったとしても、命を賭す宣言をしてしまっている。すなわち、鎧の全壊という形で奇跡が終了した場合。


「あ」


 バキッ、と音がして、役目を全うした「箱庭の上級騎士の鎧・再現(女性用)」が壊れる。うーん心が痛い。いや、装備用の死に戻りはつけているから、直せる状態で回収できるんだけど。

 どうやら自動で【セット装備スロット】が起動するらしく、「精霊竜姫の戦装束」というセット装備が再び現れた。同時に、そこら中から激しい罅割れの音が響いてくる。

 その音を聞きながら、もちろん私は動こうとしたんだが。


「動けないっつったのはお嬢だろ」

「いやぁ行けるかと思いまして」


 ひょい、とエルルに抱えられた。そのままダッシュで移動開始だ。

 そうなんだよな。流石に反動でしばらく動けないんだよな。なおこれは私もそんな気がしていたし、一応「第一候補」に説明して確認してもらった事でもある。

 まぁだからエルルが控えてくれていた訳だが。思ったより体に力が入らないというか、体が言う事を聞かないというか。これはダメだなというか。実質これ以上なく死力を尽くした直後なんだから、動けない程度で済んだらまだマシなんだろうが。


「数分でも時間を稼げれば、その分だけ脱出の成功率は上がる筈ですが。どんな感じなんでしょうね?」

「うちの奴らも含めて、速度に自信のない奴は何とかして運べるようにしたから大丈夫だろ」


 上下からも響いてくる罅割れの音。その中を、新幹線か? って速度で走っていくエルルだが、たぶんまだ速度は上げられる筈だ。やっぱ【人化】を解いてもらってしがみつい……力が入らないんだった。

 まぁでも、そんな速度で移動していても誰かを追い抜くって事が無いから、たぶん脱出は出来ているんだろう。そして数分とはいえほとんどの召喚者プレイヤーや住民が先行したって事は、足場や道しるべは残されているという事で。

 あ、あった。あれだな。空気の足場を設置して、その縁に灯りの魔法を設置しておくやつ。道のように設置するには時間が足りなかったからか、飛び石みたいに並んでいるが、大丈夫そうだ。


「で、お嬢」

「なんでしょう」

「何かやけにこれの周りが守られてる気がするんだが」

「あー」


 そこを、全く速度を落とさず飛び渡っていくエルル。なのだが、その周りにも灯りの無い空気の足場が設置され、そこにこれでもかと罠系魔法や壁系魔法が設置してあるのがちょっと引っかかったようだ。

 どうやらギリギリ稼いだ数分というのは十分な時間だったようで、まだ先行したらしい人達の姿は見えない。いや今のタイミングで見えたらダメなんだが。


「空間が壊れるところから脱出、ですからね。あの非常に生き汚い魔族の王の執念が残って、妨害してくる可能性とかがありまして」

「……本当に、召喚者のその推測はどこから来てるんだ?」


 実際に妨害があったら、もう本当に執念としか言いようがない訳だが。お約束だから、としか。とりあえず今の所、罅割れの音がすごい以外は何も無いようだが。



 ところでエルル。

 いつもは警戒を兼ねて右手を開ける都合上、片手抱えだろ。



 何で今回に限ってお姫様抱っこ両手前抱きなのかな???

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