第2780話 73枚目:抗う理由

 足りない。まだ足りない。助けられる相手を、まだ助けられていない。そんな状態で諦める訳にはいかない。引き下がれない。

 提示された「ゲート」を無視しておおよそ異界の大神の分霊に視線を固定していると、ぱたり、とその手が落ちた。同時に、恐らく後ろで開いていた「ゲート」が閉じる。

 だけでなく、その小さな姿がぐらりとよろめいた。駆け寄って左腕で抱きとめる。が、特にペナルティとかダメージとかは無いようだ。見た目はこんなだが、やっぱり分類は異界の大神の分霊でいいんだな。


――パキ


 ひび割れる音に顔を上げれば、ほぼ魔族の王の形をした「吞み餓える異界の禍王」……今の名称は違うのかもしれないが。とりあえずこれで通す……を包む、というか、閉じ込めていた灰色に光る球体に、罅が入っていた。

 それは見ている間に数を増していく。なのでまず、抱きとめた分霊を抱え上げて、砦と防壁の屋根を飛び渡る形で反対側の端まで移動した。こちらも作りかけだったので、そこから入って、一番遠いだろう部屋の内、完成していた部屋に寝かせる。

 そしてちょっと考えて、籠手を外して手のひらを傷つけ、旗槍の旗部分、刺繍で縫い付けられた私の紋章に血を吸わせる。しっかりめに。たっぷり魔力を押し込むようにしながら。何故なら、少なくとも数分は奇跡を持たせる必要があるからな。


「偉大なる我らが父祖よ、敵を許さず焼き払い、子を慈しむ懐深き大いなる神よ。どうか力を尽くし切り、身動きも取れぬ魂を、その灯りで照らし、熱で温め、炎でお守りください」


 血を媒体に、たっぷりと魔力を込めた旗槍を、祈りの言葉と共に部屋の床に突き立てた。そっと手を放して様子を見るが……灯りの奇跡は維持されている。大丈夫そうだ。

 よし、と頷いて、すぐに部屋を出て同じ道順でさっきの場所に戻る。移動時間はそう無かった筈だが、それでもだいぶ罅が増えていた。灰色に光る球体、異界の大神の分霊による檻ないし封印は、もういくらも持たないだろう。

 そして解放されたら、最後の足掻きか道連れの特性か、しっかりと溜められた力が攻撃として放たれる。大きさはそのままだし、一応は大神の力をまともに取り込んで制御しようとした相手だ。


「……ま、この急造の砦ぐらいは、綺麗さっぱり消し飛ばせるでしょうね」


 さて、何人があの「ゲート」をくぐる事を選んだのか。

 別動隊にも「ゲート」が出現したとして、脱出したのか。

 あの「ゲート」を見てなおここに留まるのは自殺行為。

 客観視すればこれは干渉不可能なイベントに見えるだろう。

 無用な意地を張った結果、不可逆のロストになる可能性。



 知った事ではないな。



「不細工極まる神モドキ程度が」


 「精霊竜姫の響鉄ベルト」の【セット装備スロット】を起動。銀色一色で手足は私を守る為に硬く重く、けれど基本は柔らかく軽く、少なくとも体部分はドレスとしての形と見栄えを重視していた「精霊竜姫のドレス鎧」が姿を消す。

 代わりに現れるのは白を基調とした装備であり、こちらはドレスの形を模しながらも鎧としての性能が重視されている。関節は複雑に金属板が組み合わされて隙が無く、スカート部分は板金が並び、女性用の鎧は柔らかい曲線を描きつつ外からの力を受け流す事が出来る為、非常に防御性能が高い。

 ただ一点。首元だけは金属鎧としては開いているが。首にかけた鎖の長さを調節し最短の長さにすれば、ちょうど「月燐石のネックレス・寵」が、鎧の縁とぴったり合う形で見えるという訳だ。


「お前如きが手を出せる程、私の大切なものは安くない」


 この鎧を纏った以上、負ける事は許されない。何故ならこの鎧は必ず守る為の戦いに用いられるもので、敗北とはすなわち、守るべき、守ろうとした、守らなくてはならない何かを……守れなかった、という事だからだ。

 そんな事、大失態にもほどがある。そんな無様は見せられない。そんな醜態は晒せない。この鎧に黒星をつけるだなんて、それこそ皇女として以上にあってはならない。

 何よりも。守る神の力を借りて、守る神に誓う。その前提でようやく与えられるのがこの鎧だ。レプリカとか再現とか、関係ない。


「――――私と、私が最も敬愛する神を、舐めるな」


 守れないなんて、あり得ない。

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