第2779話 73枚目:静寂の選択

 ――――ぶつん。


「と、ぉあっ!?」


 気のせい、ではない。明確に、何かが途切れるか、断ち切られる音が聞こえた。

 絶対にそんな事が起こる訳が無いのに、足がもつれてその場で転ぶ。べしゃ、と皇女にあるまじき姿を晒してしまったが、即座にその場で立ち上がっても、何の反応も無かった。

 どころか。


「…………」


 しん、と、静まり返っているその場所は、間違いなく、一瞬前まで浄化の儀式に属する舞を踊り、他の人と一緒に儀式をしていた儀式場だ。旗槍の先端に灯していた灯りの奇跡もそのままだし。

 いつの間にやら、すっかり上がっていた息を宥めつつ周囲の気配を探る。耳を澄ませる。しかし、そこには痛い程の静寂があるだけだった。僅かに聞こえるのは、自分の呼吸の音と、灯りの奇跡の炎が揺れ、空気を焼く音だけだ。

 しっかりと意識して、深く呼吸する。灯りの奇跡の炎が維持できている。領域スキルも展開出来ている。であるなら空気はあるし、その負荷が大したことない以上はまだ「こちらの空間」だ。


「……完全分断、と判断するには、違和感がありますが」


 立ち上がった状態で、旗槍を自分の横に立てて、状態を確認する。手は動く。足も動く。装備にも異常は無い。リソースは、領域スキルと灯りの奇跡を維持する分だけ減っているが、それだけだ。異常も問題も無い。

 メニューは開ける。だが、掲示板は表示できなかった。正確には空白だった。メールもウィスパーも不通。オートマップも、今いる部屋以外は空白に戻っている。

 さて、守るべきか、動くべきか。迷ったところで、「指針のタブレット」から聞こえる着信音。すぐに取り出して画面を見ると……そこには、シンプルな白い矢印が1つ。


「神の力は届いている。少なくとも啓示が届き、奇跡が維持できる程度には。となると、分断されたのはまぁ間違いないとして……分断でほぼ力尽きたのでしょうか」


 予想を言葉にしながら、角度によって向きを変えるその矢印に従って部屋を出る。右手と右肩で旗槍を支え、左手を軽く差し出すようにして「指針のタブレット」を持ち、移動する事しばらく。

 導かれた先が、「吞み餓える異界の禍王」の側の端だったのは予想通りだった。幾重にも重ねられた防壁の一番外側、その更に外側に作りかけの部屋があって、壁に繋げられた天井が、張り出したテラスのようになっていた。

 それが見えるところまで来たところで、白い矢印は一度くるっと回って消えた。目的地に到着した、という事だろう。それを確認して小さく感謝を捧げ、「指針のタブレット」をしまって旗槍を自分の右側に立てる。



 テラスのようになっている先端部分には、散々模られていた形そのままの「吞み餓える異界の禍王」がいた。違いと言えば、その手が力なく降ろされている事だろうか。その大きさは、IFの空間で釣りだ……救出した分霊と同じくらいか。

 そしてその向こう。見上げる形で視線を動かした先、この空間における混ざった姿の「吞み餓える異界の禍王」がいた場所には。恐らくは徘徊する方と呼び分けられていた、ほぼ魔族の王の姿をした「吞み餓える異界の禍王」が、うっすら灰色に光る球体に入っていた。

 ただし。ここまでのバリアと違って、球体の光はチラつき、今にも消えそうだ。一方その中に入っている、突入時に見えていた大きさほぼそのままの「吞み餓える異界の禍王」、その巨大で縦に裂けたような口の奥には、大きな力が溜められている。



 恐らく。恐らくだが、この段階でようやく、本来の世界線における異界の大神の分霊と、魔族の王は、完全に分離出来たのだろう。もはや完全に混ざってしまってどちらか分からない部分、例えばあの巨大な、縦に裂けたような口とか。そういうのはどうにもならなかったようだが。

 見ている間に、おおよそ異界の大神の分霊の方が、僅かにその両手を持ち上げた。その手を巨大な口が届いている胸元に持って行くと、そこから、ふわりと2つの光が漂い出てくる。

 その光は、おおよそ異界の大神の分霊が手を前に伸ばすと、それに押されるようにして私の方へ漂ってきた。左手を伸ばして触れると小さくウィンドウが表示され、ようやく持っていかれていたスキルの全てが揃う。


〈そ、ち……らの。せかい、は……あっち〉


 聞き覚えがあるそれよりも。ノイズが酷く、ぶつ切りで、何よりも圧倒的に軽い。しかし、その声の大きさにしてははっきりと届く声で告げて、震える細い手で私の後ろを示した。

 振り返ると、そこには「ゲート」のような空間の渦がある。いつか「第一候補」が開き、町ごと生贄にされかけた人達を運んだ時のものに近いが、輪郭も揺れているし、その向こうも不透明だ。

 だがまぁ、あれに入れば帰れるのだろう。これと言ってペナルティも無く。間違いのない確実な生還。勝利を収めるだけなら、この、分霊直々の託宣に従えばいい。


「――不足なんですよ、それでは」


 だが。


「足りないんです。異界の大神の分霊、その最後の一欠片」


 ベストを諦めて、自分と仲間の安全を優先できるなら。

 ベターで満足して、小さな犠牲を受け入れられるなら。


あなたが足りない・・・・・・・・。それは、許容できない」


 事ここに至るまで、ここまで徹底的に抗ってきてないんだよな。

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