第2745話 73枚目:脱出と理由

 大きな揺れは、だんだんと間隔が短くなっていった。それが近づいてきているのか狙いが定まっているのかは分からなかったが、その正体が分かるよりも、この部屋の空間が壊れる方が先だったらしい。

 まぁ一部とはいえ灯りの奇跡の炎で燃えている上に、大きな揺れが届くたびに罅が増えて行っていたからな。そりゃそうだろう。なので、バキッ、と致命的な音がした時点で、私はリソース消費量はそのまま、領域スキルを透過状態にして、展開範囲を最大化した。

 確かにクズは私の領域スキルを封じようとしていたし、空間的に繋がりを切る事で奇跡を強制終了させようとしていたが……私が領域スキルの範囲を広げる動きに、勝てる程の出力は無かったらしい。


「は、なん、1回展開した範囲を広げ……っ!?」


 無数の魔法陣が砕けて消える向こうでそんな声を上げていた気もするが、領域スキルの範囲調節は基礎技能だぞ。……いや、そうか。古代だとここまでぐにぐに形を変えるものじゃないのか。

 ともあれ、無事に(?)この部屋の空間は大きな揺れによって壊れた訳だが、何故かそこでさらにこう、ぐっと引き寄せられるような感覚があった。クズも変な声を上げていたので、私だけではなくこの壊れた空間全体が引き寄せられたらしい。

 で、引き寄せられたからにはどこかに辿り着く訳だが、一瞬視界がブラックアウトしてその次に見えたのは、突入前の大部屋だった。おや? 入口に戻されたか?


「お嬢!」

「姫さん!」

「おや2人共。ただいま戻りました」

「呑気な……!」

「こんなところでまで攫われるとか流石に思ってないんだけど!?」


 何故か怒られた。解せぬ。今回私は悪くないじゃないか。

 まぁそれはそれとして、実際何があったか聞いてみたら、まず私がいなくなった事に同時突入した筈のエルルが気付き、即この大部屋に戻って行方不明を確定。いついなくなった(攫われた)かっていうのはどう考えても突入時なので、ここで突入場所の条件の確認が始まったそう。

 で、これも空間を渡る為の転移だって事で、例外条件になっている転移座標を確認。座標そのものは分からなかったが違う空間があるのが確定したところで、「第一候補」が儀式でその空間そのものを揺らしにかかったらしい。

 そして空間が揺れるなんて事になれば、まぁまず私は動くだろうって読みだった。そして実際動きがあったからその動きに合わせて狙いを微調節して、最終的に空間そのものをこっちに引っ張り出したらしい。


「……。大分力業では?」

「このタイミングで違う空間なんてそうはないだろっていうのと、座標の隠され方がここまでで一番厳重だったから、まず元凶の本体がいるだろうって読みだ」

「あぁなるほど」

「それに、ここまで散々逃げられてきてるし、偽物を相手させられたからね。そこにいるのが分かっているなら、ここで捕まえておいた方がいいって判断らしいよ」

「まぁそれはそうですね」


 ちなみに私がのんびりエルルとサーニャに話を聞いているように思えるが、この間も周囲は戦闘準備や引き寄せられたあの部屋の破片の迎撃に忙しい。クズ自身は抵抗しているのかまだ姿が見えないな。

 まぁこの場に渦巻いている力場の強さを考えれば、その内引きずり出されるだろうが。「第一候補」も本気だな。絶対に逃がさないという感じがする。正直同意しかないけど。


「ところで、何で姫さんだったの? 心当たりは多すぎるけど」


 そういえば領域スキルは展開したままだが大丈夫なんだろうか、と意識が「第一候補」の方に向いたところで、サーニャから素朴な疑問が出てきた。あぁうん、まぁそりゃ気になるよな。

 ……はっきり言って、正直に言うとそれはそれで面倒な事になりそうだ。とはいえ誤魔化してもそれはそれで話がこじれそうだし。恐らく今度こそはラスボスの本体だって事で、周りの召喚者プレイヤーも聞き耳を立てている。

 しかし黙っていてもどうせあのクズがこっちに引きずり出されたら、言動そのままなんだからすぐ分かるだろうしな。……ここはエルルにならって(?)眉間にしわを寄せて不快でした、とだけは表明しつつ正直に言っておくか。


「どうやら「あり得ない筈の100点満点な嫁候補」だったらしいですよ。奪う事が大前提の上に奪い尽くせば移動すれば良い、という論外な思考だったので、断固としてお断りしてきましたけど」


 おっと。

 周りの空気が一瞬凍った後、殺気がすごい事に。

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