第2743話 73枚目:明かりがさす

 さて。私がこうして元凶で納得しかなくまたぶん殴るのに一切の遠慮が要らないクズの相手を、私にしては大人しくしているのは、この場が相手の領域であり、私の種族特性を始めとする能力が封じられている可能性が高いからだ。

 という理由もあるが、何よりも時間を稼ぎたかった。時間が無いのは重々承知の上で、恐らく時間を稼げば勝てるというのはクズも一緒だから上手くいっていたのだが。


――――ゴン!!!


 部屋全体が、凄まじく揺れた。だが棚に収められた本や酒瓶は無事だ。という事はこれは、空間的な揺れって事になる。

 どうやらアピールポイントを探していたらしいクズは即座に大量の魔法陣を出して操作し始めるが、私はレイピアを鞘に納めた。そして旗槍をインベントリから出して、魔力を通して旗部分を広げる。

 同時に領域スキルも全力展開。範囲は自分を中心とした半径2mとして球状に、リソースの半分と回復する分をぜんぶ叩き込んで出力を跳ね上げつつ、思いきり息を吸って、


「[風を従え火を司る大いなる我らが父よ

 暗闇を照らし冷気を退け

 害と厄とを焼き祓う

 尽きず燃え続ける炎の欠片を]――」

「げっそれは……っ!」

「――[ここに与え給え]!!」


 ステータスの暴力による超早口で、灯りの奇跡を願った。途中でクズが気付いたようだが、もう遅い。

 ただ。出力重視で領域スキルを全力展開していたといっても、正直通る可能性は低いと思っていた。だって相手の領域の、一番力が強い部分だろうからな。ただし神の奇跡を願う事は、神の力を呼び込む儀式だ。通らなかったとしても、少しは空間を揺らす事が出来るのでは、と思った。

 何よりティフォン様の奇跡を願い、その力がこちらへ向かうのなら。「第一候補」は当然として、『勇者』であるエルルとサーニャは気付くだろう。そう。指針の1つになれば、という意図もあった。


ゴウッッ!!

「っちぃ、古臭いだけが取り柄の怪物、が、あっちぃ!?」


 のだが。領域スキルの強度を上げる為につぎ込んだ為、各リソースは半分になっていた。そこから更に数割持っていかれたので軽く血を吐く事になったが、それでも、私の眼前に灯りの奇跡は実現した。

 クズがノータイムで罵倒して熱を強く浴びているが、奇跡が顕現したのであればこちらのものだ。即座に旗槍の先端にその炎を移して、手持ちで一番良いポーションを飲み干す。領域スキルにつぎ込むリソースも、回復力が僅かに残る程度に減らした。

 領域スキルの維持と灯りの奇跡の維持で少しずつ魔力が減っていくが、まぁこの程度なら問題ない。流石ティフォン様。敵を許さぬ権能も当然ながら、今この状況ですら奇跡を起こしてくれるとか、本当に姿同様器のでっかいイケオジだな!


「お前は知らないかもしれませんが、御使族から神の敵だと正式に認定されているのですよ。そんな邪悪を、我らが父祖が見逃す訳も無ければ、赦す訳も無いでしょう……!」

「はぁ? 神の敵認定? 何で? 生きるために生きる事が罪なら、神の敵じゃない命何か1つも無いだろうが?」


 そんな気はしたが、本当に心底不思議そうだな。なお強い熱は向けられたが、流石自分の領域の中でも特に力が強い部分だというべきか。ギリギリ服の端を自ら切り離す事で、火だるまになるのは避けられたらしい。

 ちなみに今も大量の魔法陣を出して、私を囲もうとしている。領域スキルの外側は魔法陣でびっしりだ。たぶん空間的に隔離しようとしてるんだろう。

 が。


「くっ、このっ、何で灯りの癖にっ、放火魔の方がまだマシじゃんかもうこれだから古臭いだけの老害はっつい! なぁ嫁候補それ引っ込めて!」

「絶対に嫌です。お前を消し炭も残さず焼くまで、なんなら火の勢いを強めていきます」

「何で!? 何でそこまで嫁候補に嫌われる!? 大事にするって言ってるのに!?」

「お前の提示した全ての手段が不愉快です」

「何でぇ!? 興味が無いのはまぁそんなもんかもだけど不愉快なんて事ある!?」


 何でっていうか、そういう所だよ。

 つーかいい加減嫁候補って言うの止めろ。こっちはお前みたいなのに気に入られたって時点で最悪な気分なんだから。

 ……ほんとマジでこのまま燃えてくれないかな。ラスボス戦としてはちょっと消化不良になるかも知れないが。

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