第2692話 73枚目:急転

 ゲートの維持に手一杯と言っても、まぁ間違いなくあの隠し部屋から異界の大神の分霊が連れ出されたことは把握しているだろう。そこは、少なくとも召喚者プレイヤー陣営は誰も油断していなかった。

 では連合軍はというと、まぁこちらも、当時の感覚では油断しているとは言えないだろう。何しろ司令部によって、城の中を探索して見つかった諸々は、城が封鎖されるまでは逐一連合軍に共有されていたのだから。

 だからそれは、気の緩みとか油断とか、そういうものじゃなかった筈だ。


〈――尽きる〉


 掃除機でもそんなスピードは出せないぞって勢いで出される食べ物を次々食べていた異界の大神の分霊が、ふと顔を上げて呟いた。これも弱っているからかそれとも何かしら力加減が出来るようになったからか、その声には、私が以前神域で聞いた時ほどの重さは無かった。

 だが欠片であっても大神の言葉だ。声が聞こえるすなわち託宣であるという前提だからか、少なくともその場にいた全員にその声は届いた。後で聞いたところによるとゲートの部屋で戦っていた召喚者プレイヤー陣営の全員にも聞こえていたらしい。

 何が、とか、どこで、とかが省かれた最低限の言葉。事実か変化を示すそれ。しかし、それに該当するものはそう多くない。


「――――撤退開始!!!」


 そして最初に思い至ったらしい司令部の人、元『本の虫』組で第一陣の検証班を兼ねる人が、声を張り上げた。瞬間、弾かれたように全員が動き出す。

 協力しながら調理道具を片付け、調理しかけのものは中断して保存して一ヵ所にまとめ、装備を戦闘用の物に切り替えて、準備が出来た人から外へと飛び出した。

 私は一ヵ所にまとめられた食材をインベントリへ放り込み、背負い紐を出して手早く異界の大神の分霊を自分に括り付ける。もとい抱え込む。それでもなおもぐもぐと口を動かしている分霊には、しっかりとお菓子を補充し直しておいたお菓子籠を抱えさせた。


「防御しろ――――っ!!」


 そのタイミングで、ゲートのある部屋で戦っていた筈の人達が、恐らくは全速力で飛び出して来た。

 その第一声がそれだったものだから、私もインベントリから旗槍を出してその場に立てた。ばさりと旗部分が翻ると同時に、エルルはもちろん、殿を務めてなお全員を追い越して来たサーニャもその前に並び、



 一瞬、世界が消えたのかと思った。



 ――ぱん、と小さな音が鳴った。それで目を開き、目を開いたという事で目を閉じていたという事を自覚する。

 しかし次の瞬間に分かるのは、全身に走る痛みだ。いや痛いマジで痛い! ちょ、私どうなった!? 生きてるか!? いや痛いから生きてるな!?

 だが、今回ばかりはそれだけの負傷をしても「そんな事」だ。脇へ避けるというより放り出すのも致し方なし。一体何が起きた!?


「…………な」


 おそらくここまで1秒とかかっていない。ステータスの暴力って思考速度も上がるらしいというか、恐らく限定的に時間加速がかかる事でステータス差をつける仕様になっている。周りと比べて速くなってるのは変わらないのでその仕様はまぁいいとして。

 まず正面。確かにそこに、重苦しい程の存在感を放って鎮座していた筈のまお……城が、消えていた。深いクレーターがそこにあるので、まぁ、恐らく、何かしらの爆発で消し飛んだんだろう。

 ついで、やや手前。僅かに地面が高いというか本来の高さに近くなっている場所がちらほらある。そしてそのまま自分の手前まで視線を戻すと。


「っ、エルル、サーニャ!」


 ぼた、と、液体の落ちる音が聞こえた。2人共、さっきの直前と同じ位置で、武器を支えに辛うじて立っている状態だ。呼吸はしているが、血が止まらない。おかしい。2人だって竜族の『勇者』で鍛錬を欠かしていない。回復力は十分高い筈だ。

 いや私が意識を取り戻してから数秒と経っていないから、間違っては無いのかもしれないが。というか恐らく私も似たような状態になっているが。だってずっと全身がまんべんなく痛い。

 そしてそこでようやく、右腕1本で旗槍を支え切った理由。左腕で抱え込み、恐らく反射的に一番守った存在を思い出す。流石に楽に抱えられるとは言わないが、それでもまだ抱えて守れる大きさの相手。


〈…………〉

「良かった、無事で、何よりです」


 異界の大神の分霊は、こちらはついさっき持ち上げたばかりのような手を降ろしてお菓子籠を抱え込み、しかし灰色の目で私を見上げていた。というか恐らくさっきの、私が意識を戻すきっかけになった音。あれは分霊が柏手を打ったのだろう。

 ここで改めて領域スキルを確認。私がボロボロだからか、出力は通常発動状態まで下がっているようだ。……あ、なるほど。防御、と叫ぶ声が聞こえたから、そういえば全力展開したな。リソースの大半を突っ込んで。エルルとサーニャに守られて、なお瀕死になる筈だ。

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