第2664話 73枚目:ようやくの原因

 神の力が全力で顕現した部屋では、普通に耐えて行動できる私の方が特例だ。なので即座に、邪神かその眷属の力から解放された4人を結界で包み直し、さっさと部屋の外へ連れて行く。

 ようやくまともに姿が見えたが、女性の方の護衛は同じく女性だった。ちゃんと革鎧を身につけて剣を帯びているので、護衛ではあるのだろう。とはいえ、流石にあの部屋では耐えきれずに気絶してしまっているが。

 でもまぁ、たぶん気絶している方が楽だ。何せ私には聞こえているからな。こう、声にならない叫びというか、断末魔に近いけどもうちょっと長引く感じのあれが。


「あれっ、使いの嬢ちゃんじゃねぇか」

「工場長がなんかしてるのは分かるが、どうした?」

「いやぁちょっとややこしい状態になってまして……とりあえず、あのお茶をもう一回用意して、起きたら飲ませて貰えます?」

「まぁそんぐらいならいいけどよ……」


 で、先に退室(避難)していた職人さんが待機している部屋へ移動して、気絶している4人を任せる。浄化の力がしっかり込められたお茶も飲んでいたし、そもそも彼ら自身に邪神の力があればナージュは気付いているだろう。魔視でも、あの苔と錆を混ぜたような色は欠片も見当たらないし。

 つまり、現在のこの4人は安全であり、要救助対象で防衛対象だ。いやーほんとギリギリだが間に合って良かったな。あの場所で邪神かその眷属による被害が出てたら、ナージュにどれだけダメージが入ってた事か。

 はー危ない。とそれでも息を吐いていたんだが……ここで、これは恐らく私だけに知覚できるだろう振動が伝わって来た。


「では私は周辺警戒に行ってきます。仕掛けられましたので、ここから畳みかけられるかもしれません」

「何か出来る事あるか?」

「その4人のフォローをお願いします。何せ直接神としての圧を受けた上にあの部屋全体に全力で力を展開する事になって、それをもろに浴びてますから」

「あぁ、工場長の本気か。あれきっついんだよなぁ……」


 熟練組から同席担当に選ばれた職人さんが確認してくれたので、それに応えて部屋を出る。そのまま近くの窓から外に出て、工場の屋根の上まで移動した。

 何の振動かって言うと、封印魔法を内側から叩かれるものだ。そう。ナージュの本体に一度組み込まれ、慌てて影響が出ている範囲を取り外した、あの細工された歯車だ。あのまま封印魔法の箱の中に入れっぱなしだからな。

 それが内側から叩かれている。つまり内側で動いている。と言う事は。


「ま、来ますよね」


 歩いてもそう掛からない距離にある町をしっかり見たのはこれが初めてだが、夕日が山の稜線に半分近く沈んでいる中で見る光景はなかなかに風情があった。

 だが問題はその中のところどころが、苔と錆を混ぜたような色に染まっている事。そしてその色に塗り潰されたような建物から、布が風であおられて浮くように、苔と錆を混ぜたような色の塊がこっちへ飛んでくるって事だ。

 それをしっかり目視してから魔視の強度を下げてみたところ、その部分が若干不自然だった。歪んでいるというか光の反射がおかしいというか。


「……透明なビニールか、光学系の迷彩になるんでしょうか」


 たぶんそんな感じだろう。そうだな。触れたものを組み替え歯車にしてしまうのは恐らくナージュの力だ。では、魅了によってその姿を違うものに見せた能力は? となる。

 それが恐らく、名前の無い邪神の眷属の力だったんだ。幻惑、幻覚。見た目を偽る能力。偽りを被せて包み込み、その内のものの命を知らずに握って、そのまま操るもの。


「通常視界でも見えなくはありませんし、あれが眷属本体だったら楽なんですけどね。決着がつくって意味で」


 とりあえず、進路上に空気の足場を設置して、そこに捕縛系魔法や罠系魔法を設置してみるか。それこそ「伸び拡がる模造の空間」のように、ぎゅっと巻き取れたら後の封印と持ち運びが楽になる。

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