第2663話 73枚目:見えてるが見えない

 何故封印魔法では無かったのかと言えば、邪神の眷属及び眷属との契約者は、封印魔法の中でも動くことが分かっているからだ。

 何故防御魔法だったのかと言えば、私がとっさに出せる内で最速かつ「単体対象」の魔法だったからだ。

 そして何故座って対面していた男性に対して発動したかと言えば


「[シールド]! [シールド]、[シールド]!」


 塗り潰すような色。邪神の眷属の力を示すそれが、座っていた2人と後ろに立っていた2人。合計4人の人間を、ムースルイユという工場で働いている「だけ」の人間を、文字通りに「包み込んでいる」事に気付いたからだ。

 既に初級魔法のクールタイムなんて無いも同然だ。それでも私の認識だと一瞬はクールタイムがある為、最大限集中して連打する。あぁ良かった。本当に良かった。ギリギリだ。ギリギリ何とか、それこそ針の穴のようなものだったが


「浄化の力を込めたお茶と神の圧で、ギリギリ通せる隙間が開いていて良かった……!」


 中身であるところの、ただの人間である4人を目視できることが出来た。目視さえできれば、単体対象の魔法は正しく発動する。たとえ既に包み込まれる形であっても、その力が牙をむいたら中身の人間を守る事が出来る。

 もちろん神の力相手でただの防御魔法なんて時間稼ぎにすらならない。ついでに言えば雑巾を絞るような形で牙をむいたその力は、もう一度かけ直す隙間をきっちり埋めている。意味などない、と、嘲笑われてもおかしくない。

 が。


〈――そういう事か〉


 ここは。長く生きてきて、長く生きられるだけの力と信仰基盤を保ち続けた、一角の神の領域であり、御前だぞ。


〈なるほどなぁ。おかしい筈だ。こんだけ邪神の力があるなら契約してなきゃおかしい。んでもって、契約してるんならそもそも俺の領域内に入ってこれる訳がねぇんだよ。性根で弾くぐらいの守りは張ってあるからな〉


 椅子に座ったまま腕を組んでいるナージュ。通常視界では特に何をしているようにも見えないのだが。


〈憑依でもねぇ。まして契約でもなければ力を貸し与えた訳でもねぇ。本人の知らない祝福か、いっそ単純な命令だけ入れた使いみたいなもんか? たとえそこに力があると分かっても、キレイに重なってりゃその人間が持ってる力だと思うし、人間を警戒するわなぁ〉


 魔視でみれば、一目瞭然。

 ……部屋は既に、一部の隙間もない程、鉄色の力で満ち溢れていた。


〈そんで、万一その違いに気付いて、人間じゃなくて力だけを警戒するんなら、即座に人間を潰しちまえばそっから先は辿れなくなる。使う力も普通の加護や祝福に比べて少なく済んで、しかし効果的には似たようなもんと。いやぁ、よく考えたもんだ。感心感心〉


 しかもその鉄色の力は、よく見れば極細の鎖を模っていた。

 お茶による浄化の力で浮いた分と、ナージュの圧で緩んだ分。そしてそこにねじ込まれた私の防御魔法の分だけ空いた隙間を通す形で、人間を避けて力だけを締め上げている。


〈――まぁ、赦さねぇがな。テメェはどこの誰で、どこから高みの見物をしながら、どうやって人間を玩んでんのか、教えてもらおうか。あぁ、喋る必要はないぜ。俺は確かに作る事が主な権能で司ってる領分だが〉


 ギリギリギリ、と引き絞る音は、通常視界のナージュの後ろから。鉄色の力で模られた歯車によって、極細の鎖が巻き取られていく。

 鎖が巻き取られるという事は、その鎖で締め上げられている、細長い布にも見えるような苔と錆を混ぜたような色の力も引っ張られる、という事で。


〈作るっていうのは知ってなきゃいかん。そんで知る為には壊す必要があってなぁ。うちの奴らは荒っぽいのもあって、俺は、壊すのも割に得意なんだぜ?〉


 にぃ、と、凄絶な笑みを見せたナージュの前で。実に繊細な力業によって、邪神の力は引き剥がされていった。

 ……クレーンで吊るされてこれから解体されるマグロに見えたのは秘密だ。たぶん大体合ってるし。

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