第2662話 73枚目:来客問答

 絶賛ナージュの「神として」の圧を正面から受けている4人は、契約していると言っても素の能力は人間のままなのか、それともほぼ完全回復したナージュが強すぎるのか、文字通り縛り上げられたようになって動けないようだ。

 そうやって動けない間に、そろ、とまず熟練組の職人さんが席を立ってナージュの後ろから回りこみ、若手組の職人さんを立たせる。そして2人揃って、そろ、そろ、と部屋の出口へ向かっていった。

 そして出口に辿り着いたところで、私に向かって軽く手を上げる。私はそれに対して、しっかり親指を立てておいた。


「(後頼んだ!)」

「(任されました)」


 ぐらいの意味だな。実際どうにか出来るのかって? …………自重はすると思うし、本体を傷つける事は無いだろうし、ほら、私は守る事は得意だから。(目逸らし)

 さて正面から圧を受けている4人だ。私には相変わらずほとんど黒に近い苔と錆を混ぜたような色で塗り潰されているようにしか見えないんだが、ナージュから「妙な動きをしたら封印しろ」といわれている。

 だからサイズ別なだけで強度は変わらない封印魔法を複数待機させているし、いつでも発動できるように魔視の強度を下げていない訳だ。もちろん本体だけではなく、力だけを動かすという形にも対応できるように、横に移動してきたんだし。


「……な、何を、おっしゃられて、いるのか、分かりません」

〈ほーう? この期に及んでシラを切るかよ〉

「本当、に、分かりません……中空の、歯車、とは。何の、事、でしょうか……?」


 厳戒態勢、と言える状態で、ようやく主となって対応していた男性が口を開いた。らしい。だってみえないからな。顔色も見えないって事は、脂汗をだらだらかいてても分からないって事だし。

 ただまぁ私としても、ここまで来て普通の人間のふりをするとは思わなかった。いやだって完全に塗り潰されているからな。これで普通の人間ですって言うのは無理があるだろう。何がしか影響は出ている筈だ。

 ……と、その主張を、ここまでの状況を見る限りなら一蹴するべきなんだが。


「私には顔色が見えませんが、少なくともお茶を飲んだのなら、その効果は発揮されていなければおかしい筈ですよね? それこそ、塩水を飲んだら私が見えるようになったのと同じく」


 しっかりと警戒は続けたまま、4人には聞こえないのを前提として、ナージュにだけ届く声を出す。そうなんだよな。世間話から商談をして、にこやかに会話していたこのテーブルには、3人分と2人分のお茶のカップが出ている。

 そしてそのカップの中身は、「潮風結晶」で浄化の力を付けた水で、私が持ち込んだ浄化の力を持つハーブを煮出したハーブティーだ。これほどまでに推定名前の無い邪神かその眷属の力で塗り潰されているなら、少なくとも飲んだ瞬間に苦しむぐらいはしていないとおかしい。

 だから、否定できないんだよな。本当に分からない、という、その言葉を。浄化の力たっぷりのお茶を飲んで普通にしている、その様子を見る限り。どういう事だ、とは思うが。


「まぁもっとも、後ろに立ったまま動きの無い2人については分かりませんけど。とりあえず力が床や壁に伸びたりはしていません」


 圧をかける様子を変える事のないナージュだが、ここで様子を変えれば「何か」いるのが分かってしまう。だから一切圧を揺らすことなくじっと、恐らくは酷い顔をしているのだろう対面の男性を見ている。

 1秒、2秒と時間が過ぎていき……ふっと、ナージュの圧が緩んだ。


〈っち、ここまで耐えたら無下に出来ねぇじゃねーか〉

「は……」

〈けど歯車が中空で、中に邪神の力が詰め込まれてたのは本当だぜ。なんなら証拠もある。ついでに、塩にも随分邪神の力が染み込んでたがどういう事だ?〉

「塩? 塩……あぁ、数年前から、卸させて頂いている……あれに、邪神の力が……?」


 溺れかけたところでギリギリ水面に顔を出せた、という風に、ぜいはあと大きく息をする推定男性。隣と恐らく女性も、一度ガクッと前に倒れかけてから何とか体を起こそうとしている。

 その後ろに立っていた2人も咳き込んでいるし、ふらつくように動いているから、圧を平然と受けていたって訳でも無さそうだ。となるとマジで、あのべったりと塗り潰されたようにみえる色というか力は何なんだって話だな。

 歯車の中に封入されていたのと同じ、黒に見える程に濃い苔と錆を混ぜたような色だ。それは間違いない。だが魔視の強度を下げても全体が同じように薄くなるから、どこかに発生源があるって訳でも無さそうだし……。


「――[シールド]!」


 なんて思った瞬間。

 私はとっさに、どうにか呼吸を整えていた男性に対して、防御魔法を発動した。

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