第2661話 73枚目:来客対応

 さて工場の稼働が終わり、ナージュの手が空いたタイミングでの来客はどこの人かと言うと、ムースルイユという別工場の営業らしい。うん。聞いたことのある名前だな?

 ナージュの工場が機械も使うものの基本的に職人の手作りで、精度や緻密さを売りとする金属製品を作るところであるのに対して、ムースルイユという工場は、既にあるものをセットにしたり調節したりニーズに合わせて加工するところであるようだ。

 工場が本体である神のナージュだが、流石に大きさが大きさだし普通の仕事もある。だから一部重要な部品以外は外注する事もあり、その外注先の内一番新しいのがこのムースルイユとの事だった。


「(なるほど、だから最初が塩だった訳か)」


 まぁそういう工場なので、当然食品も扱っている。その中には調味料も入っていて、すなわちあの汚染されきった塩を売ったのがこのムースルイユという工場だったらしい。工場と言うか会社と言うか。小分けにして湿気対策を付け加えたのはここらしいから工場でいいのか。

 その後しばらく様子を見て、次は製品の材料である金属を。その次は工場内部の機械の修理部品を。そして半年前から工場そのもの、神の本体に組み込む部品を注文し始めたらしい。

 なお、その結果はここまで色々調べた結果の通りだったので……もちろんその話を聞いた後で、すぐに工場内の機械も可能な限り確認したが、そちらは大丈夫だった。製品の在庫はほぼ無かったが、ストックしてある素材も確認している。


「(正直、門の所でみた時は思わず吹っ飛ばしそうになったからな)」


 何しろ私からすれば、明らかにヤバイ色で塗り潰された人型の何かだ。すぐに職人の人がにこやかに出迎える声をかけてなければ、塵も残らない威力の魔法を叩き込んでいたよ。

 いやまぁ一応、最初の声掛けは聞こえていたし、それは普通の声だったから、なるほどこれが来客だなと思ってまず様子を見たんだが、危なかった。突然の神罰執行を止めてなければやらかすところだった。

 もちろん彼らは4人とも私が見えていないし声も聞こえていないので、遠慮なくナージュと2人の職人さんには完全にアウトだという事を伝えている。異常が色に見えるというのは伝えている上で、塗り潰されて表情も見えない人型の何かにしかみえないってな。


「(まーだからナージュが静かにピリピリしてるのは私のせいでもあるんだが)」


 なので、にこやかに世間話から商談へ移行したところで、警戒度は最大のままだ。この辺の腹芸と言うか、警戒を隠して友好的な態度で接するのは流石だな。私はちょっと自信がない。

 さて私がそんな事を考えつつ部屋の隅で商談の様子を見ていると、背後で極小さく、カタン、と音が鳴った。これは工場が本体であるナージュだからこその合図だ。準備完了及び警戒しろ、と。

 なので私はすすすっと壁沿いに移動して、2人と1柱及び2人と2人が対面しているテーブルの角度的な横に立った。既に【無音詠唱】で魔法はストックしてあるので大丈夫だ。


「それでは、歯車の調子は良いと。ようございました」

〈おうよ。いやぁ驚いたぜ。まさか中空で神の力を込めてても強度が変わらないなんざなぁ〉

「……、は?」

〈重さも大きさも他と変わらなかったから、大した技術だ。入ってた力の量も結構なもんだったし、力を入れないと開かないが、ちょっとでも加減を間違えたら一気に開いちまうぐらいの締まり方だったしなぁ?〉

「いえ、あの、何の……?」


 はっはっは、と、ここまでの穏やかで友好的な態度のまま、ナージュが歯車の秘密をさらっと口にした。私は魔視の強度を下げていないのでその表情は塗り潰され、見えていない。だが口調からするに、驚いているのだろうか。

 魔視の強度を下げていないのは、その力で余計な事をしていないか確認する為。ナージュも真っ当に戻った以上は認識できているのだろうが、流石に会話しながら見えない部分で動かされると分からないらしいし。

 とりあえず今の所そんな様子は無いな、と思いつつ文字通り横から様子を見ている目の前で、すっとナージュの空気が変わった。


〈いやぁすっかり騙されたもんだ。どうして気付かなかったのか、自分で自分を殴りてぇ。――随分と具合が良さそうだな。邪神と契約して手に入れた力はよ?〉


 おーわ、怖い怖い。相手が分かってるからこの瞬間に神罰執行はしないものの、圧がすごい。……若手組の職人さん、相手じゃなくってナージュに対してすごいビビってるけど大丈夫だろうか。

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