第2656話 73枚目:対処副産物

 普通の水やお掃除魔法ではどうにもならなかったので、水を入れても大丈夫な桶を別の人に持ってきてもらって、そこに水と塩を入れてよく混ぜた後、「潮風結晶」を浮かべた。

 私が見えていない職人の人はどこからともなく色々出てくる様子に「!?」って感じだったし、塩を取り出した時はナージュもぎょっとしていたが、そのまま使う訳じゃないから大丈夫。

 わざわざ塩水を作ってから「潮風結晶」を使ったのは、これで分離する事で塩にも浄化の力がつくからだ。歯車に直接使う訳にはいかないが、口の中まで魔視でないと見えない黒い粉にまみれた職人の人には必要だろう。


〈おいおい待て待て、塩をそのまま使おうとすんな! 防水布もってこい!〉

「う、うす!」


 塩が結晶化して出てきて、そこに浄化の力があるのは分かったのだろう。で、それを使うのが良く分からないものにまみれた職人の人っていうのも分かったところで、ナージュは桶を持ってきてくれた人に追加指示を出していた。

 塩水にして飲ませようと思ったんだが、まぁ頭から振りかけた方が確実だよな。そしてこちらでも塩で清めるというのは比較的一般的な事だったらしく、ナージュに言われた通り歯車を開けた姿勢のまま動いてなかった職人の人の顔色が悪くなった。

 まぁ私はその顔色の変化は、魔視の強度を下げなきゃ分からないんだけどな。何せ真っ黒だから。炭の粉でも被ったみたいだ。もちろん、もっと悪い物なんだろうが。


「あの、工場長、俺、一体……」

〈あーあー大丈夫だ。ちょっと泥被ったみてぇなもんだから大人しくしてろ〉

「泥……?」


 みたいな会話の後に、一旦塩の結晶を避けて浄化の力が付与された水だけを霧吹きに移し、しゅっしゅと歯車を開けた職人の人に振りかける。勝手に霧吹きが動いて水を吹きかけてるように見えるんだろうなと思いながら吹き終わり、別のコップを取り出して塩の結晶を少し削って水と混ぜた。

 で、それをナージュの翻訳の下飲んでもらう。……何かやけに腰が引けていたが、作ってるところは見てただろうに。ただの塩水だよ。浄化の力はあるけど。

 手に持っていた中空の歯車も霧吹きで綺麗にしたが、一応封印魔法の箱に入れている。とりあえず見た感じただの中空で、何か印や魔法陣は無いんだが、まぁ一応だ。


「……? あれ、工場長いつの間にお客さんなんか呼んだんすか」

〈あ?〉

「え、いやだって、さっきまでいませんでしたよね……? その、お綺麗なドレスのお嬢様」

〈……。髪も目も、その服の全部が銀色の、俺よりちょい背の高ぇやつだな?〉

「うす。てか工場長、こんなどこぞの高貴なお嬢様にやつはやべぇっすよ」


 …………。

 ん?

 塩水を飲んだ途端に、と、いう事は……?


「……ナージュさん。とりあえず私は塩水をピッチャーで作るので、作業を止めない程度に全員呼んで飲ませてもらえます?」

〈おう。その後は職人用の食堂に案内すっから確認頼むわ。とりあえずお前な〉

「えっ、俺も?」

「あれ? え、工場長? 飯がどうかしたんすか?」


 おろ、と目に見えてうろたえだした職人の人だが、私の確認に素直に反応したあたり、ナージュは同じ予想をしたようだ。

 すなわち、職人の人達の、ある種の汚染は既に大分進んでいたという事。それも体内から。そしてその条件なら、工場の敷地内に住んでいる人までその様子であれば、全員に影響を与えられるのは食事ぐらいだろうという事も。

 しかしまぁ何というか、前回のメーネの時も大概だったが、ちょっと下準備が周到にすぎないか。いやまぁ、目的はともかくナージュをどうこうしようと思えば職人の人達に影響するのが確実だし、方針自体は間違ってないというか非常に妥当なんだが。

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