第2624話 73枚目:緊急対処

 そこからしばらく周りを見て回りつつ、こっそり初期回復魔法を使ったりなんかしながら会話に耳を澄ませてみた結果、どうやらこの街は10日前からあの分離と合体を繰り返す何かに襲われているようだ。

 どうやらあの何か、ゾンビっぽい見た目通りに非常にしぶとく、なおかつあの分離と合体を繰り返す特性で、全体のダメージ管理が上手いらしい。自己回復能力も高く、じわじわこちらを弱らせたところに合体して大型になり、防衛網を食い破ってくるんだそうだ。

 この教会のような建物、大神の神殿は元々神官が多く、回復薬や包帯、毛布などの備蓄もある。他にも似たような場所はいくつかあって、とりあえず今の所耐えられているようだが、どこかが落とされたらその分の敵が集中する。そうなったら持たないのでは、と、言うのが戦っている人たちの考えらしい。


「まぁ、厳しいですよねぇ……」


 なお今この場所は神殿と言う事で、怪我人の数が一番多いらしい。ゾンビのお決まりで動きと感知力はさほどでもないらしく、怪我を治した人が固まって突破するだけなら何とかなり、それで他の場所とある程度連携できているようだ。

 とはいえ、このままでは持たないのも確か。何せ薬も無限にある訳では無いし、内部の状態を見る限り収容人数も上限を超えている。10日もあの、縦だけでなく横にも合体して巨大化するゾンビワーム? の相手をしているんなら、最初から治療所として動いているこの神殿の人達もかなり限界が近いだろう。

 とはいえ。


「まぁ、この状態で穏便に目立たないように、なんて、言ってられませんよね」


 と言う事で、教会の屋根の上に移動。前と後ろに建物が分かれていて、そこを短い屋根付きの通路でつないでいるという形をしている神殿の、屋根の間に着地した。うん、幽霊状態でも建物はすり抜けないな。

 で、インベントリから旗槍を取り出す。いやほら、あんまり良くないかなとは思ってたんだ。何せこの旗槍、旗部分に、私のシンボルが描かれてるからさ。異世界の皇族のシンボルマークと言っても、この世界からすれば異世界の異物でしかないし。

 まぁだが、今この状況は、手段を選んでいる場合じゃない。なので。


「出力は最低限、供給能力の方も死なない事を優先して、受け手の1割回復に留めておきましょう。敵味方識別はこの世界の大神に対するものに設定すれば誤発動は無い筈ですし……よし、設定完了。【調律領域】最大範囲で展開開始」


 魔力を通して旗部分を広げ、ばさ、と一度回すように振ってから自分の前に立てて、ここまでずっとOFFにしていた領域スキルを、発動した。

 魔視の強度を上げておいたので、私を中心にぶわっと銀色が広がっていくのが見えた。そして、鍋の焦げ付きのような色が次々消えていくのも見える。黒かと言うとちょっと違うというか、印象がな。油の浮いた泥よりマシか。

 【調律領域】による、敵認定した相手へのデバフ押しつけは、最低出力であってもまぁ酷いからな。……あれ? ちょっと待て。もしかしてデバフの押し付けも「マイナスの回復」としてカウントされて、ワタメミの加護である「授受増幅」が発動してる……?


「と言う事は、回復強化のマイナスによるスリップダメージも3割増しになっている……?」


 え? 酷い。待って酷い。いや私のステータス上昇と回復量の増加でも大概酷かったのに、そこまで適用範囲が広がったら、いや、あの、ただでさえ元からぶっ壊れだった【調律領域】が、こう、アカン領域に踏み込む気がするぞ!?

 いや……っ! これは流石に想定外だが!? 確かに私は戦う必要もあると言ったが、だからと言って情けがいらないという訳じゃなくてだな!? いやいらない奴もいるが、それはそれとしてオーバーキルはどうかって話でさ!?

 ワタメミ! ワタメミ!? ちょっとこれ流石に酷いと思うんだが!?

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