第2593話 73枚目:未遂予定

 私の言葉に安心してくれたのか、それとも音の鳴らなくなった壁で信じてくれたのか。やはりこの街を代表する一族ではあるらしく、アレリーはきゅっと手を握って覚悟を決めると、早速着替え始めてくれた。

 その間に私は念の為、反対側の壁にも防御魔法をかけておく。しかし気配がおかしいな、と思ってよくよく確認してみたら、どうやら扉の前から体の一部を伸ばし、隣の部屋に侵入した形になるようだ。

 と言う事は既に高確率で人の形をしていない筈だよな? と思っている間にアレリーが着替え終わったらしい。ちゃんと白い日傘と白い石も持って、後は階段の所で靴だけ外履きに履き替えれば大丈夫そうだ。


「――そっ、くそっ! どうして! どうして上手くいかない、あと一歩だったのに!」


 そのタイミングで一応、様子を探る為に扉の、音を遮断する魔法を解除してみたんだが……うん。何というか、正体を隠す気が無いな。もちろん、周りに誰もいないっていう前提なんだろうけど。

 ただ声がなぁ。弟子占い師のままなんだよなぁ。私は知っていたので納得しかないが、アレリーの顔色が。ガンガンゴンゴン、扉を叩き続ける音も一緒に聞こえてるんだが、ちゃんと聞こえる辺りいっそ悪意があると思う。


「音、遮断しますか?」

「……いいえ。もう少し、聞くわ」


 うーん。この辺の覚悟の決まり具合は本当大人も見習ってほしい。特に組織を腐らせていた一部の人間。見ろよ、この上に立つ者として、ここで逃げてはいけないって判断を下して実行する胆力。どんなに辛い情報であっても、踏み止まり自分の目と耳で受け取って判断するって覚悟。

 まぁこの後の、敵側の行動予定を知るチャンスだから私も聞けるなら聞くのだが。アレリーを連れ出すのは予定通りだったとして、どこに連れて行くつもりだったんだ?


「……、え?」

「あー……」

「使いの方、もしかして、知っていたの?」

「……朝方に、真っ先に様子を見に行きましたからね」


 上手くいかない事に対する罵倒で過剰装飾されていたが、どうやらアレリーを部屋から連れ出した後は、白い岩山の神がいるあの洞窟に連れて行く予定だったらしい。まぁ、そうだな。あそこは避難所も兼ねていたようだから。

 ただしあの場所にいる神は既に力尽きている。力尽きてなおその場に神の力場が残っていたらしく、それもようやく染め上げられたのに何故、って言ってたからな。

 で。神が力尽きている上に力場的に染め上げられた場所に、安全だと思っているアレリー及び次代の岩山の神である白い石を連れて行ったら、どうなるか。


「まぁその元凶は厳重に封印してその場から切り離しておいたので、ギリギリ完全に染まり切ってはいない筈ですが」

「あ、ら? そうなの?」

「それでも相手の力の強度はすごかったので、私は平気でしたが、アレリーは厳しいでしょうね。行かない方がいいです」

「そう……それなら、仕方ないわね」


 いやー、朝一番で見に行って封印しておいて良かったよな。これ、先にアレリーと接触してそこからずっと一緒に居たら、止められないぞ。流石にアレリーと合流してからは他の場所に行ってる時間が無かったからな。

 ただこうやって主に罵声を叫んでいるのを聞く限り、この弟子占い師の方が端末というか、使いというか、本体じゃないって判断していいようだ。……あれか? もしかして占い師になる為に契約を交わした感じか? 最終的に何もかもを失う罠だった訳だが。

 まぁでも、聞ける内容はこんなもんかな。と思ったところで脱出に動く。具体的にはアレリーにカーテンと窓を開けてもらって、私が空気の足場(色付き)と灯りを設置して、お屋敷の外を経由して階段の窓へ続く通路を作った。


「まぁ、素敵! 空を歩いているみたい!」

「お父様やメイド達の心臓には悪いので、これっきりにして下さいね」

「そうかしら。お父様にもやってもらえばきっと楽しいと思うのだけど」


 弟子占い師の裏切り……では無いな。正体が判明して気落ちしていたアレリーの気分がちょっとでも戻ったのなら良かった。

 ……あの弟子占い師の思った通りになったのだろう未来で、この足場みたいな白い板を浮かせて落とすという行動を知っている身としては、とりあえず見た目大人しくしている白い石が余計な事を覚えなきゃいいなと思うばかりだが。

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