第2568話 73枚目:詳しい話

 驚く前に聞きかけた内容は、どうやらこの封印魔法がどれだけ持つのかという事だったようだ。限界まで維持した事が無いから分からないと正直に答えると、レーンズは頭を抱えた後、その万華鏡みたいな目でじっと封印魔法を見て、その効果時間を確認してくれたらしい。

 たぶん1ヵ月は大丈夫だろう、というその顔がちょっと厳しそうだったので、封印魔法をさらに重ね掛ける。また驚かれてしまったが、無事効果時間は伸びたし足りたようだ。


「で、邪神って言ってましたけど、これって結局何なんです?」


 まぁ蟻の群れも元に戻ったし、森も川もその内元に戻るだろうって事が確定したので、一旦村に戻る。とはいえ、日が暮れてそんなに時間は経っていない。当たり前だが村の人達は眠っているので、村の端で仮眠の体勢に入る。

 の前に、ゴゴンゴゴゴンとだいぶ音と振動がマシになった封印魔法の箱を抱えて聞いてみた。ほら、邪神にも色々種類があるから。どういう系統のやつかの把握は必要だし。

 村の端と言っても外ではない。小屋もとい家の1つを貸してもらっている。元々レーンズのような修神おさめがみはちょくちょく地方のあちこちを巡るらしく、宿とはいかないが泊まってもらう為の場所は確保されているようだ。


「邪神は邪神だ」

「よりによってって言ってませんでした?」


 こら舌打ちすんな。よりによって、って事は、邪神にも種類があるって事だろ。その中でも特に悪いか想定外の奴だったからそういう表現が出たんじゃないのか。

 すっと視線を逸らして薄い毛布にくるまろうとしたレーンズ。なのだが、私がインベントリからアップルパイ(焼きたて)を取り出すとぱっとこっちを向いた。何となく思ってたけど、やっぱり甘い物が好きだな?

 ざくざく音を立てて切り分けてる間も滅茶苦茶こっちを見ていたんだが、無言で手を出してきた。うん。


「何の邪神なんです?」

「…………名前の無い邪神だ」


 とりあえず出された手に取り皿とフォークを乗せて、一口サイズに切り分けたアップルパイを乗せる。私は1ピース分を取り皿に乗せて食べるけどな。

 その差に、ぐむ、となったレーンズだが……その一口サイズに切り分けたアップルパイを食べると目を見開き、涼しい顔で自分の分のアップルパイを食べる私をしばらく睨んだのち、言葉になっていない唸り声を上げて。


「くっそ、どうしてこうも次から次に美味そうなものを……!」

「どうせ食べるなら美味しいものの方がいいじゃないですか」

「あーもう! そうだよ邪神だよ! 邪神って呼んでるけど、実際は良く分からん!」

「分からん? 正体不明なんですか?」


 ギブアップした。ははは。焼きたてアップルパイの香りは素晴らしいだろう。うちの島で採れたリンゴを使ってソフィーナさんが作ってくれたものだからな。一番良い状態が維持される時間が長いという効果がついてるから、出来立てアツアツが維持されてるんだ。

 アップルパイのホール半分と引き換えにレーンズが話してくれたところによると、どうやら邪神と言いつつ正体不明なのは本当らしい。神及び神見習いと同様同質の能力を持ち、しかし大体の場合は繁栄とは真逆の、それこそ今回のような方向の手出しばかりをするのだそうだ。

 で、何故名前が無いかというと、どうやらこの世界、信仰の力を受け取るには名前が絶対に必要なんだそうだ。なので信仰の力を受け取らせない為に、あえて名前を付けていないんだとか。


「……。の割に、蟻との契約では名前があったのでは?」

「ふん! この場合の名前っていうのは大神から貰ったものの事だ! 自称の名前に意味なんかあるもんか!」

「でも契約は結べたんですよね? 契約相手の恐れや契約による信仰ないし感情は力として回収できるのでは?」

「ぐ……。あぁそうだよ! だからこうして修神おさめがみが修行を兼ねて各地を回って、こうやって捕まえるしかないんだろ!」

「なるほど」


 しかし正体不明の暫定邪神か。

 外来種の気配がするのは気のせいかな? フリアド世界におけるモンスターみたいな。

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