第2567話 73枚目:力業

 夜の闇に包まれ始めた森の中で、小さな肉片のような物を、触らず砕かず飛び散らせず、凍らせて燃やせとはかなり無茶な注文だ。しかも蟻の群れがわさわさ動いてレーンズが周囲を警戒している様子から、たぶん他にもいる。

 対してこの場で肉片こと邪神の眷属をどうにか出来る戦力は私1人。……レーンズは一応神(見習い)だが、こうならなかった未来の先とかここまでの様子を見る限り、本体の戦闘力は無いタイプだからなぁ。

 まぁでも。


「ですが要は動けなくしてしまえば良いのでは? ――[シールキューブ]」


 私っていう戦力が十分以上に大きいから、問題は無いな?

 という事で地面に叩き落してまだもぞもぞ動いていた肉片に対し、空間属性の封印魔法を発動する。お? 発動した瞬間、ゴッッ!! と結構な勢いで内側からぶつかって来たが、うん。大丈夫だな。

 出れないと見たか、ゴゴゴゴゴン!! と連続でぶつかり始めたが、魔力ステータスは私の方が高いと見た。壊れる気配は無い。とりあえず、この小さいのはこれでいいな。


「無茶苦茶しやがる……! いや、待て、他のはどうするんだ!?」

「同じようにしますが」

「バカ!! そんな強力な封印魔法を複数相手に使える訳が」

「[シールキューブ]」


 言っている間に次の肉片のような物が飛んできたので、同じく封印魔法で捕まえる。ついでに掴んで手元に持ってきたが、暴れてるなー。虫かごの中のセミファイナルか?


「あといくつです?」

「なんなんだお前……」

「まだいるんですよね?」

「いるよ! あと3匹! そことそことそこ!」


 っておバカ、見えてたのかもしれないけど指差したら、ほら飛んできた。まぁ何とかするけどさ。

 という事で、同時に飛んできた3体の内2体は一度叩き落してから封印魔法で捕まえる。……これ、このままぎゅっと圧縮して押し潰したらどうなるんだろうな?

 ゴンゴゴゴンゴン、と中で暴れている音が聞こえる封印魔法の箱を積み上げて脇に置くと、レーンズは微妙な顔をしていたが、あんたは先にやる事があるでしょうが。


「ところで、これが契約相手になるんですか?」

「……! 確認するぞ! お前ら、契約を結んだ相手の名前は!?」


 そう。まずは犯人の確認だ。この肉片のような物が意思疎通できるとは思えないが、相手が蟻や神(見習い)だから分からないし。少なくとも私では判断できない。

 だからよろしくと込めて話を振ると、レーンズはすぐに蟻の方へと向き直っていた。桃は手に持ったままだが、あれは何で持ってるんだろうな? 話をする事に対する対価を見せてるのか?

 まぁたぶんこっちの世界の作法か何かだろうし、それは置いといて。レーンズの顔がちょっとずつ微妙というか、苦い感じのものになってるんだけど。女王蟻は何て言ったんだ?


「……よりによってか……!!」


 かと思えば、空いている方の手で自分の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。うん。そろそろ説明をだな。してほしいかなと思うんだが。聞こえてないんだよ女王蟻が何を言っているのかは。

 蚊帳の外感がすごいなー等と思いながら、暇なのでぎゅっぎゅっと封印魔法の箱を圧縮し、肉片のような物を1つにまとめる。ふむ。合体したりはしないんだな。封印魔法重ね掛けしとこ。設置型の魔法だから放置してても魔力が切れるまでは大丈夫なんだけど。

 その後もいくらか女王蟻から話を聞いていたレーンズだが、どうやら契約は破棄する方向で話がまとまり、実際そのまま破棄したらしい。何故って、表に出てきていた蟻の群れから、キラキラ細かいものが剥がれ落ちていたから。たぶん羽だろう。


「厄介な事になった。おいお前、その封印……数が減ってないか!?」

「持ちにくいかと思って、1つにまとめました」

「封印魔法をまとめたぁ!?」


 あ、こっちでも非常識なんだな。エルルもサーニャも驚いてたから、普通に出来る事じゃないって認識は(一応)あったんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る