第1708話 58枚目:最後の特殊行動

 若干の不安を抱えながらだが、それなりにログイン時間も経過している。ここで決めないと実質後が無いので、たとえ全回復する事が分かってても体力を削るしかないのだ。

 大丈夫。たとえ根っこ1つで石臼が全回復するとしたって、次に石臼の下に潜る時には全部根っこを回収できる。半分は越えてるし持ち手は回収してるから、私のインベントリにも入る筈だし。

 問題の先送りではあるのだが、とりあえず「生命樹の木材」は全てクラン倉庫へ押し込んで、急いでイベント空間に戻る。結構ギリギリだったから、もう残り体力は1割になってる筈だが……。


「え、なんですかあれ」


 その先に見えた光景は、というと、ガタガタと激しく動きながら「逆回転」している巨大な石臼と、その上下の隙間から出ている黒いもじゃもじゃ。逆回転以外はここまでと変わらない。たぶん。

 ただ問題は、その黒いもじゃもじゃが、積極的に周囲のモンスターや召喚者プレイヤー、果ては木や土すらも、その先端を指か手のようにして掴み、石臼の上下の隙間に押し込んでるって事だ。

 急いで「分光結晶」を加工した板を通して石臼を見ると、その体力バーは9割が黒、1割が青のまま。ただし。


「3割の所まで縁が青くなってるって事は、あそこまでは回復するって事ですね!?」


 たぶん今度は一定時間だけの特殊行動だ。それにあの黒いもじゃもじゃは、攻撃したらその攻撃を吸収、変化させて周りにばら撒く、という行動自体は変わっていないらしい。それが全てではなく、その周囲一定、という違いはあるようだが。

 そして黒いもじゃもじゃの根元を攻撃し、攻撃を吸収させて別の形に変えれば、その先に掴まれている召喚者プレイヤーや木は解放されるようだ。石臼を見た時に、突撃して攻撃してる召喚者プレイヤーが見えたからな。

 魔法ではなく近接攻撃だったって事は、魔法だと変換される範囲が広いか、掴まれた召喚者プレイヤーに被害が出たのかもしれない。


「まぁ出るでしょうね。無作為にばら撒いていたとして、近くにいれば被弾率は上がるでしょうし」


 で、黒いもじゃもじゃが掴んで上下の隙間に押し込んだものが多ければ多い程、回復していくって事だな。あれ? もしかして根っこは関係なかったのか?

 それはそれでなんか違和感なんだが、と思いながら、もう一度「分光結晶」を加工した板で周囲を見回すと、何かでっかい看板が立っていた。

 石臼から少し離れた場所にあるそれは、どうやら司令部によって設置されたものらしい。掲示板の代わりに、ここまでの経緯が書かれているようだ。



 それによれば、どうやら残り体力が1割になったタイミングであの黒いもじゃもじゃが動き出し、まず持ち手の残っていた部分、石臼の穴に刺さっていた分を引っ張り出して、上下の隙間に押し込んだようだ。

 ここで縁が2割のところまで青く光った。この時点でベテラン召喚者プレイヤーは「あの分だけ回復する」という事に気付き、黒いもじゃもじゃを攻撃して動きを阻止しようとし始めたらしい。

 ただ攻撃してもその端から湧いてくる黒いもじゃもじゃを止め切る事は出来ず、次は地面に刺さったらしい。そして土を掴んで上下の隙間に押し込んでいったようだ。ただし、土による回復予定量は、本当に微々たるものだったとの事。



 これなら問題ないか、と思ったところで、根っこの1本が掴まれて上下の隙間に押し込まれた。その瞬間、回復予定量が3割のところまで増えたようだ。……根っこ1本で全回復ではなかったが、1割回復ではあったか。

 それを見た召喚者プレイヤー勢、あの太い木みたいなものの吸収だけは阻止しないと全回復する、と理解して、それだけは絶対に阻止するべく猛攻をかけ始めて、今に至るらしい。


「あぁ、なるほど。召喚者プレイヤーの塊が妙な場所にあるなと思ったら、あれは根っこを防衛しつつバラして回収してるんですね」


 アキュアマーリさんおねえさまに事前に相談しておいて良かったな。絶対このあと「生命樹の木材」に関してもめるだろ、あれ。

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