第1706話 58枚目:変化対応

「――――流石に、寒いですっ!」


 旗槍を大きく振って、周りに積み上がった氷の矢を吹き飛ばす。領域スキルを小さく二重展開して、自分にシールドをかけてと一応防御は間に合ったんだが、物量で埋まるのはどうにもならなかった。

 もちろんダメージは受けていない。攻撃魔法だから【環境耐性】では防げない程度の冷気もあったが、それだけだ。が。


「……あー。私は大丈夫でしたが、流石にあの物量はちょっと、中堅以下の召喚者プレイヤーには厳しかったですか……」


 再び黒いもじゃもじゃが出てきているのを横目に、「分光結晶」を加工した板で周囲を確認する。ベテラン勢はしのぎ切ったようだが、それ以外の場所は大惨事になっているようだ。

 で、と「均し富める模造の魔臼」を確認してみると、極僅かに体力バーが減っている。恐らくあれは氷の矢を変換して周りに撃った分だろう。もちろんまだガタガタとした揺れは続いているから、地下は危険なままだ。

 しかし、てっきり7割と5割の時と同じように一時的な特殊行動かと思ったら行動パターン自体がここまで変わるとは思わなかった。たぶんあそこまで揺れていたら、石臼の上に乗って使い魔を攻撃するっていうのも難しいだろうし。


「……いえ。そもそも、その使い魔自体がいませんね?」


 まさかあの黒いの、と思ったタイミングで、見覚えのある召喚者プレイヤーが黒いのに近寄って、その端っこを手に持った槍でつついていた。反応は、というと……黒いもじゃもじゃが槍の穂先のようになって、全方向に突き出されていた。もちろん召喚者プレイヤー本人はすぐ退避している。

 どうやら一度攻撃をコピーすると消えるらしく、どんなに小さな攻撃でもコピーして減る体力は一緒らしい。そして射程が元となった攻撃に準じるなら、このまま小さい近接攻撃を繰り返して体力を減らすことになるだろう。

 ……と思った矢先、再び湧き出していた黒いもじゃもじゃが、何の前触れもなく炎の槍の群れへと変わった。


「――あっっっの、ゲテモノピエロぉおおおおっ!!」


 即座に「分光結晶」を加工した板をしまって旗槍を両手で持ち、迎撃に移る。本当に、本当にあいつは! 確たる証拠は無いがこのタイミングでこんなことをするのはあいつしかいないだろ!

 しかし随分と具体的な妨害をしてきたな。確かにモンスターの出現数はステージによって決まっている(検証班調べ)し、通常空間の野良ダンジョン騒ぎは既に落ち着いている上に警戒レベルが上がっている。

 ステージが違うから捕まる事は無いとタカをくくっている? いや、違うな。安心してちょっかいをかける事が出来る状況があるっていうのは確かだろうが、必要のない事はしない筈だ。


「……、まさか」


 では今の、そして続くようになった火の槍の意図は、と考えたところで、私は領域スキルを切って前へと飛び出した。飛んでくる火の槍を叩き落しながら、ガタガタ揺れる石臼の根元へと滑り込む。

 石臼を支えていた柱は揺れによってほぼ壊されていたが、大きな穴を掘った末の空洞はそのままだ。そこに滑り込み、モンスター側として手を出していなかった方向へと進む。


「――――やっぱり! この石臼の根が目当てでしたか!」

「げぇちぃ姫!」

「早過ぎんだよぉ!」

「見つかったら逃げいったぐへぇっ!?」

「末端から削ってやります、大人しくそこに直りなさい!!」

「直れというそばから殴り倒されてる件んんっっ!」


 本当に油断も隙も無いな。どこでどうやって石臼の根、もとい「生命樹の木材」の事を知ったのかは分からないが、見た感じ運び出し始めたばっかりのところで良かった。

 私は例によってステータスの暴力でさくっと大穴を掘ったが、結構深く掘らないと根っこには辿り着けないからな。……というかこれ、爆弾とか魔法とかじゃなくて、手で掘ってるのか? 他に便利な手段がいくらでもあるだろうに。


「とりあえず司令部の人を呼んで検証班に連絡してもらって、“天秤にして断罪”の神の神器を持ってきてもらいましょう」


 他のステージに連れ出す事は出来ないが、ここで使う分には問題ないだろう。私が掘った穴の場所まで運べば、石臼本体に簡易的な神域が触れる事は無いだろうし。

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