第1700話 58枚目:変わらぬもの

 殺してでも捕まえる、と言ったが、実際トドメを刺してしまうと逃げられる上に何かカウンターが飛んでくるだろう。恐らくゲテモノピエロもそれは分かっているし、何なら向こうから当たりに来るって可能性もある。

 けど手を抜けばもちろん逃げるだろうし、そのまま逃がす事だけは避けたい。ここでただ逃がすぐらいなら、カウンターを食らってでも1回ぐらい倒しておいた方がマシだ。

 それプラス、周囲の動きもある。ゲテモノピエロと一緒になって荷物を運んでいた、一見すると普通の召喚者プレイヤー達だ。素直に荷物というか火薬を運び込んでいたので、こいつらが『バッドエンド』の所属である事は間違いない。


「逃がさないと――言ったでしょう!」


 私の周りを囲むように動いていた召喚者プレイヤーが、武器を構えて突っ込んできた。同時にゲテモノピエロは本人からみて後ろに下がる。背中を見せないのは私を警戒しているからか、背中で何かしているからか、あるいは攻撃を誘っているからか。

 対して私は周囲からとびかかって来た召喚者プレイヤーを、旗槍の石突きの方で殴って石臼の上へと沈めた。【無音詠唱】で進めて待機させていた魔法の内、空気の足場を作るものを発動して、壁蹴りの要領でゲテモノピエロの後ろへと回り込む。

 当然そこへも攻撃が集中するが、私は襲い掛かってくる相手への攻撃を、全て頭への打撃のみにとどめた。出来れば麻痺もさせておきたいところだが、ゲテモノピエロ本人の動きが意外と早い。


「おやおやこれはこれは。化け物様は上等な能力をお持ちでスね?」

「全員を生きた爆弾として容赦なく使えるあなた程ではありませんよ」


 もちろん戦闘不能にはなっていない。気絶はしたが、周りにフォローする仲間がいるなら回復は早い。そして、気絶以上の攻撃をするつもりは、少なくとも私にはない。

 何故ならこいつらは、『バッドエンド』の所属なのだ。そして周囲には、運び込み投入口に入れかけて私が凍らせた、火薬がゴロゴロ転がっている。つまり、周りにいる全ての召喚者プレイヤーは、その体に爆弾をしっかりと装着しているだろう。

 私が迂闊に攻撃すれば、転がっている火薬も含めて特大の爆発が起こるのは想像に難くない。そして何より厄介なのは、ゲテモノピエロ的には、そうなっても一切構わないどころかむしろ歓迎って事だ。


「ふフふフふ。使うとは、酷いでスねぇ。彼らは自分から、何にも強制されず、立候補してあの装備を身に着けているのでスよ? 何せ、貴女に妨害されたのは1度や2度ではありまセんから」

「邪魔されるようなことをする方が悪いんでしょう。他人の邪魔をするのであれば。他人の成果を奪うのであれば。同じく邪魔され奪われる覚悟があるという事ですし」

「邪魔に奪うと、まるでこちらが蛮族のような言い方。もう少しふさわしい言葉というものがあるでシょう」

「ありませんよ、狂人相手に選べる言葉など」


 何せ、私を仕留める、というのは大きい。色んな意味で。そして、そんな大きな手札を与える訳には行かないのだ。それを最大限活用するのが分かっているから。

 もう一度襲い掛かって来る召喚者プレイヤーを叩き落し、下がって離脱しようとするゲテモノピエロの背後に回る。どうやら私が後ろに回る瞬間は見えているようで、方向を合わせて来るんだよな。よほど背中に見られたくないものでもあるのか。単に私を視界から外さないようにしているだけか。


「狂人はどちらでシょうねぇ?」


 その合間に、爛れ崩れた皮膚の、元は口があっただろう場所を歪に動かして、ゲテモノピエロは問いかけてきた。


「たのしむ為の。たのしむべき場所で。たのしくある事が大前提のこの場所で。――何をそこまで必死になっているんでス?」

「必死、とは」

「その態度。この行動。別にいいじゃぁありまセんか。死んでも蘇る程度の世界で、リセットボタン1つで何もかも元に戻って、設定の数字をいじっただけで変わっていく、薄っぺらい世界など。たのしむ為に、1度ぐらい壊したって――」


 その口上が終わる前に。

 ぱんっ、と、爆ぜるような音が響いた。火薬ではない。もっと軽く、小さい。


「必死になって何が悪いんです?」


 私が、魔力による遠当てで、ゲテモノピエロの腕を1つ、吹き飛ばした音だ。


私は・・、彼らが生きていると感じました。だから必死にもなります。私にとっては架空でも、彼らにとっては現実。そう心で思いましたから」


 そんな問い、とっくに自分で浮かべている。そしてその答えは、既に出ているんだ。


「格好悪くて結構。見苦しくて何が悪いんですか。――だから出て行けと、そう言っているんです」

「開き直りでスか?」

「他人の大事な物を、嘲り踏み躙り壊す事でしか快楽を得られない性格破綻者と一緒にするな、と、言いました」

「随分な言われようでスねぇ。我々はただ、バッドエンドが好きなだけだというのに」

「他人の物語の結末を捻じ曲げるな、と言っています」

「これは我々の物語でもありまスよ?」

「私達の物語でもありますし、彼らの物語でもあります。お前たちだけのものでは断じてない」


 当然ながらこの反論も響いてはいないようだが、そう言う事だ。自分の頭の中だけ、もしくは、それが好きな人間だけでやれ。

 それに興味が無い、それを嫌う相手にまでも強制的に押し付けるから……こうやって、戦争をするしかないんだろうが。

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