第1546話 49枚目:最終形態

 やはり内部も外側と同じく、真っ黒い触手もしくは鎖のような綱で溢れかえっている状態だったらしい。しかし相手が弱っているからか、大火力攻撃で内部構造ごと吹っ飛ばす、という方法が使えたようだ。

 もう温存する必要は無い。という事で、限りのある切り札もここで使い切ってしまえとばかり豪快に攻撃が叩き込まれ、それなりの広さがあった内部もすっかり更地になったようだ。

 もちろん更地にする片端から真っ黒い綱は湧いてくるようなのだが、ここで障害物の復活を許す召喚者プレイヤー達ではない。現在非常に強い水属性の神の奇跡が顕現しているという事で、複数の神に同時に祈る事で更に強化された、湧き水の奇跡による水攻めが行われたようだ。


「うーん、聞こえる範囲の音でもすごい事になっていますね」


 なんか巻き込みが発生してるっぽい叫びが聞こえるんだが、大丈夫だろうか。全体のテンションが上がってるし、最優先で殴るべき相手が別にいるからとりあえず問題になってないみたいだけど。

 そうこうしている間に、どうやらボス部屋に応援が到着したらしい。入口から聞こえてくる範囲だけでも相当ドタバタしながらだが、真っ黒いスライムのようなものが運び出されてきた。お饅頭型になっているから、たぶんログアウトしている召喚者プレイヤーだろう。

 ただ治療は特にされず、湧き水の奇跡を願っている儀式場の近くに放置されているが。いやまぁ、今この状況だとそれで十分治療になるんだろうし、ログアウト中の召喚者プレイヤーなら目覚めても混乱とかはしないだろうけども。


「でももうちょっと場所は選んだ方が、あ、やっぱり」


 何もしてないのにじわじわと形が変わりつつあった真っ黒いスライムに、移動してきた召喚者プレイヤーが躓いてこけた。そりゃ入口前に儀式場はあるんだからそうなるだろう。

 そこからはちょっと離れたところに安置所みたいな場所が作られ、そこに並べられることになったようだ。……扱いが雑だなぁ。召喚者プレイヤーであって要救助者ではないから、一番盛り上がってて忙しい今、対応がおざなりになる気持ちは分からなくも無いけど。

 実際、そこからしばらくして運び出されてきたドロドロ状態の真っ黒いスライムは担架に乗せられていたし、転移ポイントを通ってどこかに運ばれていた。あれは要救助者なんだろう。


「しかし、こんな規模の奇跡を見られるとは思わなかったな……。お嬢、大丈夫か?」

「とりあえず今のところは。おや、サーニャは?」

「どうも『勇者』ならあの塊、召喚者が言うとこの、ものりすぐん? とかいうのの根元に攻撃が通るみたいだから、そっちに行った」

「あぁ、なるほど。根本は亜空間本体に繋がっているでしょうしね」


 なんなら残機とか保険になってる可能性もあるから、先に潰しに行ったんだろう。そっちで防衛戦をしている召喚者プレイヤーも、レイドボスを直接殴る方に参加したいだろうし。

 とはいえ、そのレイドボスの残り体力もあとどれくらい残っているか分からないが。既に3割は切っているし、その上でこの世界規模の奇跡の顕現と、次々参戦する召喚者プレイヤー達による猛攻で、体力バーこそ見えないが相当な勢いで削られている筈だ。

 ちなみに、ここでエルルは行かなくていいの? と言わないだけ私は学習した。護衛なので。それに。


「っ!」

「……まぁ、そう来るよな」


 ゴン、と強く揺れた感じがあった。地面ではなく空間が揺れた事によるそれにやや遅れて、生物的な見た目になった元構造物から召喚者プレイヤーが大勢飛び出して……いや、逃げ出してくる。

 その後ろで、神の奇跡という力業でへし曲げられ、折れてこそいない物の原型を留めていなかった5ヵ所の元留め金部分が、ずるり、と音が聞こえるような感じで、巨大な刃のような形に変わった。

 うぞうぞざわざわ、表面を覆っていた生物的な真っ黒い綱の体積が増えていく。代わりに構造物だった中身の部分は、空気の抜けたボールのようにしぼんでいく。入れないにもかかわらず、刃ほどではなくとも太い綱が、海面と跳ね橋に何本も突き立てられた。


「……ようやく、その全てが通常空間こちらに出てきましたか」


 湧き水の奇跡を願っていた儀式場も撤収され、その近くに放置もとい安置されていた召喚者プレイヤーも回収された。私を最後方として、召喚者プレイヤーの陣形が組み直される。

 最終的な中心部は、直径5mほどだろう。巨大な刃の付いた5つの綱とそれ以外の無数の綱を蠢かして、海面と跳ね橋に綱を突き立てて聖地の島の上に居座るそれに、残り1割となった黒地に青色の体力バーが浮かび上がった。

 もちろん、ここから回復される可能性はある。周りのモンスターは一掃されたとはいえ、モンスターが湧いてこなくなった訳ではないのだから。……とはいえ。


「この状況で回復だけはさせません。無論、展開した領域スキルを緩める事もありません」


 目に相当する器官は無いように見えるのだが、それでもなおしっかりと視線を感じる。そりゃそうだろうな。自分の周りに展開されてる力場が大きな力を中継していることぐらいは分かるだろう。今も聖地の島の上からどかないのは、そこをどいたら、私無しでも奇跡が成立する事が分かってるからだろうし。

 だったらまぁ、それこそあの巨大な刃による直接攻撃ぐらいはくる筈だ。あれは恐らく、食らえば死ぬから避けるしかない類になるだろう。ただし私は動けないので、防御する必要がある。


「――エルル、任せました」

「任された」


 そんなことが出来るのは、エルルかサーニャぐらいだからな。

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