第1054話 37枚目:接敵

 レイピアを掲げて号令をかけた時点で2つの領域スキルは展開している。高さと深さをおさえて円柱型に、かなり広い範囲になっている筈だ。

 当然ながら奥に行けば行くほど維持する為の必要リソースは増えていくが、その程度は問題じゃない。自然回復力を上げる料理を食べてきてるからね。回復ポーションもたっぷり持ち込んでるし。

 さて大部屋の攻略進捗はというと、元々半分以上攻略していたという事で、勢いもあってかなりの速度で奥へと進むことが出来た。いやー、皆やる気に満ちているようで何よりだ。


「……どう考えてもお嬢のせいだろ……」

「絶対あれで一気にやる気出ましたよね……私も出ましたが……!」


 何か最前線でエルルとニーアさんが会話しているようだが、何言ってんだろう。流石に周りの声やアビリティの音がすごくて聞こえないんだけど。

 とりあえず今回要救助者は素直に下がってもらって、召喚者集団わたしたちは奥へ進むことを優先している。神の加護が封じられる状態だと、いくら竜族と言ってもいつも通りの動きは絶対に出来ないから。

 しかし、流石ボックス様。最高。相手が竜族だって事でティフォン様もかも知れないけど。……あの神の力を込めた球、重症状態の竜族の人に投げつけたら、状態異常だけが綺麗に吹き飛ばされるんだよね。周りの合成獣キメラ型モンスターと一緒に。


「おかげで要救助者の治療と退避が実にスムーズです。流石ボックス様、相変わらず最高です」


 ちなみに、召喚者プレイヤーの状態異常の治療にも有効だ。流石に数がないから、要救助者がいなくなってそれでも余っていたら、となるけど。

 まぁそれでも、2つのイベントダンジョンに分けたと言っても実質召喚者プレイヤーの総力戦だ。行動可能時間の制限になっていた全域デバフを私が無効化しているとはいえ、文字通り全力である。

 要救助者は助けながらも相当な勢いで奥へと進めば、いくら広さがあって戦闘があって救助があっても、最奥に辿り着くまでさほどかからない。


「所要時間1時間ってところでしょうか。ようやく見えましたね」

「そうですね。むしろ、本番はここからでしょう」


 流石に途中でレイピアを鞘に納めて「月燐石のネックレス・幸」の鎖を巻いた杖を手に取り、主にバフと回復で集団の中心から最前線を支援していたが、その間ほとんど移動の足は止めていなかった。

 だから、大部屋の奥の壁が見えてくるまでは本当に一気だ。流石召喚者プレイヤーの全力と言うべきか。これでも受けた神の加護を温存している……神の加護を消費して撃つ大技があるらしい……ので、通常戦闘の範疇なんだよな。

 だが、恐らく。カバーさんの言う通り、ここからが本番だ。何せようやく見えた奥の壁は、ある意味予想通り、巨大な姿がうずくまるような、あるいは壁から直接巨大な瘤が生えているような、そんな形が見えていたからだ。


「しばらくは様子を見なければなりません、が……」


 当然、そんなものが見えていて。そこから一定距離の間は、ここまで散々出現していたモンスターがぴたりと出現していない、となれば。誰だって警戒するだろう。

 だから召喚者プレイヤー達の攻勢としては、その手前で一時停止する事になった。その手前までのモンスターを倒しきってしまえば、不気味な静けさが訪れる。

 ニーアさんは一旦私の近くまで下がってきて、エルルは最前線で警戒しているようだ。


「……くくっ」


 そんな中に響く、笑い声。方向としては奥の壁にある瘤からだが、それらしい姿は見えない。笑い声だけが響くという不気味さに、全員が警戒を強めた様だ。


「あはっ、あっははははははは! ――――たのしいねぇ!!」


 しまいに、弾けるような調子で響き渡ったその声は、若い女性のもののように聞こえた。実際はどうか分からないが、どうやら「拉ぎ停める異界の塞王」同様、「蝕み毒する異界の喰王」もとりあえず女性っぽい姿をしているらしい。

 しかし何がたのしいのか……と思っている間に、奥の壁そのものに変化が現れた。ずるずるぼこぼこ、肉でできているように見えるにも関わらず、水面が泡立つような動きだ。

 その動きは巨大な瘤の表面を伝い、こちらの正面へと集約された。何が来るか、と身構えるその目の前で1つの瘤になり……内から破るのではなく、その瘤自体が、1つの形へと変わっていった。


「にぎやかだねぇ、たのしいねぇ! あははははっ! 何ていい日!」


 それは、肉のピンク色をそのまま、若い女性の型に押し込めたようなものだった。ミンチ肉をこねて造形したような、と言えば分かりやすいか。顔らしい部分ものっぺりしているが、口の形に穴が開いて、そこから声が出ているようだ。

 どうやら「遍く染める異界の僭王」や「拉ぎ停める異界の塞王」と違い、人の形はしていないようだ。文字通り、この肉のような部分が全て、そう・・なのだろう。


「たのしい、たのしい、わたしは毎日何だってたのしい! どれだけ時間が経っても、何が変わっても変わらなくてもずっとずっとたのしい! だから、皆「わたし」になれば幸せ一杯でいられる! 今日はいい日! こんなにたくさんの悩んで考えて思って傷つき傷つけ老いて衰えて、痛みと苦しみと悲しみしか生み出せない可哀想な命ってものが「わたし」になりに来てくれた! あぁ、たのしい、たのしい、たのしい! 個の意識なんて持ってても苦しいだけだから捨てちゃおう! 個の身体なんてあっても他人との境界線にしかならないんだから捨てちゃおう! 皆、みーんな「わたし」になればずうっとたのしいんだから! いらっしゃい! ありがとう! さぁ皆1人残らず「わたし」になって、ずっとずっとずっとたのしい毎日を過ごそう!」


 両手を広げるようにして、口の形をした穴を笑みの形にして、「蝕み毒する異界の喰王」は歓迎・・の意を表した。なるほどそういうタイプか。最悪の1つには違いなかったが、これもまた極まってるな。

 なので。


「断固として、お断り致します!!」


 要救助者ならよし、そうでなくても大ダメージが入るだろうから。私は「第一候補」から、一番出来がいいと言われた神の力を込めた球を、巨大な瘤へと投げつけた。

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