第979話 34枚目:竜族の伝承
しばらくの沈黙の後、アキュアマーリさんは一度瞑目して、静かに息を1つ吐いた。
「…………いいでしょう。ただし、これからの話は、竜皇様からお許しがあるまで他言無用です。いいですね?」
『無論、承知しております』
「分かりました」
どうやら、話してもいいと判断してくれたようだ。他言無用、とはいえ、明確な目的がある、というのが分かるのは大きい。具体的にはやる気が違ってくる。あるっていうのを伝えられるだけでも説得の難易度が違うし。
「私達が受け継いだ中でも、とびきり古くから伝わる話なのだけど――」
そんな切り出しで始まった話は、どうやら神話の時代にまで遡るらしい。
古く、まだ神々が神殿以外の場所にも、そう苦労せず姿を見せていた時代、とある神が生き物の寿命について悩んでいたそうだ。命というのは長すぎれば停滞し、短すぎれば全く足りない、非常に難しい問題だった為だ。
なのでその神はかなり悩んだ末、2柱の女神を遣わし、生き物達自身に選ばせることにしたらしい。
遣わされた女神たちは2手に別れ、片方の女神は心優しく穏やかで、慎ましやかで静かな生活を送り。もう片方の女神は美食美酒や財宝に囲まれて、豪華絢爛な生活を送っていたとのこと。
どちらの女神も来る者は拒まず、去る者は追わず。地上で暮らす女神達の話を聞いて訪れた生き物達を、それぞれの生活に合った形でもてなした。
行き来も自由であったが、大半の生き物は豪華絢爛な生活を送る女神の下で暮らすことを選び、2柱の女神の間を行き来する者は少数、慎ましく静かな生活を送る女神の下で暮らすことを選んだ者はさらに少ない、という結果になった。
この結果を受けて、かの神はそれぞれの生き物に、彼らが選択した通りの寿命を与えた。
すなわち、豪華絢爛な生活を送る女神――刹那の女神を選んだ者には、短く瞬くような命を。慎ましく静かな生活を送る女神――生命の女神を選んだ者には、長く緩やかな命を、だ。
女神達の間を行き来していた生き物については、その滞在した時間の比率に応じて寿命を定めた。これできっと生き物達も、自ら望んだ長さの命を得られて満足だろう、と、悩んでいた神は一息ついた、の、だが……。
「――自ら選んでおきながら、話が違う、聞いていない、知らなかったと文句を言う者が続出。時間が経つと、寿命を短く定められた種族の子供世代が、親の責任で自らまで命が短くなるとは理不尽だ、と、それはもう酷い有様になってしまった、と伝えられているわ」
……だいぶアレンジが入っているが、元ネタは石長比売の伝承だろうか。あれは1人の決断でその子孫全員が巻き込まれてるけど。嫁に来てくれた女神を見た目で判断して送り返すとか、神話ながら酷いことするよなぁ。
まぁともかく。自分は刹那の女神を選んでおきながら、生命の女神を選んだ者達を妬み嫉み、しまいには女神達やその神自身にも怒りを向けるに至った生き物たちを見て、慌ててかの神は女神達を引き上げさせた。
しかし女神達はそうなっても心優しく、刹那の女神は繁栄の祝福を振りまいてあらゆる生き物の繁栄を祈り、生活していた場所に、その時あった全ての財宝を残していった。寿命が短かったとしても、精一杯生きられるようにと。
一方の生命の女神だが、こちらは生活していた地の中心にあった大きな湖に、自らの強い加護を与えた。既に定められた寿命は変えられない。だがそれでも、長寿を得るにふさわしい人格者が現れた場合は、それを与えられるようにと。
ここまでくれば大体察しが付くと思うのだが、もう少し話は続く。女神達が去った後、予定調和と言わんばかりに財宝と湖の奪い合いが発生したのだ。
流石にこれを放置することはできない、と、寿命を定めた神はまず財宝を回収して湖に沈め、その湖を、地下まで含めて非常に硬い岩の塊でぐるりと囲み、天突くような高い山にして外界と切り離した。
そしてその争いに加わらなかった、生命の女神の下で暮らすことを選んだ種族に声をかけ、その内で話に応じた種族にその守りを託したという。
「それが私達、竜族の始まりの都。そこに伝わる伝説よ。その湖もあるし、その底には古代の財宝が沈んでいるし、その水には強い力が宿っているわ」
ちなみに竜族は基本的に生命の女神のところで暮らしていたが、時々刹那の女神の所へ行っていたので「非常に長命」止まりとのこと。……それ、喧嘩の仲裁とかじゃないの?
なお湖は元々そこにあったものなので、ぐるりと囲んだ非常に硬い岩には、本来の水脈があった場所に、極小さな穴が開いているんだそうだ。そのとても小さな穴なら、湖の不思議な力は遮断されるらしい。
で。「特別な水脈」というのはその、不思議な力が遮断されたとはいえ湖に直接繋がる水路で、「特別な地域」とは、その小さな穴がある分だけ、他の場所に比べると脆くなっている場所なんだそうだ。
「これが、私たちが知る伝説。そして、執拗に狙われる心当たり。……それにしても、守る人数がやけに少ないと思ったら、捕らえられていたなんて……」
ところで
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