第924話 29枚目:プレゼント
で、谷に入ってしばらく。
「……ここですよねぇ……」
エルルは本人の調子に関わらず、私が呼んだら来てくれる。無理はしてほしくないのだが、文字通り飛んできてくれる。まして広いとはいえ谷の中だ。滅茶苦茶声は響く。
の、だが。谷を移動しながら何度私が呼んでもエルルが来ない。と言う事は、声の届かない所にいる筈だ。しかし谷からは出ていない。というところまで考えて思いついたのが、あの谷の端に出現する野良ダンジョンだ。
まぁ理屈を考えれば、それが一番なんだろうが……と思いつつそちらへ向かってみれば、そこには何とも見覚えのある、ボロボロの柵に囲まれた大きな穴が。
「いやまぁ、理屈で考えればそうなんですけど」
何故なら私がエルルを見つけて引っ張り出したのはこのダンジョンであり、このダンジョンはこの谷の影響を受けて出来たものだ。つまり、夢を見ている感覚で侵入者を撃退するあれである。
エルルはここのダンジョンボス……という役を割り振られていたのだから、この谷が本来の形に戻るのであれば、同じく本来居た場所に戻るのが筋だろう。というか、そうでもなければ、こんなまるっきり外観そのままな野良ダンジョンは出現しないだろうし。
【鑑定☆☆】してみても特に情報が出てこないのは、これが正規の野良ダンジョンではなく、エルルの帰還用……というか、再配置用だから、だろうか?
「問題は内部ですね。……まぁ、前と同じでも、今なら普通に正面突破できるでしょうけど」
と言うか、全力で【調律領域】を展開するだけで素通りできるだろう。以前は地中を掘り進んでいったが、今はちゃんと自分にバフをかければ一撃は耐えられるだろうし。吸収能力はそのままだから、一撃耐えればまず勝てる。
むしろ【竜の因子】とかの事を考えれば、大乱戦状態の方が美味しいのでは? とも思ったが、それはともかく。自分にバフをしっかりかけて、突入だ。
「……まぁ、流石に一度クリアしてますからね」
と、気合を入れていったのだが、突入した先はガランと広い空間が広がっているだけだった。壁際にスクラップが山になってはいるが、他には何もない。……スクラップの山にしても、壁際のは手に入らない仕様だったんだよな。流石に入れ食い再びとはならないか。
何もない以上はのんびり進む意味もないので、たったか真っすぐ大きな道を通ってその突き当りまで走り抜ける。当時は結構かかったが、あれは私自身が小さい上に地面を掘り進めていたからな。あっという間に一番奥に辿り着いた。
やはりクリア済みという扱いになるのか、そこにあった濃い霧の壁は無くなっていた。その向こうに広がる光景も、残骸や骨の類は見当たらない。そしてそのガランとした広い空間の中央に、黒い鎧を付けた大きな白いドラゴンがうずくまっていた。
「やっぱりここにいましたね! エルル!」
『――うお、お嬢!? 何で来た!?』
眠気マックスというか、ほぼほぼ寝ていたらしいエルルは反応に数秒の間があったが、私だと気づくと眠気も吹っ飛んだようだ。ばちっと目を開いて軽く頭を上げていた。まぁ私が小さいので、すぐ頭は下ろしていたけど。
「何で、じゃありませんよ。私が皆でお揃いのアクセサリを配っていたの、知っているでしょう? 何受け取り拒否してるんですか」
『いやだが、何もこのタイミングでここまで来なくてもいいだろ』
「記憶に対する保険も兼ねてるって、私言いましたよね」
『……アレクサーニャには』
「もう渡しました。一緒に渡したニーアさんが倒れてしまったので、介抱してもらっています。ついでに言えば、あと受け取ってないのはエルルだけです」
腰に手を当てて、だからはよ【人化】しろ、と目で語れば、若干目を泳がせた後で溜息を吐き、渋々といった調子でエルルは【人化】してくれた。よし。
インベントリからエルル用のアクセサリ、の本体部分を取り出す。本来ならこの場でそれぞれに合わせたマイナーチェンジをするんだが、今は時間無いからな。このまま着けさせてもらおう。
「……お嬢。紐にしてはなんだか魔力が凄いんだが」
「もちろん実用品ですからね。しかし、もうちょっと言い方ありませんか。ほら、カラフルですし」
「…………紐以外にどう言えと?」
フリアド世界に、ミサンガというものは無かったようだ。見せた人のほぼ全員に同じ感想を貰ったよ。いいんだ。素材にはこだわったから。
「手首に巻くものなので、どっちか手を出してください」
「いや、貰ったら自分で付けるが」
「と言ってインベントリに入れてそのままにされたら意味無いんですよね」
「……」
当たってほしくない予想を口に出すと、黙って左手を出してきたので当たりだったらしい。何でそんなに嫌がる……嫌では無いのか。嫌な訳では無いんだよな。ただ謎の遠慮をしまくるだけで。本当に自己評価が低い。
「いいですか。私はもちろんカバーさんを含む司令部も、封印解放後にエルルが合流してくれる前提で動くんですからね。それでなくても邪神の信徒が動いているのに、その対処の為に絶対にエルルは必要なんですよ」
「何も俺でなくてもいいだろ、そこは」
「エルルでなければダメです。あの理解力抜群なニーアさんでも説得と説明にどれだけかかったと思ってるんですか」
「……ヘルトもいるだろうし」
「あの姿を見て素直にヘルトルートさんだと受け入れた上で1万年の経過を疑いもせずに飲み込み全力で協力してくれる人がどれだけいるんです?」
こじらせてるんだよなぁ。本当に根深い。なので手作りミサンガは絶対勝手には外れないようにしっかり結んでと。
そのまま、手の甲に軽く唇を触れさせた。
「!!!?」
「いいですね! 封印解除後にちゃんと合流してくださいよ!」
「!!!!???」
すぐに身を翻して野良ダンジョンから脱出。エルルが盛大にフリーズしているのは見えたが、計算通りだ!
なに、手の甲なら挨拶だし! それに流石にここまでした上で証拠があれば、いくら自己評価が地を這うどころか穴を掘って埋まっている頃のエルルだって夢と切って捨てたりはしないだろう!
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