第874話 26枚目:再会と対面

「よっ、ようこそいらっしゃいました、皇女様!」

「あ、お久しぶりですフィルツェーニクさん。背が伸びました?」

「へっ!? …………あっ!!?」


 大きな庭(何故か真ん中の開けた部分だけ芝が無かった)を横目にお屋敷へ向かうと、出迎えてくれたのはフィルツェーニク君だった。ちょっと背が伸びて、少年ではなく青年になっている。

 おっひさー、という気分で声を掛けたら、それであちらも思い出してくれたようだ。そう。あの時はまだ【人化】出来ない猫サイズの【幼体】だった皇女だよ。この度正式に認知されたから、ずっと頭についていた野良の字が取れたのだ。

 ……しかし恐縮して固まってテンパるのは変わらないな。もしかして素の性格だったのか? まぁ、私があの時の皇女だって気付いた瞬間に屋敷の奥へすっ飛んで行ってしまうのはどうかと思うけど。


「案内役が案内を放棄してどうする……」


 と、暫定身内であるエルルは心因性の具合の悪さも忘れたように額を押さえていた。サーニャも呆気に取られてるよ。ニーアさんは何故か納得してる風だけど。


「シュヴァルツ家の末っ子ですね。落ち着きが無いのは普段は欠点ですけど、危機察知能力と逃げ足が速いので、竜族としては珍しく斥候としての適性が高い為、所属している部隊の隊長が重宝していると聞いた事があります」


 物は言いようと言うか、能力は使い様だな。そう言えば「第二候補」の第一発見者も彼だっけか。確かその時は、アンデッドと間違えて喧嘩売って返り討ちにされたとか言ってたけど。

 ん? 待て、そんな彼に逃げられたという事は、もしかして私達は「危険」認定されたって事か? ……どうしよう、否定できないぞ。色んな意味で。


「まぁこのお家には何度かお邪魔したことがあるので、大体部屋の場所は分かります。多分右手の2階にある庭が良く見える部屋だと思うので、行きましょう!」


 しかし誰も来ないしフィルツェーニク君も戻ってこない。どうしたもんかなと思ったら、ニーアさんが案内してくれるらしい。エルルも否定しないから、お客様用で間違ってないんだろう。

 と言う事で階段を上がっていくつか控室っぽい扉を通り過ぎ、ニーアさんがとある扉の前に出てノックする。どうぞ、と、老年の男性の声が聞こえたので、部屋は合っていたらしい。

 あ゛っ!? みたいな声も聞こえたので、フィルツェーニク君も居るようだ。慌てて足音が近寄ってきて、失礼します! の声と共に扉が内側へと開かれた。


「先ほどは申し訳ございませんでした……!!」

「驚かせてしまったのは私のせいですので、お気になさらず」

「いえっ! そのっ!?」


 うーん、パニックになってる。落ち着こう、って私が言っても逆効果なんだよなこれ。カバーさんヘルプ、いやこの場合ニーアさんの方が良いのか?


「これ、フィル。落ち着きなさい」


 と、頭を下げたまま固まっているフィルツェーニク君への対処に困っていると、部屋の奥から穏やかな声が聞こえた。入室を許可してくれたのと同じ声だ。その声にはっとしたフィルツェーニク君は、今度こそ落ち着いてもう一度頭を下げると、すっと扉の横に身を引いた。

 その向こうに見えたのは、一般家庭のリビングほどの部屋だった。お客様用なのだろう、中央に良く磨かれた木目の美しいテーブルがあり、こちら側に背を向ける形で、同じく木製の椅子が一脚置いてある。

 入口の正面に当たる壁には大きな窓があり、小さいがテラスのようになっていて、外が良く見えるようだ。そしてその窓と、そこから差す光を背景に、1人の老人が座っていた。


「本来なら、こちらから出向かなければならない所……この老体が思うように動かず、こうしてこちらに来ていただく形になったこと、まずはお詫び申し上げます」

「いえ。話を乞うのは私の方ですから、望む側が足を運ぶのは当然です」


 しっかりと色は濃いものの、艶が見られない黒髪をきっちりとまとめた頭を下げたその人にそう声をかけ、部屋に入って対面の椅子に座る。そして上げられた顔には、多くのしわが刻まれていた。

 あちらもほぼ正装だろうきっちりとした服を着ているが、その下の身体は恐らく、大分細くなっている。しかしその金色の目に曇りは無く、穏やかだが力を感じる光が宿っていた。

 ……ここで背後の気配に若干の違和感を感じたのだが、それを確認する前に、目の前の老人は、再び口を開いた。


「初めてお目にかかります、もっとも年若い姫君。私の名はヘルトルート・ドーン・シュヴァルツ。先代シュヴァルツ家当主にして、もう1つの竜都との連絡が途絶したその時の、現状唯一の生き残りです」


 なお、皇女ってここで名乗り返したらダメなんだってさ。見れば分かるから。面倒だけど仕方ない。

 ただ……見た目は本当に紳士で穏やかなお爺さんなんだが、エルルに聞いた限り竜族って、年取っても弱くなるどころか、むしろ強くなったはずなんだよな。

 んでもってフリアドのスキルやらなんやら的に、進化を重ねた強い個体ほど寿命が長くなる訳だ。て事は、このお爺さん。滅茶苦茶に強い筈なんだよな……現在進行形で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る