第839話 25枚目:行動開始

〈あぁ……全く、あの子は。本当に、変わらないわね……〉


 表情と声は笑いながら、赤髪黒肌の美女――“熱岩の火山にして黒煙”の神は、ブチギレた勢いのまま権能を全開に流氷山脈へ攻撃を続けている。その様子を北国の大陸北側にあるポリアフ様の山、その上の方にある神殿から眺めていると、後ろからそんな声がかかった。

 ば、と振り向くと、そこにいるのは、透き通るような白を全身に纏った、フライリーさんより一回り大きい女性だ。エルルの胸の辺りの高さにふわふわと浮きながら、右手を自身の頬に当てている。

 妹のやんちゃを困りながらも見守るようなその姿は、この神殿の主こと“雪衣の冷山にして白雪”の神――ポリアフ様だ。“雪衣の神々”におけるトップであり、4姉妹の長女様である。


「……あれ、変わらないんですね」

〈えぇ。私に勝負を挑んでくる時も、あぁいう調子で……。それにしたって、今回は特に怒っているけれど〉


 一旦は頭を下げたものの、ポリアフ様は引っ込んでいかない。なので姿勢を戻して正直な感想を言うと、そうなのよ。とばかりの同意が返って来た。暇なのかな?(現実逃避)

 エルルから「だからお嬢! 相手! 神だぞ!!」という視線が飛んでくるが、他にどうしろと。待機と言う名の見学をしている所に来たのは神様の方じゃん。気軽な話をしに来たんだよ。たぶん。(目逸らし)

 そう思っている間に、ポリアフ様はもう1つ息を落とした。もちろんその間も、大陸南側では復活した火山の女神が苛烈な攻撃を続けている。よくあんなペースで権能をふるってリソースがもつもんだ。眠ってたから元気が有り余っているんだろうか。


〈とは言え……あの子があの調子で力を振るってくれたから、この地から、私の物ではない雪は、ほぼ一掃されたといっていいわ。これで私も、ようやく対処の方向で動けるもの〉


 が。お姉さん然とした柔らかい顔を引っ込め、身に纏う白にふさわしい怜悧な美貌に、文字通り冷ややかな表情を浮かべるポリアフ様。その視線の先は、流氷山脈だ。


〈この地に生きる命は、等しく私達が愛し、慈しむ子供達。奪い、傷つけるだけで飽き足らず、その未来をすら閉ざそうとするのなら……許しはしないわ〉


 普段が穏やかでふんわりしているお姉さんは怒らせちゃダメだよね。なまじ包容力がある分だけ、そこから外れた時の対応が苛烈だから。切り替えの落差で風邪ひきそう。

 しかし、未来を閉ざす、ってどういう事だ? ……と思う裏で浮かぶのは、あの、「何らかの塊」だ。なるほど、確かにあの状態では未来も何もない。死んでないだけ余計に酷いとかどうなってんだろうな。死ななきゃ後で取り返せるさ、じゃ、ないんだよ運営!


〈だから、竜の子。少し、頼まれてくれるかしら〉

「はい、もちろん」

〈ありがとう。私の妹は、私の雪を溶かし、水へと変えて、この地の命を潤す役目を持っているわ。その役目の為に、凍った物を溶かす力を持っているのだけれど――その力なら、この世界のものならぬ力によるものでも、「凍っている」といえるなら、解除できると思うの〉


 どうやら、やはり神の復活が救出開始に必要なフラグだったらしい。雪を溶かして水にする、って事は、ワイアウ様か?


〈だから、この場所まで、彼らを連れて来てくれないかしら。私はこれから、この世界の物ではないあの氷に干渉して、捕まっている子達を取り戻すわ〉

「分かりました。お任せください」

〈よろしくね〉


 最後にもう一度柔らかく微笑んで、ポリアフ様は姿を消した。多分干渉を始めたんだろう。私はそのままウィスパーを起動する。うーん、さっきのポリアフ様の言葉を動画にとっておくんだったな。


『はい、カバーです。どうされましたか、ちぃ姫さん』

『火山を司る女神の復活を契機に、ポリアフ様から「何らかの塊」と化した住民の方を助ける方法を提示されました。同時並行でポリアフ様による干渉で、流氷山脈に捕らえられた住民の方が救出されていくとの事です。救助方法のメインとなるのは推定ワイアウ様の権能であり、雪山の神殿まで対象の住民の方を連れて行けば良いそうです』

『了解致しました。司令部から全体に伝達、救出を開始します』


 相変わらず抜群の有能さで、カバーさんが動き出してくれた。これで流氷山脈から「何らかの塊」が流れ出しても、モンスターから守りつつ回収されてくるだろう。

 とりあえず私は今カバーさんに連絡入れた事だし、獣人族や露樹族の集落跡地で密やかに管理されている、「凍て喰らう無尽の雪像」を倒した時に解放された「何らかの塊」になった人達を神殿に運ぶとしよう。あの状態ならインベントリに入ったしな。

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