第838話 25枚目:女神起床

 幾ら分の悪い賭けだと言っても、必要ならばやるしかない。一応保険として私がポリアフ様達“雪衣の神々”の神殿で待機し、万が一の時には海の神にも干渉してもらえるように、ネレイちゃんも神殿で待機してもらう事になった。

 タスクの消化で、あの透明な柱はかなり小さくなったようだ。そこに封じられている推定女神が目覚めるまで秒読み、という事で、不意打ちで目覚めるより、こちらから声をかけて起こした方が良い、と、「第一候補」は火山の女神の神官である小人族の人と一緒に、恩寵洞窟の最奥にある祭壇へと移動していった。


「うまく元凶に全力の怒りを向けて貰って、なんならその相手で力を使い果たしてもう一度眠りにつくか、ポリアフ様達と同程度まで弱体化してくれればいいんですが……」


 そう呟いた私をエルルが何かもの言いたげな目で見ていたが、言葉が無かったって事はそう思う部分もあったって事だろう。実際それがベストだし。だって力で仲裁するなんて事になったら、まず間違いなく私とエルルとサーニャが全力を振り絞る事になるしね?

 そんな事を考えながら、神殿の入口辺りで大陸の南側を眺めていると、僅かに地面が揺れた。今感じている揺れ自体は小さいが、問題はここまで伝わってくるほどの揺れが発生しているという事だ。

 現在の北国の大陸で、そこまで大きな現象を起こせる存在は限られる。つまり。


「始まりましたね」


 いよいよ「第一候補」による儀式が始まり、火山の女神――“熱岩の火山にして黒煙”の神が、目覚め始めたって事だ。

 遠目に見ている間に、元は火山だったという山脈に根強く残っていた白い雪が剥がれ落ちるようにして消えていく。白いレースのヴェールを被っていたような山々は、あっという間に黒い色を取り戻した。

 次に起こった変化は、主に山頂の辺りでの発火だ。小さい山から順番に、山頂から火が吹き上げられ始める。ただしあれは噴火ではない。私も一度山頂に昇った事があるから分かるが、あれは、山頂を覆うような形になっていた山火石だ。



 山頂にあった山火石の大きさは相当なものになる。そしてその山火石に火が付いたって事は、周囲の温度も急上昇するって事だ。それを裏付けるように、山の麓に広がっていた白い雪や氷が、あっという間にとけて消えていく。

 ここからでは見えないが、恐らく人魚族の街を覆っていた氷の天井も、それを支えていた氷の柱も溶けてしまっただろう。そして地上だけではなく、しつこく沿岸に積み上がろうとしていた波による氷も見る間に消えていった。

 何か制限があるのか、その熱の波は大陸の北側には及ばない。恐らくは元竜都の辺りで止まっている。だがそれでも、海にも熱が戻ったようで、北側の沿岸部でも氷の成長が鈍くなったようだ。



 やがて早回しのように平地部分に緑が点々と発生してくる。山に遮られているが、再興された渡鯨族の街周辺も、もしかしたら緑を取り戻したのかもしれない。防風林とかがあったって話だし。

 その後氷が溶けてそこかしこに溜まっていた水たまり……実際の大きさは池や湖だろうが……から湯気が立ち上り始め、山頂にあった山火石が燃え尽きた山から、現れた火口に赤い光を見せ始めた。

 一番最後に中央に位置する一際大きな黒い山の山頂にあった山火石が燃え尽きたらしく、目に見える火が消える。そこから、北の果てに居ても僅かに感じる揺れが大きくなり。


ドォ――――ン!!


 と、盛大に噴火した。

 それを契機として、周囲の山も次々に噴火していく。まるで花火のようだが、溶岩の赤い光は周囲に飛び散っているので大変危険だ。そして噴火が続くにつれて、思い出したように火山はそれぞれ、もくもくと黒煙を吐き出し始める。

 あの煙も熱を持っているらしく、上空に薄く残っていた雪雲が追い払われていった。そしてすっかり雪や氷といった、白くて冷たい物を追い払った大陸南側、その中央にある一際巨大な火山が、もう一度盛大に噴火する。


〈…………ふ〉


 そしてそれが収まった時に、黒煙を吐き出す火山の上に、遠目からでも何故かそこにいる事が分かる、女性の姿があった。

 黒煙になびく赤い髪、健康的に日焼けしたような黒い肌。その瞳は、爛々と輝く赤。身に纏うのは、ポリアフ様とは違う、けれどこの大陸の民族衣装。

 火口の上に浮いている、という時点で、明らかに通常の生き物ではないその女性は。


〈ふふっ。ふふふふふっ。あはははははっ!〉


 見開いた眼を僅かにも逸らす事は無く、美しい唇に弧を描いて、まず笑い声を響かせ――


〈よくも……よくもここまで! 私の民を、私の大地を! 汚し、傷つけてくれたわね!!〉


 ――明らかにブチギレている、と分かる声で叫び。視線の先、東の流氷山脈を睨む目に、力を込めた。応じるように、主に東側の火山が噴火する。そしてそこから吐き出された火山弾は、明らかに不自然な飛距離で、流氷山脈へと、文字通り雨のように降り注いでいった。


「……まぁ、とりあえず、目先の敵意をあちらに向けるのは成功したようですね」

「お嬢。もしかして、必要ならあれを正面から止めないとダメなのか」

「他に出来る人が居ませんからねぇ……」


 流石に神の力は反射できなかったのか、火山弾が当たった場所が砕けていく。それだけではなく、火山弾の中に混ざった山火石には火がついていたようで、落ちた場所からじゅわっと溶けていくのも見えた。

 いやー……ガチギレした神様って、怖いねー……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る