第785話 23枚目:一時帰還

 と言う訳で、個人用の神殿にある神域ポータルを経由して、クランハウスの内、自分の島にあるボックス様の神殿へと移動だ。実に便利。ボックス様には感謝しかない。

 時間が無いので祭壇に軽く一礼してからたったか研究施設へ移動だ。一番環境の変化に弱いルウも【環境耐性】を持っているので、北国の大陸南側で奮戦している筈だ。だから、いつもは賑やかな島が大分静かになっている。

 まぁ霊獣や属性精がわらわらうろうろしているから、完全な無人じゃ無いんだけど。後は気分転換に散歩してるらしい、研究者の魔族の人達を時々見かける。


「あ、丁度良い所に。キーガンさん」

「おっとぉ皇女様いやこれはサボりとかじゃなくてですね、休憩、そう、休憩でして――」

「残念ながら緊急に属する解析依頼を持ってきたので、今すぐ戻って下さい」

「なんとぉ、至福の釣りタイムが! あぁっ服の裾を掴まないで! 伸びてしまうと怒られるので!」

「自分で移動してくれるならやらなくて済んでるんですよね」


 で、その中に釣り竿を持って無駄にこそこそ東の海岸へ向かおうとしている魔族の人を見かけて、ぐいぐいとローブの裾を引っ張って研究施設へ戻って貰った。だってこの人、素材研究グループのリーダーだからね。

 あー。と情けない声を上げながら連れ戻されたキーガンさんは、同じグループの人達にぐるっと一周怒られていた。そりゃ仮眠取るって言って釣りに行ってたら怒られるわ。


「……何徹目なのかは問いませんが、もうちょっと身体は大事にして下さい。疲れで解析結果が狂ったとかになったら目も当てられませんし」

「うーん手厳しい。で、皇女様。ご依頼の品とは?」

「一言でいうと、液体火薬です」

「なんとぉ」


 まぁ仕事は出来る人なので、液体火薬、と言った時点で危険物を扱える状態に研究室を整理する指示を出していた。ほどなく部屋が片付けられ、魔力を注ぐことで衝撃に耐えられる頑丈で透明な箱を作る大きな枠の様なものが取り出されて、部屋の中央に設置される。

 私はそこに、まず1つ、液体火薬の氷を入れた。キンキンに冷えているし、今の私は白モフ装備なので、手につく心配はない。その流れで「起爆癇癪玉」も取り出して渡し、ざっくりと今分かっている範囲の説明をする。

 ふむふむなるほど。と説明を聞いていたキーガンさん以下研究者の魔族の人達だが……何故だか顔を見合わせている。おや?


「ふーむ。詳しくはこれから調べますが、もしやすると、既知の素材かも知れませぬなぁ」

「と、言いますと」

「まぁそちらは特殊な魔物種族からの元となる素材を輸入ありきでしたし、どうやらその元となる素材を生成するのは難しいらしく、結局魔法程の利便性は無かったので日の目を見る事は無かった筈ですが」

「……似たような性質を持ったモンスターが出現した、という可能性がありますからね、このご時世」

「なるほど、それは盲点」


 そんな会話をしている間に氷が溶けて来たので、キーガンさん達は十分な注意を払いながら解析に取り掛かり始めた。これ以上いると邪魔になるので、まだ追加はある事を言いおいてから研究施設を出る。

 向かう先は、当然ながら図書館だ。正しくはルールのところである。あれから【鑑定】スキルから派生する各種スキルを取ったようで、ますます情報の解析能力が上がっているからね。

 ちなみに予定通り姿を隠したり情報を誤魔化す系のスキルも取って貰って、出来る範囲で相互に関係スキルのレベルを上げている。ルールの存在を隠す都合上、こっそりにはなるけど。


『お帰りなさいませ、庭主様』

「はい、ただいま戻りました、ルール。ちょっと状況は悪いのですが、それ以上に緊急度の高い案件がありまして」

『現在研究施設で解析中の新素材でございますね』

「その通りです。新素材過ぎて、どう警戒すればいいかすら分からないと、かかる労力が大変な事になっています」


 もちろん図書館内では水気も火気も厳禁なので、ここで液体火薬の氷を出す訳じゃない。何しろルールは島の中で起きたことを全て把握できる。つまり、キーガンさん達の解析結果もリアルタイムで知る事が出来る。

 それに加えて、その解析結果に関連する素材やスキルがこの島にあった場合、ルールに聞けばすぐに教えてくれる。もちろん、キーガンさん達が解析で必要とする物があった場合も同じくだ。

 研究施設に居ると邪魔になるが、ここでルールに解析結果が出たことを教えて貰えば、ジャストタイミングで向かう事が出来るからね。他にも、北国の大陸と氷の大地で起こった事を話しておきたいって言うのもあるけど。


『なるほど、それは大変でございますね。……ところで庭主様。こちらからもお伝えしなければならない話があるのですが』

「何があったんですか?」

『はい。まだ被害こそ出ていないものの、無視するには少々危険度が高いと判断いたしました』


 ……と思ったら、何だか雲行きが怪しい。そもそも、ルールが「危険度が高い」と判断するって時点でアウトだ。うちの管理人は防衛戦のプロだぞ。何せルージュより前、コトニワを始めてからずっと「庭」の防衛に関する司令塔をしてくれていたんだから。

 事によっては、カバーさん達司令部には悪いがうちの子を呼び戻す必要があるかも知れない、と思いながら話を聞く態勢に入ると、ルールはまず、この島を含めた『アウセラー・クローネ』のクランハウスとなっている、6つの島の地図をページに描き出した。

 先月イベントの島の野生動物ともふもふ竜族の人達がいる島は、十字に並ぶメインメンバーの島から見て北西の方向に当たる。もちろんこの島もルールの「管理範囲」の中だ。


『こちらが現在、管理を任されている範囲の全域でございます』

「そうですね」

『問題はこちらの、範囲から外れた島なのでございますが……』


 と、ルールがページに追加したのは、竜族の人達の仮住まいとなっている島の、更に北西にある島だった。大きさは一番最初の私の島の、3分の2ほどだろう。正直小さな島だ。

 ただ、その大きさの割に鬱蒼と木が茂っていて密度の高い森になっている上、海水に強い種類なのか、島の周りにはみ出している。だから、実際の大きさより一回り大きく見えるだろう。調査だけでも大変そうだという事と、地盤がゆるそうという事で、簡単に外から見て放置していた島だ。

 そこに矢印を書き加えて、隣のページにルールが浮かび上がらせた文字は、というと。


『どうやら、見慣れない小型船が出入りしている様子がある、と、西の島の方々が警戒しておりまして。実際それらの会話以降、推定その島からと思しき、侵入の動きがあるのでございます』

「…………防衛最前線あちらに注目を集めておいて、まさかの拠点こちら狙いでしたか。いえ、そうと見せかけて、さらに労力を割かせる作戦かもしれませんが」

『現在までは、通常空間軸による出入りを全面的に封鎖する事で対処しております』

「良い判断です、ルール。防衛ありがとうございます」


 正体は不明。だが、このタイミングで『アウセラー・クローネ』の拠点この場所にちょっかいをかけてくる相手なんて、あのゲテモノピエロの陰謀以外の何者でもないだろう。

 ほんっっっとに、厄介な事を……!

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