第630話 22枚目:溢れ出るもの

 あの洞窟に、まだ非実体状態の雲竜族が残っているとするなら、それはそれで不安なのだが……イベント1回のステージって事で、圧倒的に準備が足りない。主に光関係の。

 この夜が明けたら絶対あの谷の底まで光で満たしてやる……。と決意しつつ、流石にあの防衛戦の後で皆魔力が厳しかったのか、脱出した召喚者プレイヤーは全員サーニャの背中へと移動していた。


『ほんとは背中にはあんまり乗ってほしくないんだけどなぁ』

「非常事態ですよ、サーニャ。籠を用意してる暇なんてなかったじゃないですか」

『それはそうなんだけどさ』

「ヴォルケの一族の子供達だけでは、うっかり落ちてしまう可能性がありますからね。その補助要員と言う形で」

『……まぁ、それならいいけど。流石にあの中に落としたくは無いし』


 やっぱり竜族って同族の子供には甘々だな。速く成長したいという気持ちには変わりないけど、この分だと現代竜族への合流は【才幼体】のままの方が色々スムーズに行くかもしれない。

 そして「あの中」とサーニャですら言う、地上の状態は……と言えば。


「……少なくとも平地には、それなりの数の光が見える筈なんですが」


 こう、手鍋でお湯を沸かす事って無い? あの時の、ぐつぐつに煮立ったお湯の水面みたいな感じで、真っ黒い闇……推定“影の獣”が、地上全体を覆っている。

 うん。あれは落ちたくないな。全力で嫌な予感しかしないっていうか、1日目夜の被害者プレイヤー達の事を考えれば大体分かるというか。凶悪さが増しているという事だけは間違いないんだし。


「まぁでも一応、ちょっかいを出してみましょうか」

『え、姫さん本気?』

「サーニャ、頑張って逃げて下さいね」

『うわ本気でやる気なんだ。まぁ頑張るけど』


 しかしこのまま一晩というのは暇、もといどうかと思うので、詠唱。目一杯に魔力を込めた魔法的照明弾を地上に落としてみた。

 流石に【魔力実体化(○○)】や【結晶生成】によるブーストは掛けられていないが、通常のバフは全部乗せている。ちょっと回復したらしい他の人達からもバフが飛んで来たので、かなり強力になっている筈だ。

 で、そんな魔法的照明弾は、その名の通りにかなり強い光を放ちながら地上へと落下していき……。


「うっわ」

『うわぁ……』

「これはヤバいですね……!」


 地上に溢れていた黒いものが、獣の口のような形をとって、ばくん、と照明弾を食べてしまった。

 もちろん光に照らされている部分は波打っていたし、そこからしばらくステータス依存の視力と【暗視☆】による視界ではさざ波が起こっていたので、削れてはいたのだろう。

 が……まぁ、スーサイドアタックで何も間違ってなかったんだな。自らの一部が削れても封殺する、という感じの。


「昼のアレで、瀕死行動のスイッチでも入りましたかね?」

「大いにあり得ますね! まだ情報が足りないので確定とはいきませんが、かなり可能性は高いかと!」

『え、昼のあれってなにしたの姫さん。というか瀕死行動のスイッチって何?』


 とりあえず今晩はこのまま、ちょいちょい嫌がらせをしつつサーニャに召喚者プレイヤー用語の説明かな。また大規模に魔法を使いまくって! って怒られるかもしれないけど。




 サーニャのリアクションが激しくて時々振り落とされそうになりつつ、テントが出せないので結局徹夜になった翌朝。


「…………引きませんね、あの黒いの」

『引かないね。あと2日だっけ? 別にボクは飛びっぱなしでも問題無いけど、どうする姫さん』

「飛び続けても大丈夫とは、流石サーニャさんですね!」

『ふふん、まぁね!』


 褒め処を逃さないスピンさんによってサーニャの機嫌が急回復しているのを眺めつつ、地上を見る。そこには、昨日の夜よりは多少大人しくなったものの、さざ波の立つ水面のような黒い物で覆われた光景があった。

 陽の光が射しているから、夜とは比べ物にならない勢いで、その体積は減っていっている筈なのだが……まぁさざ波が立ってるって事は削れてはいるんだろう。たぶん。

 となると……やっぱり何か、特殊行動のトリガーを引いたという事なんだろう。色々心当たりはあるが、さて、どれだ?


「とは言え、このままという訳にはいかないでしょう。とりあえず、あの谷の様子を見に行って……あの谷に光を叩き込めば、他の場所も元に戻る、と、いいのですが」

「それはもうトライアンドエラーしかありませんね! 他のステージでの様子も分かりませんし、出来そうなことは片っ端からやっていくべきかと!」

『え、何? 谷ってどれ?』

「山を巨大な剣で割ったような谷が…………あったんですけど、今はあの黒いので埋まってますね……」

『あそこ!? 夜もあんな感じだったから普通の山だと思ってた!』

「私達の方で防衛していた通路が、その崖の中腹に開いてる出入り口だったんですよね! これは、早期に別の出入り口を確保しておいて正解でした……!」

「そうですね。元々の出入り口はそちらだけだったので、危うく詰むところでした」


 そうなんだよな。黒いので覆われて、「え、最初から普通の山でしたが?」みたいな顔をしてるけど、谷が丸ごと埋まってるんだよな。山頂までびっちり。

 ……とりあえず、あれを吹き飛ばすのを、今日の日中における目標にしてみようか。流石にキツそうだけど。

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