第495話 18枚目:王手をかける

「……っふ――――……」


 ごっそり、と、魔力やスタミナに加えてそこそこ体力も持っていかれたのを感じつつ、たっぷり数十秒は放射が続いた炎の柱が収まるのを見る。ここまで自覚できる程疲れたのはいつ以来だ? まぁ、【飛行】で使う魔力は微々たるものだから、すぐにぐんぐん回復していってるんだけど。

 悲鳴らしい声も、何か明確なアクションも無かった。それが、反応しなかった、のか、そういう動きが出来なかった、のかは、分からないけど。

 けれど、この炎の柱……大戦槌の形をした神器の、特殊能力。恐らくは神器として形になった大本の、権能の発露。それがもたらした結果は、凄まじい物だった。


「ははは。……これが本当の、「消し炭すら残らない」火力か」


 ダンジョンの形を取る「穴」は、掘削を進めると若干の角度が付いた円錐形になっていることが分かっていた。つまり、地上部に近い程階層の面積が広いって事だ。掘り進める形の「穴」としては妥当だし、もしかすると、その形も一種のリソースの蓄積だったのかも知れない。

 だが今は、その最大半径のまま、円柱型に穴が穿たれていた。「必要だから壊れない」空中回廊になって残っていた部分は辛うじて残っているが、側面に当たる部分と同じく、黒曜石の様なつるりとした黒に変わっている。

 文字通り。本当に、文字の通り。綺麗さっぱりと「焼き尽くされた」のだろう。だってこの神器は、そういう・・・・力が具現化したものなのだから。


「……流石に「第二候補」と、一緒に居た人たちが心配だな。死に戻りしてなきゃいいけど」


 もう一度長く息を吐いて、まだ自分の調子が回復しきっていないのを自覚しながらそう呟き、神器を右肩の上に引き上げる。うーん、温かい。これ、私さえ回復したらいくらでも撃てるんじゃないだろうか。

 いくら回復力が高いと言っても、その容量も大きい以上、短時間でしっかり消耗してしまえば回復するまで相応に時間はかかる。最近はそこまで消耗する事も無かったし、回復する系のスキルの成長が鈍くなっていたのも確かだし。

 一切の動きが無い大穴に、流石にちょっと不安になって顔が引きつって来る。やり過ぎた、とは思わないけど、うん、せめてこう、周囲に確認を取ってからやるべきだったか……? と思っていたところに、ウィスパーが届いた。


『はい、何でしょう「第一候補」』

『うむ。一応確認だが、今の炎の柱は「第三候補」だな?』

『そうですね。流石ティフォン様の神器です』

『やはり神器絡みであったか。一瞬、神が顕現したのかと思ったぞ』

『ははは。……間違いなく、権能の一部は形になりましたけどね』

『で、あろうな。むしろ、他には無かろう』


 ちら、と周囲に目を向けると、どうやら中心壁と「穴」の中間地点に、陣地を構えるようにして召喚者プレイヤーらしい人影が集まっているのが見えた。あそこに「第一候補」が居るのだろう。

 ダンジョンの入り口となっていた建物が向いていた方向の延長線上で、現在の私からすると左手にあたる。そこで今も神器で強化された【王権領域】を全開で展開しているが、流石にあそこまでは届かない筈だ。たぶん。


『一応念を押しておくが、同じ場所に撃ち込んでくれるなよ、「第三候補」。元凶ではなく、その力によって空間に穴が開いてしまうぞ』

『しっかり心に留めておきます。元凶さえ姿を現したならもう一発撃ち込む必要は無いんですけど』

『……もう一度撃てることについては否定せんのだな』

『感覚ですけど、私の回復さえ間に合えば連打も可能だと思いますよ』

『流石だと感心すれば良いのか、呆れれば良いのか……』

『ははは。ちなみに何故撃てるようになったかは分かりません』

『良し。呆れる事にしよう。何をやっておるのだ』

『ティフォン様直々に許可を貰った大規模破壊ですが?』


 何故か呆れられてしまった。だって実際何で神器「ザ・フランムフレッセンアルフ」がその気になったのかは分からないし。システム的な条件だけで言えば、増加した火力が一定値を超えたから解禁、って事になるんだろうが、なんかちょっと違う気がするんだよな。

 ウィスパーに応じつつ大穴に目は向けたまま、左手を柄から離してぐっぱと動かす。んー、完全回復までもうちょっとかな。もう一発撃ち込むにしても、今ので火力が更に上がってるだろうし、少し移動して斜めに角度をつけてにするか。

 何故かウィスパーの向こうで息を吐いたらしい「第一候補」は、それでも早々に気を取り直したらしい。


『まぁ、それだけの火力が必要である、というのは確かであるがな……。ところで、「第三候補」。確認だがその神器、神から貰い受けた力を強化する力があるのか?』

『ありますね。【王権領域】が強化されています。今の半径がどれほどかは分かりませんが。……まさか、この距離でもそちらに何か影響が?』

『いや、流石に距離がある故、そちらは大丈夫だ』


 まさか、と思って確認するが、そちらは大丈夫なようだ。良かった。流石にそこまで効果範囲が広がったら大変な事になるからな。

 こうやって会話している間も、本当に一切の動きが無い大穴を眺めつつ、じゃあ何だ、と首を傾げながら「第一候補」の言葉を待つ。


『ふむ。そうか。……とは言え、貸し与えられた神器の又貸しは推奨されぬであるからな。その神器の効果であれば致し方ないか……』

『神から頂いたスキルを強化する必要があるんですか?』

『端的に言うとそうであるな。今の一撃で、相当に「異なる理」が弱まった故、可能ならこちらの神の力を注いで更に弱らせたいところなのだが……もう一息、力が足りぬ』

『……そうか、最寄りの神の領域は“破滅の神々”ですからね……』

『それを越えても、秩序にして善とは言え、あの神々であるからな……』

『ボックス様が居ますよ』

『この世界土着の神でなければうまく安定せぬのだ。つまりはその神を経由して、大神の力を引き寄せる事が肝要故な』


 どうやらあちらはあちらで苦戦しているらしい。……まぁそれさえ出来れば一気に良い方に転がる、って事は、相手からすれば何を置いても阻止するべき案件、って事だもんな。

 あぁ、だから大穴の方に何の動きも無いのか? 最深部の大部屋が無事なら「第二候補」は変わらず暴れているだろうし、外からは「第一候補」が揺さぶりをかけているしで。

 まぁそれなら、少し角度をつけて更にリソースを削ってやろうか、とようやくの全回復に息を吐いていると、ウィスパー越しに悩まし気、あるいは悔し気な「第一候補」の声が届いた。


『1つでも大神の祭壇があれば、それが一番良かったのであるがな。未だに外縁部の拡張は見られぬと言うし、それまでに手に入れた分は全て、領域境の防衛の為に費やしてしまったから……。無いものねだりをしても何にもならぬのだが』


 ……その言葉に、思わず動きを止める。

 いや、まぁ、そうか。さっき「第一候補」は、土着の神の力を呼び込むことで、大神の力を引き寄せる事が大事だって言った。だから、大神そのものの力を直接引き寄せられるなら、それが一番いいだろう。

 ただ問題は、その「大神の祭壇」が無い……正しくは、ここまで手に入れた分は使い切り、新しく入手する当ても無いって事だ。まぁそうだな。正攻法だと作り方から調べなきゃならないって時点で、そりゃそうだ。


『……うむ? どうした「第三候補」』


 私が沈黙しているのに気付いて、「第一候補」が声をかけてくる。うん。いや。その。ちょっと、待って欲しい。

 分かる。分かっている。「大神の祭壇」さえあれば、元凶に対して王手を掛けられるって事だ。フルボッコにしてここでトドメを刺しておきたいのだから、もちろん、その方法があるなら実行するべきだ。分かってる。

 それでもたっぷり、神器を持っているから頭を抱える事こそ出来ないものの、空中で悩む。いや、考えるまでも無いんだけど。やった方がいいんだけど。それはもう、今までの「第一候補」の実績とかから考えても分かり切ってるんだけど!


『…………「第一候補」』

『うむ』

『その。…………大神の祭壇さえあれば、元凶は詰むんですね?』

『で、あるな。事実上の王手である。そこからは火力勝負であろうが、そちらはそれこそ心配あるまい』

『です、よね……』


 先程とは違う意味で、深く息を吐いた。うん。分かってる。分かってるんだ。泣き言なんてめったに言わない「第一候補」がそれでも無いものねだりを口にするって事は、本当に、絶対、どうしようもなく必要だって言うのは。


『……あります』

『うむ?』

『持って、るんです。大神の祭壇。1つだけですけど』

『何!? 本当か、いや確かに助かるであるが、何故だ!?』


 あるん、だよ。メニューからインベントリを開き、確認したその中に。しっかり、「大神の祭壇」の名前が。個数は1個。

 そして、話に出したという時点でこちらに回すつもりだと察した「第一候補」は、思わずと言った調子で声を上げた。まぁそりゃ疑問だろうな。あれ以降入手する機会は無かったし、話の流れ的にあそこで全投入してる筈だし。


『…………たんです』

『?』


 はぁ。と、息を落とす。

 何故って言われれば、そりゃ当然、取っておいたからに決まってるじゃないか。


『私には、合流していない使徒生まれの子がもう1人居て……その子の、生来武器強化の分に、と……取り置いていたんです』


 ルシル達の状況と話から、生来武器を持っているのは確定している。いつ合流できるかは分からないが、合流しないという選択肢は無い。だから、確保しておいたのだ。

 ……賢いアホの子で、自分から迷子になりに行くタイプの方向音痴である、ルイルの分を。

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