第487話 18枚目:決戦開始

 カバーさんへ『今夜9時に「第二候補」と合流して推定最深部へ突入します』という内容のメールを送ったが、夕方になっても返事は来なかった。あの人に限ってメールのチェック漏れというのは考えにくい。流石に、リアルにも影響する不測の事態があった、とは思えないが。

 ……まさかと思うが、私のメールが迷惑メール扱いされている、とかではない、筈だ。……たぶん。

 まぁともかく。ルーチンという名の普段の日常を過ごして、約束の時間10分前にログインした。


「む、「第三候補」が来たという事は、時間かの?」

「いえ、時間の10分前ですね。そういう「第二候補」こそ随分と早いのでは?」

「クカカ、儂は15分前に来たぞい。しかし体感的には半時間ほどが経った気がするのう」

「やっぱり時間の流れがおかしい事になってますね。まぁ一緒に来てくれた人の内、数人は時間ジャストに来てくれる筈ですから、そこから動きましょう」


 テントから出て、テント自体を片付けてインベントリに入れる。やはり神器だからなのか、それとも貸し出されている状態だからか、インベントリに入れる事が出来ずに横へ置いておいた大戦槌を手に取った。

 周囲を見れば、あれだけ大穴を開けて拡張されていた大部屋が、ほとんど元の形に戻っている。よし。流石に何らかの手段で地上に戻っても、今からじゃ潜り直すのは無理だからな。


「殴り壊せる相手が復活してくれていて、何よりです」


 とりあえずは再度の拡張工事と行こう。出来れば今度は天井も吹き抜けにしてやる。普通サイズの扉の方は「第二候補」が楽しそうに返り討ちにしているし、最後で良いだろう。

 ぶおん、と神器を振って、忘れないうちに【王権領域】を展開してから壁に向かう。走った勢いを十分に乗せて、思い切り、神器を振り抜いた。

 ッッゴ!!! と重量級の音がして、どこまでも真っすぐ、果てが無いんじゃないかと思う程に真っすぐな穴が穿たれる。……手応えだけの話になるけど、やっぱりちょっと火力が落ちてるな。出来るだけ取り戻したいところだ。そんな事を思いつつ、大部屋をさらに拡張していった。


「おーい、「第三候補」や。時間じゃぞー」

「分かりました」


 周囲の壁が無くなり、【風古代魔法】の空気の足場で天井を破壊しにかかってしばらくしたところで「第二候補」から声がかかる。おっと? 思ったより長く動けた感じがあるな。出来れば天井もすっきりさせたかったけど、まぁいいか。

 護衛()の人達がテントを片付けたり準備運動しているのを横目に、普通サイズの扉を殴り壊していく。出来るだけ後の憂いは断った方が良いだろうからね。既に出てたモンスター? 「第二候補」が片手間に片付けてたよ。

 うん。体感だけど神器の火力も大分上がったし、内部時間の流れがどうなるか分からないから、早めに決着つけたいよね。


「それでは、準備は良いですか?」


 現在は半分よりちょっとが床の上に出ている巨大な扉の正面に立って、護衛()の人達を振り返る。応!!! と元気のいい声が返って来たところで、左横に居る「第二候補」と同時に構えを取った。

 この巨大な扉が浮き上がってくる条件は、この大部屋の床か、扉自体にダメージが入った場合だ。流石に壊れる事は無いと思う。壊れたら指さして笑った後頭抱える事になるだろうけど。

 出来るだけ真正面から背後に神器を振りかぶり、タイミングを合わせる溜めを挟んで、


「――[ハードスマッシュ]!」

「――[断斬刃]!」


 同時に、一撃の威力が高いアビリティを、巨大な扉へと叩き込んだ。

 ドン、とも、ゴン、ともつかない鈍い音が響いたが、割れたり折れたりする感じの音じゃ無かったから大丈夫だろう。軽くバックステップで後ろに下がるが、巨大な扉は、盛大なヒビこそ入っていたが健在だった。

 そのヒビも、砂に染み込む水のように姿を消す。扉が元の形に戻った所で、音もなく滑らかにその高さが上がっていく。そして然程なく、普通サイズの扉と同じ比率になった。


 ――ゴゴン


 鈍く、低い音。いつもと違って灯りをつけていたから、その音が、目の前の巨大な扉が、ゆっくり開いていく音だというのがすぐに分かった。

 金属とも皮ともつかない材質の扉が、光を跳ね返す角度が変わっていく。光沢の変化、という形ではっきり示されたその変化は、すぐにその、両開きの扉の中心に、光の筋が入った事による変化へと変わる。

 白ではない。赤でもない。およそ自然の物とは思えないそれは、非常口を示すもののような緑色をしていた。


「既に嫌な予感がする訳ですが、元から碌な相手ではないでしょうし、仕方ありませんか」

「クカカ、「第三候補」の勘は当たるからのう。ちなみに根拠はなんじゃ?」

「この亜空間の中心部に「異なる理」の支配する領域があって、そこに出てくる相手が寄生や洗脳能力を持ったモンスターばかりなんです。だから恐らく、大本の性質が「そう」なのではないか、と言われています。まぁそういう意味で私はほぼ確実に安牌なので、様子がおかしくなったら遠慮なく殴りますからね」

「おお、恐ろしや恐ろしや。重々気を付けるとするかのう」


 扉が開くにつれて、その向こうからかなり激しい戦闘音が聞こえてくるようになった。やっぱりあの連絡は確認できない程に忙しかったか……もしくは、届いたうえで、返事は無くとも調節してくれていたか。

 どんな罠があるか分からないので、念の為扉が完全に開き切って動きを止めるまで待ってから、その向こうへと踏み込んだ。

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