第485話 18枚目:テントの中身

 テント、と一口に言っても色々なタイプがあるが、一番普通に売っている、三角柱を横倒しにしたような小さなテントは、入り口の布についている紐を、内側で結ぶことで施錠される。

 それで大丈夫なのかとリアルでは思うところだが、ここはフリアド、剣と魔法のファンタジーな世界だ。作る時にいくつかの魔法を使う事で、モンスターや野生動物からの隠密、見つかってもその防御力はちょっとした小屋より高く、簡単には破れなくなっている。

 だからそんなテントの入り口が開かれた、という事は、内側から、つまり利用者が起きた、ということになる。問題は、その利用者だ。こんな場所に、間違いなく一番乗りした筈の私達より先に辿り着いていた誰か或いは何か。正体によっては、即座に戦闘に入らなければならないが――。


「む? なんじゃ、随分静かじゃと思ったら、扉がほとんど残っておらんとは。全く、せっかくこの部屋が一杯になった頃を見計らって起きたというのに……」


 出てきたのは「まだまだ若いモンには負けん!」と元気いっぱいに断言し、実際若い人より働く感じのお爺さんだった。ゆったりとした黒い上等そうなローブを羽織って身体は隠れているが、筋骨隆々という感じはしない。しかし、腰もしっかり伸びてるし「どこが年寄りだ」と文句を言いたいくらいに元気なのは確かだろう。

 もしゃっとした白い髪とひげを蓄え、目の色が見えない、というか、閉じているようにも見える細目。左手には節くれだった枝を磨き上げたような杖を下げている。付いて歩くとしたら、杖頭に手を当てる事になるぐらいの長さだろう。

 空いている右手で白いひげをしごきつつ、主にレベリング中の護衛()の人達を見ていたそのお爺さんは、


「まぁ仕方ないかの。ここまで独り占めできたのが幸運なんじゃし、無理に休憩を通したから、今日は仕事に集中するかのう」


 と、独り言を言って、テントに戻りかけた。もちろんそのまま放っておくという選択肢は無い。とりあえずまず、ティフォン様から貸して貰った神器を床に置く。ゴドン、と、重い音が鳴った。

 それに気づいたらしいお爺さんは、腰をかがめてテントに入ろうとした動きを止めた。きょろ、と見回すその目の前に、ドレス姿のまま歩いていく。そして、にっこり、と笑って、無言のままカテーシーをした。


「ほ? おやこれは可愛らしいお嬢さんじゃ……んん? どこかで会ったような……?」


 その動作に、にっこりと笑って返してくれるお爺さん。しかし何故かすぐに考え込み始めた所で、私はすっと姿勢を戻し、



 前動作なしで、その頭に飛び蹴りを叩き込んだ。



「っち、今のを防ぐとか相変わらずふざけた戦闘力をしていますね」

「可愛く見せて奇襲とは良い趣味をしておるのう!?」

「私が可愛いのはただの事実ですから」

「自信満々じゃのー。まぁそれも分からんでもないが」


 と、思ったのだが、やはり前動作なしだと威力か速さが足りなかったのか、瞬時に掲げた杖でガードされてしまった。それでもテントの前から吹き飛ばすには十分。カツカツと足音を立てて歩み寄りながら、ゴキゴキと拳を鳴らした。

 その態度に目を丸くしたものの、口の端を(恐らく無意識で)持ち上げるお爺さん。おい、本性漏れてるぞ。隠す気も無いんだろうけど。

 なので。はー。と、盛大にため息をついて見せた上で、目を眇める。最後にぐっぱっと手を閉じて開いて、お爺さんの手前数メートルのところで足を止めた。


「とりあえず、一発殴らせやがれですこの戦闘狂。イベント始まってから一度も外に出ず引き籠って話をややこしくした罰で」

「うむ、やっぱりそうじゃの。しかし相変わらず儂にだけ態度が酷くないかのう?」

「自分の行いを省みてから言いやがれっつーんですよ。こっちからの連絡も捜索も手助けも使徒生まれの子たちの面倒も全っっっ部丸投げして、ついでにこのイベントにおける大仕掛けを1つ機能不全に陥れて没頭した戦闘は楽しめましたか?」

「敬語が剥がれておるぞい「第三候補」。いや、姫と呼んだ方が良いかの? というかなんじゃ、大仕掛けを機能不全とは。流石にそれは聞いておらんのじゃが」

「誰のせいだと思ってやがりますか。えぇ聞いてないでしょうね、この空間は「異なる理」の支配下にあるせいで、大神の加護である掲示板やウィスパーやメールは機能しませんから。私達がどれだけ呼びかけていても、一っ切届いていないのは道理なんですよ」

「はー、なるほどの。通りで誰にも出会わん筈じゃ」


 っぱん! と左手に右の拳を叩きつける。ほうほう、と納得したように頷いているお爺さんだが、その左手は杖の持ち手を掴み、右手は杖頭に添えられている。知っている。あの杖は、仕込み刀だ。

 私の飛び蹴りを受けても壊れていないという事は、相当に強力なのだろう。何故なら……現状確認できる限り、最強の金属である、竜合金。それと同じ製法で作られた物である可能性も高いのだから。


「もう一度言います。――色々説明や解説その他あなたの利点となる話と提案をしますから、大人しく一発殴らせろ「第二候補」」

「無茶を言うでない。そんな本気で殴られたら、儂、跡形も残らんじゃろ」

「大丈夫です。天井か床にめり込む程度に加減します。跡形残さず、というなら、ティフォン様の神器で文字通り消し炭にしてやっても良かったんですし」

「うーむ、相当やらかしてしまったのうこれは。あの「第三候補」がかつてなく怒っておる。しかしそこは普通壁……おう、いつの間にか壁が無くなっておるわ」


 誰が!!

 こんな! ところに! 居ると! 思うかこの戦闘狂が!!!

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