第399話 17枚目:会話と取引

「――――っは」


 しばらく完全にフリーズしていた自称山賊だが、その顔が笑みの形に歪むと同時、そんな、ぱんぱんに膨らんだ風船の口を緩めたような、空気が風になるような声が零れる。そしてそれは、すぐに楽しくてたまらないとばかりの笑いに変わった。


「くっくくくくくく、面白れぇ、面白れぇなオヒメサマ。お綺麗な分だけお上品かと思ってたら、意外と「こっち」でもいけたんじゃねぇか? なぁ?」

「対策するには勉強するのが手っ取り早いじゃないですか。それに私が信仰している神は、悪を誅する為の悪までなら許容範囲です」

「ぶっ、くっ、わっははははは……! そうかい、そいつぁいい!」


 何かツボに入ったように大笑いする自称山賊。もちろん大笑いと言ったって、周囲に声が響く訳じゃない。不思議な事に少し注意を逸らせばすぐ聞こえなくなる程度に抑えられている。何かのスキルかな?

 ひとしきり腹を抱えて大笑いした自称山賊は、気持ちすっきりした顔で再度にやりと笑った。


「おめぇら、出てこい。止めだ!」

「えー。んな事言ってもボス、アレと敵対するのだけはヤベェって言ったのボスじゃねぇすかー」

「こっちのオヒメサマのが何倍もヤベェわ。それにアレだと、どっちにしろその内生贄で死んだ方が万倍マシな目に遭ってただろうよ」

「まぁボスがいいならいいっすけどぉ」


 文字通りの号令に、最初に顔を出したのは黒い目出し帽を被り、服も黒一色に染めた小さな人影だった。小人族だろうか。黒子みたいな格好だし目も黒いから詳細が分からないな。

 その後も感知していた気配が続々と集まって来る。うん? いちにぃさん、あの最初に出て来た小人さんともう1人、集団の後方に紛れる感じの黒づくめの人は感知し損ねてたっぽいな。修行が足りないか。

 あと、何か気配が後ろに移動した……と思ったら、どうやらルージュとルディルが確保してた人を転がしだしてきたらしい。……あぁ、なるほど。囲まれると守り切れなくなるから、特大ハンモックの向こうに回りこもうとした時点で確保してたのか。


「まぁ止めにしてくれると助かるのは間違いないのですが」

「なぁ「第三候補」。これってもしかして「なかまにしてほしそうに」以下略なんじゃね?」

「私では無くて「第五候補」向きなんですよね、人脈と集団行動が取り柄の場合。あなたはどうなんです?」

「うーん。俺の場合重視するのは指揮能力だからなー」

「おうおうおう、話を切り出す前に当人の目の前で振る相談するのは止めねぇか」

「だって他に選択肢ないじゃーん?」

「何か間違ってます?」

「その通りだがよぉ」


 こちらも臨戦態勢で居る必要は無いと判断したのか、さっそく茶化しに来る「第四候補」に普通に返す。自称山賊には呆れられてしまったが、間違ってないんじゃないか。

 「止めだ」以降の言葉から、恐らく最初の目的としてはこちらが警戒した通り、『バッドエンド』関係から依頼なり話を聞いて私達を襲撃しに来たのだろう。

 で、それをやらないって事は依頼不履行、つまりは裏切りって事である。つまり『バッドエンド』から依頼を受けてそれを裏切ったって事だから、その後どんな報復が行われるかは火を見るより明らかって奴だし、それに対する安全を確保できる相手ってなったら、ねぇ?


「まぁいいか。オヒメサマの下じゃぁのんびり酒も飲めなさそうだしなぁ。が、せめて紹介状の1つぐらいは貰えないもんかね?」

「はいじゃあ皆さん、チーズ」


 そんな事を言われたので、せっかく全員集合しているのだしとスクリーンショットをパシャリ。それをそのままメールに添付して「第五候補」へと送っておいた。


「ちょうど居る時間で良かったですね。辿り着けたら歓迎するとの事ですよ」


 数秒で返って来た返事をスクリーンショットに撮り、こちらは代表者である自称山賊に見せる。どうやったのかこれもスキルなのか、キスマークが署名のように付けられた快諾メールはお気に召したようだ。


「ほっほぅ。ちょっとお目に掛れないくらいの美女だっつぅから楽しみにしとくかぁ。そんじゃぁなオヒメサマ!」

「はいどうも。もうちょっと待ってくれたら島まで連れていけますけど、帰るならどうぞ」

「おうおうおうおう、なんだそりゃ聞いてねぇぞ。至れり尽くせりじゃねぇか」

「そりゃ言ってないからな! あと、連れて行くっつっても被害者を運ぶあれへの相乗りだから、乗り心地は保証できないぞ☆ それに荷物も載せれるけどあと1時間ぐらいで出発だからヨロ!」

「はっ、十分だ。おうお前ら、アジトの撤収準備だ!」

「「「あいさーボス!」」」


 途中で「第四候補」が言葉を(勝手に)引き取り、自称山賊達はあっという間に姿を消していった。そしてちゃっかり金貨の入った袋も回収している。うーん行動が早い。

 しかしあと1時間ぐらいで出発、ねぇ。


「ちゃんと仕事は出来るんですよね。警戒しながらでも町の人を1人残らず収容する準備が出来たって事ですし。その後の対処はまた別ですけど」

「まぁな! 俺、やれば出来る子だから! つー訳で「第三候補」、移動準備宜しく!」

「分かりました」


 え? どうやってそんな人数を運ぶんだって? もちろんそれも考えて来てるよ。流石にエルルやサーニャでも千人オーバーの意識の無い人間を一度に運ぶのは厳しいからね。

 メインの実行者は「第四候補」で、補助は私。でもこの計画には、「第一候補」も噛んでいる。だって今回『バッドエンド』がやった、信仰というものを冒涜するに等しいやらかしに対しては「第一候補」も相当に怒っていたからね。

 そう。私は補助だ。実行者である「第四候補」に対しては荷物を運び、護衛して、クレナイイトサンゴの除去と虫下しの作成という役目を持って。


「えーと確か、辺の長さも指定があった筈ですからそのサイズの石板を作って、と……」


 そして、今も自身はクランハウスである離島で待機している「第一候補」については……空間を繋ぎ、安定させ、離れた場所同士を繋ぐ神の御業。それを発動する事を担当している。

 つまり、ゲームによってその希少度が大きく変わるものの存在はよく確認される、「転移門」だ。それを設営する為に必要な、莫大な量の魔力を込めて精度の高い魔法陣を描く、という役目が、私である。

 ちなみにこれはエルルとサーニャにも言える。一般人間種族だと10人から30人は必要だって言うんだけど、私達(竜族)からすれば「まぁ流石に魔力が減ったのが分かるかな」だからなぁ。


「どうあがいてもステータスの暴力ですからね。特にリソースと回復力的なもので言えばこれ以上っていないでしょうし」


 まぁだからあの5月イベントの時の話でも、「材料」として竜族を狙う的な話が出たんだろうけどさ。ステータスの暴力だからちゃんと育てば最強とは言え、生贄適性も十分に高すぎるんだよな、竜族。

 それはそれとして、流石に今の自称山賊達の中に『バッドエンド』は紛れ込んでないだろうし、紛れ込んでても回収した住民の人達を調べる流れで調べれば分かるだろう。何せ「第一候補」が本気になっているんだから。

 っさ、この大規模な「誘拐」も大詰めだ。最後まで気を抜かないで行こう。

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