第371話 16枚目:爆弾の理由
「私達は構いませんよ」
「ありがとうございます」
「い、いやいや何言ってんのよ、今そんな事してる場合じゃないのはあなたのほ……」
にこにこといつも通りなカバーさんに応じて、カバーさんの分を含めた全員分の席を用意する事に。途中でソフィーナさんが何か言いかけたが、私が軽く手でストップの合図を出すと、言葉を飲み込んでくれたようだ。
そしてその準備の間に、見える限りの他の試験会場の様子を見る。……うん。やっぱりな。たぶんこの分だと、全参加クランの、全部の加入試験会場に『本の虫』の人達が出向いてる。
おそらくこれが「フォロー」という名の詳しい説明だと思うし、私の所にカバーさんが来るのは妥当だろう。そこに疑問は無い。疑問は無い、が……。
「正直、動揺も混乱も絶賛真っ最中なので、解説はお手柔らかにお願いしたいのですが」
「分かりました。それでは皆様、しばらくご清聴願います」
だからと言って元々あった疑問が解消された何てことは一切無い訳で。この相変わらず手際の良い役割分担は大変『本の虫』の人達らしいが、本気でドッキリに近い事をやられると大変心臓に悪い訳だよ。
とか思いつつ、テーブルを囲む形で席について話を聞く体勢に入り、実際やはりカバーさんの説明は上手で分かりやすかった。
ご清聴願いますと言われたので途中の質問は無かったが、なるほど確かに、最後まで聞けばほとんど思いつく疑問は解消するだろう。
カバーさんの説明によれば、まずこのタイミングで解散を発表したのは前々から『本の虫』内部の会議で決まっていて、むしろその注目を集める為にこの大クラン合同加入試験会を開催した側面すらあるとの事だ。
で、肝心の理由だが、それはカバーさん曰く「リスクの分散と健全な競争の促進」だそうで……もうちょっと噛み砕いて言うと『バッドエンド』への対策、兼、検証・情報の分野に関する『本の虫』一強の状態を解消するのがメイン理由となるらしい。
まぁあのゲテモノピエロ率いる害悪クランに対する対策としては分からなくもない。『本の虫』への信頼は絶大だ。だからこそ、ピンポイントで狙われるリスクは上がるし、そしてそれを防ぎきることは非常に難しく、防げなかった場合の混乱や被害が流石に無視できなくなっている。
だからこそ『本の虫』という大看板を一旦取り下げる事で各クランにその責任を分散し、『バッドエンド』側の狙いを攪乱する。もちろん分散してもある程度狙って仕掛けられる場所はあるだろうが、今の『本の虫』という一大クランの状態よりはマシだろうとの事。
で、メイン理由のもう1つの方だが。
「本来の検証とは、実行した本人がまずその恩恵を受けるべきです。確かに情報の扱いとして公正と公平を意識してはいましたが、だからと言って、情報の秘匿がすべからく悪だという空気には、我々も少し思うところがありまして」
「あぁなるほど……『本の虫』が情報に関するトップで信頼が高い故に、「そこに協力しない事は悪」として、情報が公開され過ぎていた、という事ですか……」
「そういう事です。もちろんデスペナルティの実効値等の公表と共有が必要な情報はありますが、大半はそうではありませんからね。進化条件なども、最初は真実有志の協力によるものだったのですが……」
「後は、『本の虫』が管理をしてくれるからと、情報そのものの扱いが軽くなっていると」
「そうですね」
……まぁつまり、検証班としての実力と公正さが、有名に「なり過ぎた」事の弊害だ。頑張って新しいレシピを開発したり、足で稼いでレベリングに良い場所を発見したりしたなら、それをどうするかは本来本人の自由だ。
が。カバーさん曰く、5月イベントが終了した辺りから「『本の虫』にだけはどんな情報も隠さず提供するべき」みたいな空気が出て来たらしい。それは段々と悪化して、最近では「『本の虫』に情報を出さないなんて酷い奴だ」と言われるまでになっているそうだ。
私からしても、いや、それは違うだろうって話だよ。『本の虫』の人達の誠実さと能力の高さが理由なのは確かだが、それは『本の虫』の人達を理由に他人を叩くそのバカがダメなんじゃないか。
「我々としても何とか改善できないかと努力はしてみたのですが、芳しくなく。このままでは最悪、他のアプローチによる新たな検証者達の芽を摘むことにもなりかねない、という事で、今回の解散となった訳です」
と、言う事らしい。
なるほどなぁ……組織が大きくなりすぎるっていうのも問題なのか。人数だけじゃなくて名声的な意味でも。
「なので、『本の虫』という検証クランは解散。此処までに得たすべての検証データは後継クランである『アナンシの壺』に譲渡し、『アナンシの壺』は検証を行わず、データの管理のみを行います。また、その情報は原則として一般公開されることは無く、閲覧の権利は現『本の虫』クランリーダーであり、『アナンシの壺』における唯一のメンバーが一括管理する形となります」
あー、世界中の知恵を集めたという知恵者の蜘蛛が持つ壺か。結局叩き割られて、そのおかげで世界中に知恵が満ちたってオチだった筈だけど。……今回の壺はそうそう割られそうにないな。
「後は、半ば個人的な理由なのですが。我々にも特に深い付き合いのある個人がそれぞれにおりまして。検証は変わらず行いますが、一か所で集中的に行うのではなく、各クランで半ば競うようにするのも手法の1つとして有効ではないだろうか、という結論になりました」
なるほどー。とみんな揃って納得した所で、ん? とちょっと引っ掛かった。うん。クラン同士で検証度合いを競うように、言い換えれば戦闘や生産のレベリング効率を求めてそれぞれに検証作業をやっていくのはまぁいい。これなら後続の
これからは各クラン独自の生産レシピとかも生まれてくるだろうし、それがクランの売りになる可能性も高い。多様性に更に幅が出る訳だな。まぁそれはいい、んだけど。
「と、言う訳で」
ここでカバーさん。にこ! と、大変良い笑顔でエルルの方を振り返った。
「私はこの通り、「第三候補」さん――改め、ちぃ姫さんの下に所属することを希望したいと思います。ので、エルルさん」
「え、おう」
「一手、お相手頂いても宜しいでしょうか?」
「アレクサーニャ、やってみないか?」
「何かすごい嫌な予感するから指名通りエルルリージェがやればいいと思う!」
あ、そっか私のさっきの引っ掛かりってこれかー。すっきりした。
……っじゃなくて。
いや! ありがたいけど! そりゃもうすっごいありがたいんだけど! 何気ない感じで剛速球を叩き込まれると心臓に悪いんだけどカバーさん!? わざと!? わざとだなそのすっげーいい笑顔!
「っち勘のいい……」
「私としてはアレクサーニャさんでも構いませんが」
「あっはっはっは、ヤだ!」
え、結果? 何言ってんの、カバーさんだよ? タイプとしてはルチルやフライリーさんに近い小攻撃を連打する戦い方だけど、カバーさんだよ?
いやぁ……エルルがほとんど手も足も出ずに翻弄された挙句、首に剣を付きつけられるとこまで行くとはね。
っていうかカバーさん、杖の方だけじゃなくて剣からも魔法打ってなかった? それに杖からなんかこう光っていうか属性の刃みたいなの伸ばしてなかった?
「手札の多さが自慢ですから」
「そういう話じゃ無いだろあれは……」
一体何を目指しているのか、ちょっと見ない間に手札が恐ろしく増えてるんだよなぁ……。いや、頼もしいには違いないんだけど。
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