第366話 16枚目:たられば話
ソフィーさん達が合格したのが土曜日午前中ログインの頭、ルウが合流したのが昼前だったので、一度私はログアウトした。お昼を食べてから外部掲示板を覗いてみると、やはりというか何というか、今一番熱い話題はクランに関する事だった。
クランのステータスを暫定でつけるスレッドだったり方向性で分けてみるスレッドだったりと様々だ。そしてそこに書き込んでいる推定フリアドをやっていない人からの質問もあるな。
恐らく未来の第三陣なのだろう。……発売は12月に入ってからだった筈だから、頑張ってほしい。
「さーてと。あと何人増えるかな」
そして未来の第三陣からの「魔物って強いって聞いたんですけどほんとですか?」という質問に、初心者はやめとけ、の大合唱が一気に流れていく光景から目を逸らし、フリアドへとログインした。
……悪かったな、初心者とは思えないような根気とガッツとぼっち耐性及び作業ゲー耐性の持ち主で。
第一陣の魔物種族プレイヤーは、既にその大多数が既存のクランに新しく魔物としてリスタートするプレイヤーの指導係として加入するか、新しく自分達でクランを立ち上げているようだった。
第二陣の魔物種族プレイヤーはというと、それはそれで元々居たクランに戻っていたり第一陣に誘われたりしているので、フリーでいる可能性は低い。
なので午後のログインで型稽古をしながら眺める挑戦者達は、その大半が人間種族プレイヤーだった。一部住民も含まれているが、そちらもほとんどが人間種族である。
「まー6月イベントで魔物種族の重要性をこれでもかと思い知ったでしょうしねぇ」
「そうですねー。私達も挑んでみましたけど、それはもう散々でしたから」
ちくちくと何か刺繍のように針を動かしていたソフィーネさんが、その一言を聞いて遠い目になった。あぁ、やっぱり挑んではいたんだ。そして見事に玉砕したと。
第三陣が来る前に人間種族にもそれなりに種族レベルカンスト者が出たが、むしろフリアド的には種族レベルをカンストしてからが本番という気配すらあるからな。あの【成長因子】を見る限りは。
種族レベルの上限がそもそも違う事に加えて、たぶん人間種族はステータスの伸び方が平均に近いんじゃないか? もちろんそれぞれに持つ特徴に合わせての差異はあるだろうが、それでも同系統の魔物種族程極端では無い気がするんだよな。
「とはいえ、これから大陸を移動する前提で、そのたびに環境が激変するという事を考えると……やはり、
「それもそうなんですよねー。ちぃ姫は例外中の例外でしょうし」
「任意で選べるようになってもほぼ全員が途中で投げると思いますよ?」
「……魔物種族はある程度育つまでは茨の道って聞きましたけど、そんなにですか?」
「その「ある程度」が死ぬほど高いから現状のステータスになってる訳でして。というか、私まだ分類で行くと【幼体】ですからね? 体スキル、サービス開始から1日も欠かさずにログインしつづけて、未だマイナスですからね?」
「すっごい納得しました」
理解して貰えて何よりだ。身体の実年齢で考えたら妥当どころか驚異の成長速度なんだろうけどさ。エルルとの出会いが無ければ、今ここに居るかどうか正直自信が無い。
というか、下手すればいまだにあの谷の底を彷徨ってる可能性もあるな。だって魔法抜きでどうやってあの深さの谷を登ればいいのさ? 地道に崖をよじ登って行ったところで、現在位置の把握が出来ないし。
いやぁあの時の賭けに勝てて良かった、本っ当に良かった。マジで。運営的にはそっちの方が平和だったかもしれないけど。……いや。『バッドエンド』の行動を阻止する戦力が絶望的に足りない、って事考えると、どうだろうな?
「……。まぁ、私は賭けに勝ちましたし、諸々は阻止できたのです。あんまり「たられば」は考えない方向で……」
「?」
ははは。……妖精族やネレイちゃんだけじゃない。あの海産物系の巨大な異形や人魚族の「たからばこ」の影響もその「もし」には含まれる。竜都の発見難易度を考えると、その後の擬似スタンピートからの防衛戦もか?
うん。フラグが大変な事になろうとエルルを引っ張り出せて良かったな。……いやほんとに。考えれば考える程それぞれの事件のヤバさが浮き彫りになってきて怖いんだけど。
ぞっと背筋に冷たい汗が流れたような感覚を吹っ切るべく、再度身体を動かし始めた所で、視界の端に自己主張の強いアイコンが瞬いた。何? システムメール? 今?
「ん?」
とりあえず開いて内容を確認してみる。……何だこれ。映像の利用に関する協力依頼の案内? フリアド内の映像やスクリーンショットは、そもそもフリアドの運営に著作権がある筈だ。動画配信などに使いたい場合は申請を出して許可を得る必要がある。無断利用者には恐ろしい罰則があり、その対応スピードは専用のAIがチームを組んで常時見回りをしているという噂まである程に早い。
どういうことなの、と思いながら中身にしっかりと目を通していく。うーん、実にシステム的な書類文章、少しでも気を抜くとすぐ目が滑る。慣れない文体だから余計に読みづらいというのもあるなこれ。
…………。うん? 一度読んだだけだとよく分からないけど、なんか似たような空気の文章はどこかで見た事あるな? 著作権の依存する先とか映像の利用についてとか、うーん?
「お嬢、どしたー?」
「……何かよく分からない文章が
「何?」
サーニャと審判役を交代して私の様子を見に来たエルルだが、私が首を傾げているのに同じく首を傾げていた。一応メールの内容を見せたのだが、流石に現実に思いっきり関わる以上エルルにもよく分からなかったようだ。
と言っても、今滅茶苦茶忙しいだろうカバーさんの所に突撃する訳にもいかないしな。体裁的には多分契約書の一種だろうから、コピーを取って転送って言うのは良くないだろうし。
そこから更に数度、上から下まで読み直してみたのだが、頭が痛くなっただけで結局よく分からないままだった。もうちょっと分かりやすく書けなかったのこれ。
「……まぁ、詐欺の類は考えなくて大丈夫でしょうし、直接何らかの不具合があった場合はしっかりと申し立てればいいでしょうし……?」
結局、何かよく分からないけど許可を出せばいいんだな? という非常に雑かついい加減な理解で、そのメールの末尾についていた「許諾/拒否」というボタンの内、「許諾」をポチッと押した。
1分もしないうちに再度システムメールが届き、たぶん恐らくさっきのメールに許諾を返したことのお礼、なんじゃないかな、みたいな内容を確認。とりあえず型稽古に戻るのだった。
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